愛情
一人縁側に座って庭を眺めることが増えた。
まだ少し涼しい風が心地好い。
ボーッとすることで何も考えないようにしているのかもしれない。
「陽愛、また…思い出しているの?」
汐里は決して私の思い出している過去について口にしない。
「身内の命を奪って手に入れた幸せなんて、そう続かないものなのかなって」
自分が苦笑いしているのがわかる。
どうしたって消えないあの感触。
手にした懐刀を染めた朱。
「陽愛、私の話をしたことがなかったわね」
汐里はそっと横に腰をおろした。
「私も、陽愛と同じよ」
聞いた話は、想像もつかないものだった。
「お母さん、庭に変な人がいる」
幼かった私は母に話し掛けた。
「変ねぇ、汐里の知っている人?」
母は束縛の激しい父に従い外出することはなく、友人などもいなかった。
「知らない女の人だった」
度々現れるようになったその女は、私と母を観察しているかのようだった。
そんなことが続いているなか、父が仕事で家をあけた夜のこと。
雨が降っていて、じめじめ暑かった。
雷が怖くて、夜中に母の元へ向かった。
「お母さん、一緒に…」
暗い室内を、雷が照らした。
血の気のない母の顔、白い敷布団に広がる深紅。
急いで部屋の窓から庭を見ると、走り去るあの女の姿があった。
私は、何もできなかった。
胸に復讐の念を抱いて、ただ女の後ろ姿をみつめることしか。
女の話を父にすると、父は心当たりがあるようだった。
知らないなどと言いながらその瞳は知っていると語っていた。
その頃から復讐についてしか考えられなくなった。
その女を怨み、復讐の念を抱くことで母を失った悲しみを忘れようとしていたのかもしれない。
復讐が果たされるのは、意外にも母の葬儀が終わってすぐのことだった。
その女は父の愛人だった。
正妻を愛し、他の女は道具としか認識していなかった父の愛を得るために私の母は殺された。
葬儀が終わって現れたその女は何もなかったかのように言ったのだ。
「奥様が亡くなった今、私が正妻にならなくてはね」
笑うその女が母の仇だとすぐわかった。
その日のうちに、私はその女を刺した。
父が席をはずしているうちに、後ろから深く、深く刺した。
女が静まり返ってから、傍らにいた小さな影に気付く。
この女しか見えていなかった。
だから気づかなかった。
私はこの女と同じくらい醜いことをした。
そこにいたのは、私の三つ下の異母姉妹にあたる香織だった。
「だからね、今だに私たちは同じ家に雇われているのに共に生活することはないのよ。お互い仇だからね」
汐里の過去について初めて聞いた。
決して同じではないが汐里にもつらい過去はあったのだ。
そうよね、私だけではない。
苦しいのは皆同じ。
「それでもお互い幸せを願っているのよ」
届かない、伝えられない愛を目の当たりにして目頭があつくなる。
「陽愛は、蒼太とちゃんと…家族を築いてね…」
歪んだ愛は人を狂わせていく。
あなたはまっすぐな愛を。
汐里の気持ちは痛いほどだった。
「身内を殺めてしまっても、幸せは仮初めではないわ」
願うことは自由。
「汐里、ありがとう…」
私のために自分の傷口を話してくれた汐里。
私はこれから母としてこの子に愛を注いでいくのだ。
まっすぐな、愛を。




