華散らす風
蒼太も汐里も、皆忙しくなった。
霧崎家の不穏な動きを監視し、探る。
本来の仕事は密偵である汐里と香織も留守をしている。
陽太を夏海さんに任せて、一人庭に立つ。
予感がしていた。
多分今日来るだろうと。
そして、予想通りあの嫌な笑顔を浮かべて彼は来た。
「久しぶりだなぁ、子どもを産んだんだって?おめでたいことだ」
いつ見ても変わらない人を不快にさせる笑顔。
せいぜい睨み付けて言う。
「相変わらずお元気そうで、残念です」
睨みながらそう言っても彼の表情は変わらない。
不気味な笑みを浮かべたまま少しずつ距離を詰めてくる。
「別に子どもがいたっていいさ。今からでも俺の妾になれ」
蒼太がくれた簪でまとめた髪に、触れられる。
寒気がした。
それでも怯むわけにはいかない。
私は蒼太の妻で、陽太の母親。
そしてなにより春宮家の正室なのだから。
いかなることがあっても堂々と、凛として…毅然として。
春宮家の名に恥じない振る舞いを。
私はあなたに平伏したりしない。
「私に気安く触らないで」
静かに発した声は、彼の表情を変えた。
笑みを消して、無表情になった彼の顔は狂気に満ちていた。
「陽愛、いつからそんな風になった。俺は諦めないぞ」
きつく手首を掴まれて、押し倒される。
押し倒されても、私の表情は変わらない。
「そんなことをしてもなにも変わらないわ」
そっと微笑みを浮かべて、呟く。
「あなたの身のためにも、お帰りになっては?」
彼の首筋に抜き取った簪の先端をあてる。
驚いたような顔で彼は立ち上がり、私を見下ろした。
「…っこれで終わると思うな…!」
走り去る姿を目で追って、ゆっくり立ち上がる。
強風が、私の髪をさらっていった。




