雨に散る桜
やっと、ここに帰ってきた。
門をくぐると懐かしい景色。
俺を迎えてくれる皆が安心した顔をしていた。
しかし、俺の望む人はそこにいない。
「よくご無事で…おかえりなさい」
陽太を抱いた七海や汐里、香織に視線で問い掛けてもなにも言わない。
「まずは部屋で話をしましょう」
田辺渚が俺を部屋へ促す。
一番の臣下であり友人でもある渚。
その表情からはなんの感情も読み取れない。
「…陽愛はどうして出迎えに来ない」
部屋に向かう廊下で小さく呟く。
約束したのに。
帰ったら最初に迎えてくれると。
何かあったのか、体調がよくないのか。
早く、彼女を抱き締めたい。
優しい声で、俺の名を呼んでほしい。
「彼女から、手紙を預かっています」
受け取ったそれは、薄桜の散る便箋。
「ひ…よりは、陽愛はどこにいるんだ」
自分の声が掠れて、思うように声がでない。
何故ここにいないのか、どうして手紙を残しているのか。
わかっているのに認めたくない自分がいる。
認めてしまったら全てが終わってしまいそうな気がして。
「…陽愛様は、我々を守るために命を懸けられました。
全てを…蒼太様に託して」
渚の声が、遠くで響いているように聞こえた。
ひどく体が重く感じて壁にもたれ掛かる。
「部屋で…お読みください」
一人で部屋にいてもなかなか手紙を開くことができない。
何が書いてあるかが怖かった。
こうなるとわかっていてここから別荘へいった彼女。
最後に俺に何か伝えようとしていたが風にさらわれて声は聞こえなかった。
あれは、さよならだったのだろうか。
それにしては口許が言葉を紡いでいた気がする。
そっと、便箋を開く。
美しくて優しい、陽愛の書いた字。
読み進めて行くうちに悲しさが込み上げてくる。
どうしていつも人のことばかりなんだ。
俺や陽太の心配、汐里と香織のこと、七海と親父のこと。
お前の気持ちは何処に隠しているんだ。
いつだって我慢強くて自分より他人のことばかりで、なにもしてやれなかった。
俺がしっかりしていたらきっと、今頃家族で抱き締め合っていたのに。
蒼太へ
この手紙を読んでいるということは無事に帰ってきてくれたのね、おかえりなさい。
私は約束を守れませんでした。
ごめんなさい。
一番にあなたを迎えて、抱き締めて、ずっと一緒にいたかった。
私はあなたと陽太を置いて先にいきます。
身勝手な私をどうか許してください。
勝手ながらお願いがあります。
汐里や七海さん、香織ちゃん、義父さんのこと。
何よりも陽太のこと。
皆が幸せに生活出来るようにしてあげてください。
私がしなければならないことを全てあなたに託してしまうこと、許してください。
陽太はきっと蒼太に似て立派に育つと思います。
私の分も陽太を支えてあげてください。
蒼太に頼み事ばかりになってしまうね。
蒼太はまだ若く先が長いです。
どうか新たな妻を見つけて幸せな家庭を作ってください。
できたら陽太を優しく見守ってくれる人を、母として迎えてください。
私の願いは蒼太と陽太が幸せになってくれること、それだけです。
私は何もできず母としても妻としても失格だったけれど、
あなたたちの幸せを願って、見守っています。
どうか私に気を遣わず幸せな家庭を築いてください。
桜の花が咲いたら、その時だけ私を思い出してください。
あなたのおかげで幸せでした。
ありがとう。
永久に愛しています。
陽愛
―…最後の言葉は、幸せになって、それが答えな気がした。
手紙を握り締めて立ち尽くしていたって、陽愛の声は聞こえてこない。
空はから涙を流すように大雨が降っている。
雨が桜の花を無情にも散らし、地に叩き落とす。
俺の想いも、雨で流してくれたらいいのに。
どんなに嘆いても、たとえ陽愛がこの世からいなくなっても…
俺たちは生きていかなければならない。




