本当のわたし
記憶に鍵を掛けて、自分を抑えることに慣れたら自分の置かれる状況になにも思わなくなった。
ただ静かに全てを受け入れて、成り行きに身を任せる。
何があっても何も思わなくなった。
全てを諦めて生きることでなんとか生きてきた。
私は、誰のために生きているのかわからなくなった。
私の人生は私のものだと運命に抗うことに疲れてしまった。
「自分のこと駒なんて言うな」
そう言われて戸惑った。
当然のように駒として扱われてきたのに。
私に自由にしてもいいと、自分の想いに従って生きろと言われたら途端にどうしていいかわからなくなった。
こんななんの価値もない女に優しくしてくれる皆に、私は一体何を返せるのだろう。
そう考えたら不安になった。
だから何度も感じた既視感を頼りに思い出そうと必死だった。
完全に駒になってしまう前の私は、どんなだっただろうかと。
一生懸命考えて思い出そうとしてもすぐには思い出せないほど、私は自分を失ってしまっていた。
「陽愛様、どうされました?」
長時間フリーズしてしまっていた私を不安そうな汐里さんが現実に引き戻してくれる。
「大丈夫ですか?ずっと、一点を見つめて」
冷たい手が私の額に当てられ、その瞳が私を覗きこむ。
「汐里、ちゃんは私を覚えている?」
知っていたんだ、この人たちを。
なのに、自分を棄てて楽に生きようとしたがために忘れた。
自分を棄てるために、大切な人達との大切な約束まで棄てていた。
「私を、許して」
溢れる涙も止められぬまま、ただ赦しを乞う。
「陽愛、誰も怒ってなんかいないわ」
俯いた顔を上げると、あの頃のままの優しい笑顔。
「蒼太がそのうち話すかと思っていたけれど、その必要はなかったみたいね」
「言ったでしょ、この結婚を一番望んでいたのは雪乃さんよ」
もう、あの人はいないけれど。
静かに呟かれたその言葉に、改めて疑問を抱く。
「どうして亡くなったの、いつ」
「落ち着いて」
肩を震わせて立ち尽くす私を静かに縁側に座らせて、汐里は語った。
雪乃さんの、私の先生の…お母さんの最後を。




