散り行く華
夜の庭園、桜の花を風がさらっていく。
陽愛に逃がしてもらったおかげで私達は無事に帰ってきた。
蒼太郎様はただ頷かれただけで何も言わなかった。
陽太は陽愛の姿を探して泣いているようだ。
私は、なにもできないまま庭園の桜をぼんやりと見つめていた。
「…姉…さん」
後ろから声をかけられても、しばらく自分だが呼ばれたと気付かなかった。
「…香織、どうしたの?」
初めてだ。
香織が、私を姉と呼ぶなんて。
「陽愛様の部屋の…畳を上げてみませんか?」
あぁ、そうだった。
そこに、陽愛が何かを遺しているのだ。
「そうね、行きましょうか」
陽太の泣き声を聞きながら、陽愛の部屋に向かう。
もう、部屋の主はいないけれど。
大切な何かがそこにあるのだろう。
部屋の畳を、香織は軽く持ち上げた。
そこにあったのは薄桜の便箋が二枚。
裏返すとそこに"汐里""陽太"と書いてあった。
二つとも手にとって、汐里と書かれたそれを開く。
懐かしい優しい字が美しく羅列している。
香織はそっと蝋燭の灯りを近付けて、手紙を食い入るように見つめる私の傍にいてくれた。
ねぇ、本当に貴女は…どこまでも人を愛しているのね。
そこに書かれていたのは陽愛の想い。
どうして今ここに貴女はいないの、いてくれないの。
今すぐ貴女を抱き締めて、ふざけたことを言うなと叱りたい。
本当に…頑固なんだから。
―汐里
私はきっとこの部屋に戻ってくることはないわ。
きっと霧崎家の者は別荘に逃げた私を連れに来る。
そうなったら必ず、汐里に陽太を託します。
汐里はきっと一緒に逃げようと言ってくれるでしょうね。
私もそうしたい。
でもね、そうしたら一生蒼太も陽太も狙われてしまう。
万一捕らえられたら、私は蒼太も陽太も守れずにきっと、また死んでしまう。
生きながら死んでしまうことは一番怖いの。
お願い、わかって欲しい。
それから、蒼太を助けて欲しい。
母親を亡くした陽太のことを守って欲しい。
全て私がするべき事を全部押し付けて、ごめんなさい。
私は全てを懸けて春宮の皆を守りたい。
香織と二人で、蒼太も陽太も支えて欲しい。
私はきっと見守っているから。
汐里の、皆の幸せを願っています。ずっと。
それから、私が昔の事を忘れてしまっていても汐里は忘れないでいてくれたこと、とても嬉しかった。
本当に嬉しかった。
本当にありがとう。
私は昔からずっと汐里が大好きよ。
何も出来なくてごめんなさい。
幸せになってください。
―陽愛
本当に馬鹿ね…。
貴女がいなかったら、幸せになんてなれないわよ。
本当に…。
私が無力なためにあなたは犠牲になったのに、優しい子。
涙で滲む視界に、桜の花弁がそっと風にのって空に舞い上がっていった。




