名前
静かに庭園を見つめていると、後ろから汐里が声をかけた。
「陽愛、冷えるわよ」
肩に羽織を掛けながら汐里は笑った。
「私の中に、蒼太の子どもがいるなんて…まだ信じられないの」
そっとお腹を撫でてみてもまだ何の実感も湧かない。
不安は募るばかり。
私はちゃんと母親になれるのだろうか。
愛されて育ったことのない私が、自分の子どもを、人を愛せるだろうか。
「陽愛は大丈夫よ。ちゃんと蒼太のことを愛せてるじゃない」
私の心を見透かしたように汐里は言い、そっと背中を押した。
「早く蒼太に教えてあげて」
そう言われて気付く。
ああ、私は一人じゃない。
何かあったとしても蒼太も汐里も助けてくれる。
そっと蒼太の部屋に行くと、蒼太は書物に目を通しているようだった。
「蒼太、ちょっといい?」
ぱっと顔をあげて笑顔を向けた蒼太の横にそっと腰を下ろす。
「陽愛から来るなんて珍しいな」
嬉しそうに私の手を取る蒼太をまっすぐ見つめる。
「子どもができたみたいなの」
そっと呟いたその声に蒼太は目を見開いて固まった。
暫くたってから蒼太は私を抱き締めた。
「陽愛、ありがとう」
苦しいくらい抱き締められて安心する。
優しい声が耳元で響く。
「名前を考えないと」
名前、名前か…。
「特別な名前をあげよう」
まだ、性別もわからないのに。
「陽愛って、陽に愛されるって意味なのか?」
蒼太が私を膝の間に閉じ込めたまま聞く。
「そうなのかな…わからないわ」
名前について考えたことなんてなかった。
でも、蒼太に呼ばれると自分の名前がとても特別なものになったかのように感じられる。
「陽太にしよう」
蒼太が唐突に言った。
素敵な名前。
私と蒼太の子ども。
「女の子だったら蒼衣にしよう」
性別なんてどっちだっていい。
跡継ぎを考えたら男の子がいいのだろうけれど。
「俺と陽愛の子だから、きっと美形だな」
「蒼太に似た子ならきっと可愛いわね」
そんな風にずっと二人で話している時間が、私の不安を取り除いていった。
この子に会える頃には椿が咲いているのだろう。
繋いだ手は蒼太が仕事に戻るまで離されることはなかった。




