馴染みの3人
汐里sideのお話。
「陽愛様、陽愛様、起きてくださいっ!」
ほんと起きない、この人。
困ったことに叩き起こせないくらい寝顔が綺麗。
美しい黒髪は陽にあたると少し赤みがかっていて、
白い肌の上にするりとかかっている。
大きくて伏し目がちな瞳には不思議と陰りがあって、
見つめられると胸が締め付けられるよう。
布団も敷かず、畳に直に横になっている。
最初、死んでしまったのかと不安になった。
静かな寝息を聴きながら、腰を下ろす。
「ほんと、変わってしまったのね、陽愛」
私は、幼い頃の陽愛を知っている。
可愛くて、大きな瞳で世界を見て、
希望に満ち溢れているような、そんな女の子だったはずなのに。
なにがここまで彼女を変えてしまったのか。
まるで、全てを諦めてしまったかのように瞳に力がない。
彼女の柔らかい猫毛を手ですいていると、
「汐里、父上が呼んでいる。」
蒼太が静かに戸を開けた。
「ん、わかった。今行く」
「おう。」
私が立ち上がると、その場所に蒼太が腰を下ろす。
「陽愛に言わないの?昔、約束したんでしょ。」
「陽愛が、それを望んでいるかわからない」
珍しく気弱な態度をとる蒼太を横目に、
あぁ、なつかしいなぁと思った。
「あんたが言ってくれないとあたしも言えないじゃないよ。
昔馴染みの3人なのにこのまんまなんて嫌よ」
昔、まだ幼かった頃は蒼太は気弱でひょろひょろしてたのに。
「大丈夫よ。そのためにもうずっと頑張ってきたじゃない。」
久しぶりに気弱な蒼太の顔を横目にその場を立ち去る。
もう何年も前の話だし、陽愛はきっと覚えていないけど。
私達はずっと覚えてた。
笑顔がかわいくて、好奇心旺盛で、誰よりも優しい女の子。
私も蒼太もあの子を守るためにずっと頑張ってきた。
陽愛は貴族の分家の長女らしく、沢山の習い事をこなし、
家でも親の言いつけ通りに振る舞った。
しかし、そうしていても両親は決して陽愛に近づかず、
陽愛が唯一親のように慕っていたのが蒼太の母である雪乃であった。
雪乃は陽愛の母親の友人で、家庭教師として柴咲家に来ていた。
最初はただ陽愛の家庭教師として接していたが、
陽愛の家での様子を知るうちに自分の娘の様に可愛がった。
そして、習い事漬けの陽愛を息子の蒼太と、
蒼太の幼馴染みである汐里に引き合わせた。
陽愛には、子どもらしく遊ぶ時間が必要だと考えたからであった。
陽愛はしばらく習い事の合間に汐里たちと遊び、
その間は幸せであったはずだった。
それが何ヵ月か続き、春宮家が忙しくなり、
雪乃も、私たちも、陽愛との関わりを失ってしまった。
その間に何があって陽愛が変わってしまったのかは
私にはわからない。
聞き出すのは蒼太の仕事だから、私はただ黙って成り行きを見守るだけ。
そうこう考えているうちに蒼太郎様の部屋の前につき、
もう、考えるのは止めようと思考を止めた。