母
本当に何もしないまま自由に生活してきて、何もしないということに不安が募ってきた。
部屋でひたすらに窓の外を見ながら過ごしていると、
控えていた汐里が手紙を持ってきた。
「柴咲のお母様からの文でございます」
何が書いてあるか読まずとも容易く想像がつく。
どうせ嫁いだ娘という名の使い捨ての駒に施しを催促するものであろう。
「私宛の文は全て捨てなさい。柴咲からならなおさら」
手紙に目をやらないまま吐き捨てた。
汐里が困ったように間をおいて「かしこまりました」と笑った。
「そういえば、私蒼太さんのお母様にお会いしたことないんだけど、.挨拶とかするべきかしら」
何の気なしにいったその言葉に汐里は一瞬動きを止めた。
しかしすぐに何もなかったように笑った。
「蒼太様の母上様は大分前にお亡くなりになりました」
今度は私が止まる番だった。
「しかし、この婚礼は蒼太様の母上様が一番望んでいたことでもあります。最初に陽愛様のことを見つけたのは蒼太様の母上様、雪乃様でございます。」
雪乃、という名前に聞き覚えがある気がする。
なにかがひっかかる。
「その事についてはそのうち、蒼太様の口から聞くことになると思います。それまでは私からはなんとも言えないのです」
汐里は会釈を残して立ち去ってしまった。
何かが引っ掛かるのに、思い出せないなんて。
思い出そうとすればするほどすり抜けていく記憶。
そうこうしているうちに夕食に呼ばれて考えることを放棄した。