満開の桜
「陽愛…いいかしら」
汐里のその声でもうわかった。
此処に霧崎家の者が私を捕らえにくるのだろう。
本来の狙いは春宮家の滅亡でも土地でも権力でもない。
私だった。
「陽太と夏海さんも呼んでくれるかしら」
ずっと守られてきた。
守られるだけの人生は嫌。
私はもう、母親なのだから。
今、此処にいる中で一番上に立つものとして私は必ず皆を守る。
「霧崎家の部下に不審な動きがあり、偵察していました。
どうやら…陽愛様を人質として捕らえて春宮家の領土を奪うつもりのようです」
香織が淡々と状況を説明する。
「敵は今夜にもここに攻めこんでくるやもしれません。
一番に陽愛様に危険を知らせなければと、
あのような成りできてしまいました。
申し訳ございません」
まだ、蒼太達はこの事を知らない。
ならば―…
「蒼太にこの事を報告する必要はありません」
私が言いきると、皆は目を剥いて唖然とした。
「戦場で闘っている者に、この事を伝えてしまって何かあったら困ります。
そして、私は今からこの場における一番の権力者として貴方達に命を下します」
覚悟はとうにしていた。
最後くらい凛として、貴方達を守らせて。
大切な貴方達を私の手で。
「渚、陽太と夏海さんと汐里の事を…しっかり護衛なさい」
そう言うと皆は私がどうするつもりなのかわかったのだろう。
「陽愛!駄目よ、ここには私が残るからっ…」
「お願い…陽太にはまだ貴女が必要なのよ」
汐里の涙声にも、夏海さんの悲痛な声にも、私は頷かない。
…頷けない。
これが私に課せられた使命であるのなら、真っ向から受け止めて見せよう。
最愛の者達を命を懸けて、守り抜こう。
「お願いね、渚」
彼なら私の覚悟を受け止めて任務をまっとうしてくれるだろう。
「それが陽愛様の決定ならば…」
渚のその声も震えているようだった。
「ありがとう…」
人の命は、儚いものだ。
私はもう充分幸せだった。
最後に春宮家の正室として、蒼太の妻として、
誇りをもって散っていきたい。
「準備にかかりなさい。
香織も、陽太達をよろしくね」
私も最後の準備にかかろう。
桜はいつの間にか満開になっていた。




