ただいま
全てを思い出したら途端にどんな顔で蒼太に会えばいいかわからなくなった。
わからないことだらけで思考が止まる。
「し、汐里さん、雪乃さんに会わせてくれない?」
まだ、手を合わせてもいない、挨拶をしなければ。
「汐里でいいよ、ついてきて」
先を歩く汐里を改めて見つめる。
すらりと延びた背筋、漆黒の黒髪。
凛とした印象は昔のまま。
変わってしまったのは私だけなのかと不安になる。
「変わることは大事ですよ」
私の心を読んだかのようなタイミングで汐里は言う。
「変わらない人なんてこの世にいませんから」
振り返った汐里の笑顔は、幼い頃見たものとは違って見えた。
ゆっくり踏み入れたその部屋には小さな仏壇。
「先生…お母さん、やっと私は帰ってきました」
手を合わせて頭を垂れる。
どんなに目を閉じても、静かに待っていても、母からの返答はない。
わかっていても辛かった。
私はありがとうも言えてない。言えなかった。
いつも笑っていたから、気づけなかった。
会えるのが最後だとわかっていたら、なんて今更考えても何も変わらないのは理解していた。
「雪乃様はきっと、笑っている陽愛が見たいと思う」
後ろで見守っていた汐里がそっと私の頭を撫でる。
まるで、あの頃雪乃さんが私を撫でたときのように。
「これから、必ず蒼太と幸せになります。お母さんが私を愛してくれたように、私も蒼太やみんなを愛します」
大切な誓いを今度こそ忘れたりしない。
「やっと会えましたね、ただいま」
おかえり、と笑う雪乃さんが見えた気がした。




