ルーム…シェア………?
火事で住み慣れたアパートを焼け出されてしまった幽霊の彼。
野良幽霊となった彼のいく末は如何に
どうしたものか。
呆然と立ち尽くしてしまう。
長年住み慣れたアパートを焼け出されてしまった。
愛用の品やらなんやらあったと思うのだが、一切合財無くなってしまった。
何一つ残りはしなかったのだそうだ。
ガランとした瓦礫の山の中に立っていても、何一つ解決しない事は解っているのだが。
人間、あまりにも突発的な出来事に出会うと、フリーズするらしい。
「………。」
途方にくれるというのは、正にこういう事を言うのだろう。
他の住人にも会ったのだが、彼曰く放火、であったらしい。何してくれてんだと、彼は怒っていたがそんな気も起きてこない。
そんな怒り狂っていた彼だったが、さっさと次の所に移り住むらしく行ってしまった。
残ったのは結局自分一人である。
行く当てなんて無いので、とりあえずぶらぶらする。
そうしている内にようやくというか、段々腹が立ってきた。
一体なんだってこんな目に遭わなければならないのか。他にも酷いことをしているやつはいっぱいいるじゃないか。大して悪い事もせずただ、淡々と生活していただけの自分に降りかかった災いに憤る。
しかし、何かが変わるわけではない。
それは解っているのだが。
見知った繁華街を抜け、隣の町に着いていた。それも町外れに。
田んぼばかりの風景が広がっていた。
住処どころか、人にも会えなさそうな所に来てしまったので、仕方ないから近くの神社で休憩する。
訪れる人もまばらそうだが、それでも新しい花が手向けられていたから、それなりに信仰してくれる人はいるのだろう。
休憩したらまた歩いて、もう少し人のいる所に行こうと考えている内に寝こけてしまったようで。
気付けば朝だった。
境内に射し込む光が眩しくて目を開ける。と、目の前には人がこちらを見つめていた。
それもほぼ本当に目の前で。なんだったら鼻かどっかが当たりそうな程近くで。
あんまりにもビックリし過ぎて何の声も出なかったが、口はあんぐり開いていたらしい。
「んー。どちらさんかな?」
初老の目の前の男はそう言った。
こちらは言ってしまえば幽霊だ。見えた上にどちらのどなたかなど聞かれる機会もほぼ無いので、さらに何も言えなくなる。
何かを察したのか、初老の男はうーんと唸ってこう続けた。
「一応神聖な境内だ。そんな所に入り込めるんだから悪いのではない事はわかる。とにかく、社務所の中で話をしようか」
開いた口は未だふさがる気配は無いが、とりあえず初老の男について行き、社務所の中へと案内された。
お茶を出してくれた。客人として扱ってくれているようだ。
「あんたが人でない事は見れば分かるが、境内で寝てるようなのには会ったことが無いんでね。驚かせたようで悪かった」
そう、謝られてしまった。
しかしだ。元はと言えば、不法進入した上に不敬にも境内で寝てしまった自分が悪いので、慌てて謝り寝ていた事情を説明した。
アパートに住んでいたが火事で焼け出された事や、名前、ここまでどうやって来たかなど説明出来る限りを話した。
初老の男は黙って聞いていてくれた。
そうして一言こう言ったのだ。
「不憫だな」
そして続けた。
「あんたが悪いので無いのはよく分かるし、大変な思いをしたのもよく分かった。行くあてが見つかるようこちらも知り合いを当たるからそれまで此処の手伝いをしてくれると助かるんだがどうかな?」
まさか、そんな言葉が帰ってくるとは思っていなかった。追い出されるのを覚悟で話したから。
だが、その言葉に二つ返事で頭を縦に振っている自分がいた。
すると男は笑った。まあゆっくりするといいと。
人間も捨てたものではないと思った。放火するようなのもいれば、こんな風に幽霊なんかの自分を助けてくれる者もいる。
それからは少しずつ仕事を覚えていく傍で、初老の男は神主だったのだが、変なツテがあるらしく幽霊でも就職できる場所を知っているというので連絡してもらう事にした。
なんせ幽霊なので、いつまでも神社にいるわけにもいくまい。
神社の神様も相当なのんびり屋だと思ったが、神主はそれ以上に大らかな人柄だった。
結局、そのツテに連絡がつき引き取ってくれる手筈を整えるのに先方の都合で一月程かかってしまったのだが、その間に神主は色んな話を聞かせてくれた。
以前にもこうやって境内に寝ていた人を助けた事、助けた後で悪事をした人だとわかったこともあったそうだが、大概が落ち着いたあとで連絡を寄越すなり挨拶に来るなりしてくれた事も。そして、自分と同じように幽霊のそれも女の子を助けた事があって、今回自分の事を頼んだ先方との繋がりが出来た事を教えてくれた。
だからそこに行ったら彼女がいるかもしれないからよろしくと伝えてくれと言われてしまった。
とても不思議な環境だった。神主はとても良くしてくれたし、参拝に来る人の中にも自分の事が見える人もいて普通に世間話をして行くのだ。
