約束
「行こうか」
そっと差し出されるその手が愛しい。
久しぶりの二人での外出。
私の髪には初めての贈り物だった簪。
雪が溶けて春が見えてきても肌寒い中、繋がれた手だけは温かかった。
「蒼太、…ありがとう」
横に並ぶ蒼太の顔を見上げてその視線を追ったり、コロコロ変わるその表情を見ているだけで幸せだと思う。
「離れてしまっても…あなたを思ってる」
ぎゅ、と繋がれた手に力がこもる。
「離れてしまうことは、ない」
前を向いていた視線が私に向けられる。
「…想いはずっと一緒だ」
優しい笑顔が、少し哀しい。
「少し…外れに行こう」
手を引かれて暫く歩くと何もない草原に出た。
「ここは…」
ただ広がっている何もない空間。
静かなそこは風の音しか聞こえない。
「陽愛、じきに俺は戦に行く」
繋がれた手がそっと離れて、腕が私を包む。
「お前と陽太を置いていくことになってしまうかもしれない」
私の肩に顔を埋めて弱気な声が震えていた。
「…そんなことには、ならないわ」
確証も何もないのに、口をついて出た。
「あなたは私を置いていくなんてできないでしょ」
置いていかないで、そんなことは言わない。
置いていかないで、そんなことは言わなくたって伝わってるでしょう。
「私と陽太の為になら、何があっても帰ってきてくれるでしょう」
蒼太の頭を優しく撫でていると、不意に彼の手が私のその手を掴む。
驚いて彼の顔を覗き込むと、もうその顔に弱気な部分は見られなかった。
「…陽愛、俺は必ず帰ってくる。だからその時は必ず陽愛が陽太と俺を迎えてくれよ」
真っ直ぐ見つめられて息を呑む。
「えぇ、約束よ」
微笑んでその唇に唇をおとす。
軽く終わるはずだった口付けは、蒼太の腕と唇で阻まれて深くなった。
いっそこのまま溶けて1つになってしまえばいいのに。
交わした約束を胸に、もうすぐ彼は行ってしまうのだ。
堪えきれず涙が溢れる。
「陽愛、愛してる」
口付けの狭間にそっと唇の上で囁かれたそれを、私は後何回聞けるのだろう。
嫌な予感を振り切って私も呟く。
「蒼太を、愛しています」




