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 ――今日もまた一日が過ぎる。いつもと変わらない一日が。

 普通に高校に行き、適当に学友と会話を交わし、眠くなりそうな退屈な授業に耐え、そして家へ帰る。

 ――だと思っていたのに。


「待てよ、あんちゃん。金持ってんだろー?」


 歩くのが面倒になって近道を使ったのが悪かった。部活には入っていないが、たまには図書室で本でも読もうかと暗くなるまで時間をつぶし、学校を出るころには外は真っ暗。

 薄暗い路地裏には、半ばお約束のようにガラの悪い連中がたむろしていた。人数は二人。どうにかできない人数ではない。幸いここは狭い。一気に二人で襲ってくることもできないだろう。

 そこまで考えて、ため息がこぼれた。俺は何を考えているんだろうな、と。


「おーおー、どうしたよ、俺たちが怖いのか? だったら早くここをどいてほしいよな?」


 道をふさぐように俺の前に立つ、小太りの男が言った。その後ろでは、痩せている男がにやにやと気持ちの悪い笑みをを浮かべている。どうやら俺の溜息は、この状況に対する恐怖から来たものだと思われてしまったようだ。


「なら答えは簡単だ。金くれよ。実は僕たち貧乏でさ~、そ・こ・で……恵んでほしいわけよ」


 やたらと大仰な手振りで話し続ける男。しかし言うように貧乏には見えなかった。

 着ている服も、プリントされているキャラクターのような何かが致命的にダサいという点を除けば、普通に生活している分には十分なものだろうし、鼻と耳にはピアス、指にはいくつものリングがはめられていた。

 片や俺は学校からの帰り道であるため制服であり、持っているものと言えば、中学のころから使い続け汚くなった学生鞄を持っているだけだ。明らかに目の前の男のほうが俺よりもいいものを持っている。

 こいつは現状の何が不満なのだろうか。


「見たところそこまで金持ってなさそうだけどよ、ま、運が悪かったと思って……な?」


 何が、な? だ。俺よりもあからさまに今を満喫している人間に、さも自分は不幸ですと言うような顔をされて腹がたつ。

 ……いや、違った。ここに来て、俺はこの男が何に不満を抱いているのかを理解した。


「なるほど、そういうことか」


「あ?」


「そのくそダサいシャツが気に入らないから、こんなところで馬鹿をやっているんだろう?」


 そうだ。俺の目から見てそれしか考えられなかった。

 男は図星を突かれたのだろう、口を開けて止まっていた。無理もない、いきなり自分の核心を突かれたのだ。驚かない人間なんていないだろう。

 後ろにいる男は顔を伏せて震えていた。まさか、動揺のあまり泣いてしまったのか。

 いささか想定外の事態に頭を悩ませる。俺の計画ではこれで、「よし、このシャツを売ったくそ野郎をぶちのめしてくるぜ!」とこいつらが言って終わりの予定だったんだが、そううまくはいかないのが世の常だ。


「くっ、ふふ、あっはっはっはっ!」


 突然、未だ茫然としている男の後ろから大きな笑い声が響いた。もしや、精神がどうにかなったのか?

 少々心配になり様子をうかがっていたが、少しすると笑いも収まり、目の前の男と交代し前に出てきた。


「それは流石に予想できねえ返しだわ、お前やばいな、天才か」


 笑いをこらえながら言っているのが分かった。

 しかし、正直言ってなぜこの男が笑っているのかが分からない。俺は出来る限り冷静に判断を下し、それを言葉にしただけだ。どこにもおかしなところはない。


「……ふむ。なぜそう言われるのかは理解しがたいが、まあ褒め言葉として受け取っておこう」


「オーケー、お前は本当に愉快な奴らしい。もしくは関わっちゃいけねえヤバい奴だ。この状況でそんなことを言った奴はお前が初めてだぜ」


「俺としては普通のことを言っただけなんだがな」


「お前にとっての普通は世間一般の普通じゃねえな」


 隠そうともせずからからと笑う痩せている男。それに近くで見てみると、痩せているだけではなくしっかりと筋肉がついているのが分かった。

 しかし今こいつが言った言葉、最近よく言われるものだった。


「それはクラスメイトにも言われことがあるな。俺としては普通の男子高校生をしている気何だが、どうにも違うらしい」


「そりゃあ、普通の男子高校生は不良に絡まれて、くそダサいシャツ、とは言わねえだろ」


「む……そんなものなのか?」


「そんなもんだ。高校生なんてまだまだガキだからな。ちょっと年上の人間が来るだけで委縮しちまうような奴らだ。だから、お前みてえなのはそうそういねえ、つかいてたまるか。俺らの商売あがったりだろうが」


