表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

阿部正豊伝

作者: koala

 高校三年、もうすぐ卒業というところで、登校中に交通事故に遭い、死んだはずの俺が目を覚まし、まっさきに見えたのは、病院の白い天井ではなく、和風の落ち着いた感じを漂わせる木造の天井だった。もちろん知らない天井である。


「おお、生まれたか!」


 若い武将風の男が発したその言葉が、目を開けてから最初に耳に飛び込んできたものだった。


 どういう状況なのか、しばらく理解できなかったのだが……結局のところ、俺は過去に転生してしまったらしい。周囲の会話でなんとなく、いろいろなこともわかってきた。親父の名前は、定吉。三河の松平家家臣の阿部家の嫡男として生まれたと。親父とは言ったものの、若い、若い。まだ、十五、十六程度だろう。母親も同様である。俺より年下じゃないか!? いくらなんでも、早すぎ!


 俺の名前もすでに決まっていた。弥七郎というらしい……幼名というやつだろう。とはいえ、元服して名前が変わったとしても、俺が誰だかはわかる気はしないが。そして、今は永正17年。えいしょう? えいしょうじゅうしちねんって西暦で何年ですか?


 歴史に関しては、それなりに知識があるつもりだった。だが、阿部定吉なんて聞いたことのない名前だ。

だが、三河の松平家というのは覚えがある。あの徳川家康の生まれた家だろう。今の当主の名前は、信忠というらしい。だが、実権は隠居した父親の長親が握っているとのこと。親父が嘆いていた。


 その後、俺は自分で言うのもおかしいが、すくすくと成長していった。口ももごもごとしてうまくきけず、目もよく見えはしなかったが。


「弥七郎! やしちろー!」

「はいはーい、父上が帰ってきましたよー。弥七郎!」


 城からのお勤めから帰った途端に、そう呼びかけてくる定吉父さんと母さんは、俺からすると逆に、可愛かった。


五、六歳になると、俺は父さんと一緒に勉強を始めた。剣術、読み書きなどなど……父さんは、俺にとっては幼い俺にとっては強すぎた。剣術では一回も勝てやしない。まあ、あたりまえといっちゃあ、当たり前なのだが。


 そんなこんなであっという間に時が過ぎ、天文3年になると14歳に俺はなった。読み書きは完璧に出来るようになったし、剣術でもまあ、父さんに一撃を食らわせることぐらいは出来るようになった。


 元服も済ませた。名前も弥七郎から正豊に変わった。まさとよ……結構、かっこいい名前だ。


 元服と同時に、俺も父さんと一緒に城に行って仕事をすることになった。登城初日に当主の清康様に挨拶もした。


「おお、そちが定吉の息子か! まだまだ小さいのお!」


 初めて掛けられた言葉がこれだったのがオドロキだった。きさくすぎるだろう。年も二十三、四で若い。まだ、若様という呼び方の方が似合っているのではないかと思う程だ。


 ちなみに前当主の信忠は暗愚な人物だとされ、強制的に十年ほど前に隠居させられ、すでに亡くなっている。なんだか、可哀想なもんだ。


 清康様に挨拶を済ませると、俺と父さんで仕事に掛かった。仕事と言っても事務みたいなもので、俺にとってもそれほど難しくはなかった。父さん曰く、戦争中以外は、やることはいつもこんな感じで、あとはときどき来る誰かを訴えに来た農民の対応とその裁判ぐらいらしい。


 それからはしばらくは、平穏な日々が続いた。清康様は、破竹の勢いで三河を統一、尾張の一部も攻め取っていたのだ。


 翌年の天文4年、清康様は一万の大軍を率い、尾張を完全に我が物にしようと出陣した。そこまではよかったのだったが……誰が流したのか突如として、父さんに、尾張の織田信秀に内通して謀反を企てているという噂が流れだした。