幽霊だと分かるとひどく怯えられたり、逃げられたりしたものだ。なんだったら攻撃してくる人だっていたのだから。
こんな風に迎え入れられることには慣れていなかった。
引き取り先に行く日が近づくにつれて憂鬱になっていった。ここが離れがたかったから。
こんな幽霊な自分でも役に立てるのなら、そこにいつまでも居たかった。
だが、神主は言った。
いずれ神主自身の方が先に居なくなるのだからと。その時に居場所はあった方が良いと。
どこまでも自分の事をしっかりと考えた上での言葉に胸が熱くなった反面、自分は自分自身の事しか考えられなかった事に憤りを感じた。とてもワガママな気がして、浅慮な自分が恥ずかしかった。
そんなものだと神主は笑ってくれたが、どことなくそれではいけない様に思えて仕方なかった。
その日は来た。
朝からそわそわして仕方無かったが。
黒いセダンタイプの車が神社の前に停まり、ああ、きっとあれだと社務所の中から見てそう思った。思うと同時に涙が溢れた。
車から降りてきたのは華奢な女性とずいぶん背の高い男性の2人だった。
社務所に招かれ、対面した。
「ご無沙汰していました。お元気そうで何よりですが、私以外にもこういうケースが出るとは思いませんでした」
開口一番女性がそう言ったのだ。
何を隠そう、以前神主が助けた幽霊の女の子というのは彼女の事だったらしい。
「驚いたみたいだけど、ウチにはこういう子が多く居るから心配しなくて良いですよ」
もう一人の男性もそう笑いかけてくれた。
詳しい話や今後の事については一旦引き取り先の主人にあってからと言う事で、その場は終わった。
淡々と説明は進み、神主もあくまでも粛々と手続きを行っていった。
傍観者のような気分でそれを眺めている自分がとても不思議だったが、自分がとても淡白な気がして嫌な気分にもなった。
別れ際、神主は元気で、ともまたとも言わなかった。
ただ、身体に気をつけろと言われた。
幽霊の自分にまさか、身体の事を言われるとは思っていなかったから瞠目して爆笑してしまった。
笑顔で別れる事が出来たのはこの言葉のおかげだ。
道中はほとんど話さなかった。
窓の外を見て、必死で道を覚えようとしていたから。
着いた場所は古民家のような古い出で立ちだった。
商売も行っているようで人の出入りがあった。
中はとても品の良い古い日本家屋のそれであったし、時折飾ってある花々や調度品は高価そうな物ばかりであった。
庭に面した所へ案内されるとすでに主人だという人はしっかりしたソファーにかけて待っていた。
自分を見た主人は立ち上がるとソファーを指差し座るように促してくれた。
思ったよりもずっと穏やかな人の様で、安心していた。
ここの店の事や仕事の話をされた。詳しい仕事内容は同じく幽霊の女の子から聞くようにと言われ、その他の事も同行した男性から聞くようにと言われ、結局主人からの話というのはほとんど無かったのだ。
後で知った事だったが、主人の役割は鑑定なのだそうだ。悪いものでないかどうか。それを判定するためだけなのだと聞かされた。
なにしろ主人は自分達裏方の仕事は任せきりだそうで何一つ分からないのだと言っていた。
そこからは大変だった。
仕事、作法、着物の着付け方や選び方もそうだし、立居振舞から全て直された。
何がキツイって今までの習慣を変える事ほど困難な事は無い。ほとんど無意識的に行う所作の一つ一つを直すのだから。
毎日ヘトヘトであの神主の言葉の意味はこういう事だったのかと、思い知ったのだ。
そうして3ヶ月はあっという間に過ぎ去った。
新しい仕事場に移りそこで住み込みで働く事になったと聞かされ、これまでの仕込みはその為だったと聞かされた。
また引っ越すのかと思ったが、働けるなら暇ではないから良いだろうと思った。
焼け出されるまでの生活を思えばとても健康的だし嬉しかったから。
また車で連れて行かれた。が、その車中外を眺めていて不思議な感覚に襲われた。
この場所を知っている気がすると。
そしてそれは段々と確信変わっていった。
そうだ、この道を知っている。覚えようと必死になっまあの道だった。
車がついた先はやはりあの神社であった。
駆け出しそうになって、同行してくれていた教育係りのあの男性に所作は?と投げかけられはっとする。
どんな時も自分の所作に気をつけるように言われていたから。
境内の掃除をしていた神主も顔を上げ待っているかのように、立ち止まっていた。
微笑む神主のその顔が少し滲んだように感じたのはきっと気のせいだ。
こうして焼け出されること5ヶ月で新しい就職先と住処を手に入れる事となった。
なんでも引き取るのは構わないが何分幽霊が増えすぎていたからちょうど良かったんだと主人に聞かされたのは大分先の事だったが。
いずれにしろとても感謝している。
いつか、成仏するその日まで働こうと思った。
いかがでしたでしょうか。
そうです。引き取り先は陰陽庵です。
ちなみに先先代の時のお話になります。
いずれ彼も出てくるのでしょうか?