揺れる蕾
雪もすっかり溶けて温かな風が吹いている。
桜の蕾も膨らみはじめた。
「陽太、みてごらん。桜の蕾だよー」
陽太を抱き上げて夏海さんは笑顔だ。
雪乃さんが好きだったこの桜の花は雪乃さんがいなくなっても誰かに愛され続けている。
「お前のお母さんは桜みたいに綺麗だよー」
急に目の前に陽太を近付けるから驚いた。
目に入れても痛くない何て言うけど、実際いれてみたら痛いものだと思う。
「陽太もこの桜を好きになってくれるかな」
その頭を撫でると陽太は嬉しそうに笑った。
温かな陽射しの中で少しだけ皆が遠く感じる。
こんなに幸せなのに、愛しいのに…私はただこのままでいたいだけなのに。
もうすぐ蒼太は行ってしまうのだ。
出来ることなら一緒に行きたい。
でもそれはできないとわかっている。
私には陽太を、皆を守る仕事がある。
「陽愛、ちょっと来てくれる?」
汐里が少し焦ったような顔でわたしを呼んだ。
「ちょっと行ってくるね」
陽太の頬を撫でて汐里に駆け寄る。
「蒼太郎様のところにもう皆いるから、陽愛も早く」
手を引かれて部屋に向かうと重臣達が深刻な顔で揃っていた。
「陽愛様を連れて参りました」
汐里に促され蒼太の横に腰を下ろす。
異様なほどに沈んだ空気と俯く皆に戸惑いを隠せない。
重苦しい空気を破ったのは義父だった。
「陽愛と陽太を、別荘に移そうと思う」
蒼太の拳を握る手が小さく震えていた。
「…それは、どういうことでしょうか」
私のそう聞いた声も少し震えた。
「…霧崎和人が、陽愛を拐うことを計画しているらしい。
皆が戦に行っている間陽愛を守れる人材は少ないんだ」
だからお願いだと苦しそうに言われてしまっては断ることができない。
力を込めすぎて震えている蒼太の拳にそっと手を添える。
大丈夫だと伝えたくて、蒼太を安心させたくて。
「わかりました。陽太のことはお任せください」
精一杯微笑んで言う。
ここまで何があっても乗り越えてきたじゃない。
だから、大丈夫。
その日の夜。
今後の予定を蒼太が俯きながら話してくれた。
蒼太達が戦に行く前に私達が先に別荘に移るらしい。
その際護衛に汐里、蒼太の重臣の一人である田辺渚、夏海さんが来てくれるらしい。
「すまない…俺が守ってやれなくて」
悔しそうに呟く蒼太の背中に腕を回し、抱き締める。
「大丈夫。あなたはあなたの仕事を、私は私の仕事を。
全てが終わったら…必ず私をもう一度抱き締めて…」
お互いの肩に顔を埋めて静かに涙を流す。
「離れていても心は共にあるから」
ずっとこのまま、傍にいられたらいいのに。
桜の蕾が夜風に吹かれて揺れていた。




