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心に咲く花

俺は母上のことを知らない。

まったく覚えていない。

聞いたところによると俺や父上、春宮家を守るために死んでしまったらしい。

俺の腕に輝く美しい石。

深い蒼色の上に散らされた薄桜。

これは父上と母上を表したものらしい。

母上はとても美しい人だったと誰もが言った。

その声すら覚えていないことに寂しさと恋しさが募る。

「陽太!危ないわよ!」

窓から身を乗り出して風にふわりと舞う桜の花弁を捕まえる。

「大丈夫だよ、汐里は大袈裟すぎだって」

半ば呆れながらそう返事をして、そっとその手を広げる。

小さな桜の花弁、この花を産まれてから8年、ずっと母上のように思っている。

夜になると父上は縁側に座って、一人桜を眺めている。

そうしていると隣に母上がいるように感じるらしい。

「今日は大事な日なんだから、ちょっとは落ち着いてほしいのよ」

ふてた様な声で呟く汐里を軽く無視して空を見上げる。

「汐里、約束だろ。手紙読ませてくれよ」


物心ついた頃から、汐里は俺に言っていたことがある。

「陽太が字を読めるようになったら、あなたの母上様があなたに残した手紙を渡すわね」

そのためにずっと、字を読めるように勉強してきた。

漢字だって難しくても読めるようになったんだ。

「汐里!もうおれ、字を読めるようになったんだよ」

そう言ったのは去年の雪の舞っていた夜。

添い寝していた汐里は俺の頭を優しく撫でて笑った。

「じゃあ、あなたの母上様の命日にその手紙を渡すわね」

優しいその声に少し、ほんの少しだけ哀しさが混じっているように聞こえた。


「…そうね、約束だったわね」

汐里は空に舞う桜を見上げて、哀しそうに笑った。

「少し待ってて、香織が保管してるから貰ってくるわ」

立ち去った汐里を横目に空を見上げる。

優しい風がそっと吹いて、桜の木を揺らす。

母上が生きていたら、今俺はどうしていただろう。

桜の花を、その木を見るたびにそう思う。

桜のように儚く美しかった母上は、

皆を守るために桜のように散っていった。

俺は母上のことを全然知らないけど、いつか母上みたいな人と家庭を築きたい。

「陽太、これを」

汐里がいつのまにか後ろに立っていて、そっとそれを手渡した。

俺が受けとるとその手が俺の頬を撫でて、そして立ち去った。

その手紙をそっと開く。

優しい、綺麗な文字が並ぶそれに目を通す。

手紙に涙が零れないように、シワがよらないように。

大切な母上の気持ちを胸に抱いた。


陽太へ

私の一番の宝物、元気にしていますか

きっと父上に似て元気にしているでしょうね

私もそんなあなたの成長を見たかったわ。

春宮の皆を守るためとはいえあなたと父上を置いてきてしまって、本当にごめんなさい

私は母親としての努めを果たせなかったけれど、本当にあなたを愛しています

私はあなたの父上に出会って生きる意味を見出しました

そしてあなたが産まれて、あなたを守るためなら何でもしようと思ったのよ

あなたとあなたの父上が私の生きる意味で、一生の宝物

あなたの傍にいられないけれど、私はずっと見守っています

陽太が幸せになれるようにずっと

どうか幸せになってね

あなたは大きくなって、大切な人を見つけて大事にしてあげてね

そして、その人と幸せな家庭を築くのよ 

それが私の、母の願いです

心からあなたを愛しています

母より


手紙にこめられていたのは溢れんばかりの深い愛情。

幸せに、なるよ。

母上の姿も声も覚えていないけれど、母上はいつだって俺の心で生きてるんだ。

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