母
「見ろ、陽太が俺のこと見てるぞ」
蒼太が陽太を腕に抱いてはしゃぐ。
乳母として連れてこられたのは雪乃さんの双子の妹、夏海さんだった。
夏海さんはそんな蒼太を優しく見守りながら笑って言った。
「蒼太郎さんも今のあんたみたいだったのよ」
そっと陽太を抱き上げてゆっくり揺らす。
「ほら、私がいるんだからあんたたちは少し散歩でもしてきなさい」
夏海さんにそう言われて閉め出される。
「…陽愛、庭に行くぞ」
手を引かれて歩き出す。
雪が積もった庭に、梅の花が咲いている。
ふと、罪の記憶を思い出して首を振った。
私は結局親になっても両親の気持ちがわからない。
急に繋いでいた手に力がこもった。
「…どうしたの?」
蒼太は哀しそうに笑ってゆっくり私を抱き締める。
「つらいならそう言えよ、一人でそんな顔するな」
蒼太の腕の中は驚くほど温かかった。
まるで冬の寒さを埋めるように蒼太はきつく抱き締める。
「あなたがいるから、私は頑張れる」
だから―…どうか私を独りにしないで。
部屋に戻ると陽太は夏海さんの腕の中ですやすやと眠っていた。
「陽太はあんたに似てるね」
夏海さんは嬉しそうに笑っている。
「…蒼太に似てると思ってたんですけど」
横に腰をおろし、陽太の顔を覗きこむ。
「…蒼太は、雪乃にそっくりなんだ」
唐突に夏海さんは言葉を溢した。
陽太を見ながら、でも陽太は見ていない。
幼い頃の蒼太を見ているのだろうか…。
「残念ながら私は雪乃みたいに母親に似なかったんだ」
そう言われて夏海さんを見つめる。
確かに雪乃さんみたいな消えてしまいそうな美しさはない。
そのかわりにはっきりした顔立ちで、明るい太陽みたいだと感じた。
「蒼太が産まれたときは、雪乃にそっくりで消えてしまいそうだと思ったよ。まぁ、成長していくうちに蒼太郎さんにも似てきたけどね」
優しく陽太を撫でながら穏やかに話をする夏海さんは少し哀しそうだった。
「雪乃が死んでしまってからね、蒼太は荒れてたんだよ。汐里でさえ話を聞いてはくれなかった」
そんな蒼太は想像ができない。
でも幼い頃の蒼太が急に母親を失って平静を保てるはずがないと気付く。
「…そんな蒼太が生きる気力を取り戻したのは、陽愛のおかげなんだよ」
俯いていた顔をハッと上げる。
「雪乃の遺言だった。もう一人の私の子どもを、陽愛を頼むって」
涙が出そうだ。
誰よりも自分よりも子どもを愛して守る、それが母親。
両親の気持ちはわからない。
でも雪乃さんの、…お母さんの気持ちならわかる。
私も、蒼太と陽太を愛して守っていきたい。
「陽愛は…私たちがいるんだから、雪乃みたいに消えたりしないで」
すがるような視線で夏海さんは私を見つめた。
私は、大丈夫と言うように笑顔で返す。
私もそんな母親になってみせる。
だから白銀の庭の梅の花を見ても、心を揺らしたりしない。