 当然、そんなのは嘘である。俺は父さんの間近にいたのでわかる。父さんは、清康様に忠誠を誓っているし、そんなことを出来るような性格の人ではない。


 清康様も父さんの謀反の噂を笑い飛ばしていた。「定吉が謀反? 面白い冗談じゃのう、そんなことをあの定吉がするわけがなかろう」と。


「弥七郎……殿はワシのことを信じてくれているようだが……同僚のみなはワシのことを疑っておるようだ……なぜなのじゃろう……ワシは悪いことなど一切しておらぬのに」


 尾張への行軍途中のある夜、父さんはそう俺にこぼしてきた。


「父上、心配なさることはありませぬ。殿は父上のことを信じておられますよ。現に父上の謀反の噂など、笑い飛ばしておったではありませんか」

「それはそうかもしれぬが……最近、殿もあまりの噂の流れ様に、ワシを疑いだしたとか……だから、弥七郎。頼みがある!」


 そう言って父さんは、なにやら服の袖から取り出した。


「ワシの潔白を訴える書状じゃ……もし、ワシが殿に討たれるようなことがあれば、これを殿に渡して、ワシの無実を証明してほしい」

「父上。そこまでなさらずとも、殿は讒言に惑わせられるようなお方ではありませぬ! そのような書状は……」

「万が一のことだ、弥七郎。ワシも殿がそのようなことをするとは信じておらぬ」


 そう父さんは笑って言うが、その顔には余裕はなく、むしろ覚悟を決めているように思えた。


「わかりました、父上。この書状は受け取っておきます。ですが父上。殿は決して、父上讒言を信じて父上を討つようなことをせぬと、それがしは信じておりまする」


 俺はそう言って一応、書状を受け取った。その日は、その話題で話したのはそれだけで、あとは他愛もない世間話をしただけだった。


 その二日後、清康様と俺たちの軍勢は、守山城の包囲を開始した。その翌日、父さんは清康様の本陣に呼び出された。俺も父さんに従って、清康様と父さんが話をする本陣から少し離れたところで待つことにした。


「弥七郎。殿と話してくる。大丈夫、殿はワシのことを信じてくださっているはずだ」


 父さんはそう話し、清康様の本陣へと入っていった。


 待っている途中、本陣から馬の(いなな)く声が聞えたほかには、大きな物音はしなかった。だいたい一時間ほど経った頃だろうか。父さんがようやく出てきた。


「弥七郎。やはり殿は、ワシのことを信じてくださっていたようだ! 『謀反の疑いなど信じておらぬ。これからもワシを助けてくれ』とおっしゃってくれたぞ!」


 父さんは俺のところへ駆け寄るなり、そう言った。よかった! これで安心だ。


 その後、松平軍は守山城をすぐに落とすと、進撃を続けた。尾張国内もまだ統一できていなかった織田信秀に松平軍を止めることは出来ず、降伏。松平家の配下になった。


 信秀よりも才能のなかった清洲の織田信友にも当然、松平軍を止めることは出来ず、清洲城を攻め落とされると、どこへかと落ち延びていった。


 ここまでにかかった時間はたったの一年である。まさに電光石火の戦だった。


 尾張併合祝いの宴で、清康様はこう豪語した。


「尾張の併呑など、一歩にしか過ぎぬ。ワシは京を目指すぞ!」


 そしてこうも続けた。


「そのためにはお主らの力が必要じゃ。どうかこれからも頼むぞ!」

「「オー!」」


 それを聞いた俺たち家臣は、気勢を上げたのだった。歴史の流れからは、だいぶ外れてしまったが、いまのところは万事順調である。相変わらず、俺(阿部正豊)が誰だかはわからないが、それでもいいだろう。これからも松平家の天下統一と出世目指して頑張るぞ!


 


 


 


 


 


 


 


 

最後までお読みいただきありがとうございました。この小説は思いついたものを短編にまとめてみたものです。半端に終わっている感じがありますので、将来的には続きを書くことも考えております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] とりあえず、此が連載する事になったら、この正豊には清康・広忠・家康の三代に渡って生きてほしいな。 平和な時の戦国の生き証人みたくしてほしい。 広忠の死因については諸説ありますが、広忠は史実…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