 文面だけ見れば怒っているようにも見えるが、話している男は至極穏やかだ。にこやかに話を続けている。それは随分と最初の印象と違う。

 これもまた、この男の一面なのだろうか。


「な~んか興が削がれちまったし、いいぞ、もうここ通って」


「ちょ、良いのかよ!?」


 体を横の壁に預け、俺が通れるように道を開けた男を見て、今まで黙っていた小太りの男が慌てて言う。


「別にいいだろうが。面白え奴だし」


「お、お前は何でそう楽観的なんだよ!? こいつが警察になんか言うかもしれないだろ!」


 どうにも小太りの男は小心者のようだ。こんなことをしていて小心なのもどうかと思うが、一応常識のようなものは持っているらしい。それを聞いたもう一人の男は、大きくため息を吐き、出来の悪い生徒に教える教師のように言葉を述べた。


「いいか? 俺たちはこいつに何か証拠になりそうなものを取られたか? 俺たちがこいつに何か傷になるようなことをしたか? 何もやってないだろ、ただ話し相手になってもらっただけだ」


「で、でもよぉ……」


「ちっ……なあ、お前もそれでいいよな?」


 男は視線をこちらに向ける。俺はその言葉にうなずいた。実際そうであったし、俺自身警察にこのことを言ってどうにかしてもらおうなんて考えていなかった。小太りの男が言って、ああ、そういうこともできるのか、と思ったほどだ。 

 それに俺としてもそろそろ帰って夕飯でも食いたい。今日は弁当を作るのを忘れてしまい、仕方なく言った購買ではコッペパンしかなく、泣く泣くそれを食って昼を過ごしたのだ。今ものすごい空腹である。


「ほら、こいつもこう言ってるしよ。お、そうだ、お前の名前なんてんだ?」


 名前か。この場合本名を言うべきか、それとも場をやり過ごすために偽名を使うべきか……そこらへんにいる男子高校生の場合は後者だろうか?


「そうだな、俺の名前は……ジョン・ドゥだ」


「偽名だろそれ」


「な、に……?」


 これは予想外だ。あっさりとばれてしまった。

 ううむ、名前のチョイスが悪かっただろうか。いやしかし普通の男子高校生としての行動としては正しいはず。


「言っておくがよ、それも普通じゃねえからな」


「……そうか」


 正しくはなかったらしい。仕方ない、本名を名乗るとしよう。


「守宮だ」


「それも本当か? まあいいか、俺は黒木だ。んでこいつが横山」


 黒木は横にいる小太りの男を指さしそう言う。

 横山か、何となくイメージしやすい名前だ。友好の印として手を伸ばしたが、睨みつけてくるだけで横山は握っては来なかった。どうにも悪い印象を与えてしまったようだ。黒木とは軽く握手しておいた。


「じゃあな、もう絡まれるなよ?」


「絡んでくる人間がいないさ。アンタみたいのに会ったのは初めてだ」


「くくっ、守宮の初めてはいただいちまった見てえだな」


「そういうことになるな」


 そう返すと、黒木は辟易するようにやれやれと肩をすくめた。


「へっ、冗談が通じねえなあ、おい」


「冗談だったのか? ふむ……分からんな」


「別にいいっての、そんな深く考えんな。じゃあな」


「ああ、じゃあな」


 結局、横山とは言葉を交わせなかった。少し歩いてから後ろを振り返ったが、もう二人はいなくなっていた。行動の早い奴らだ。

 俺もとっとと帰るとしよう。空腹も我慢の限界らしく、小さく腹の虫が鳴った。自然と足早となった。

 ――と、路地から出た瞬間。


「そこの人、止まりなさい!」


「……ん? 俺か?」


 恐らくは俺に向けていったであろう言葉。声の方に視線を向ければ、薄暗闇の中一人の女が立っている。肩のあたりで雑に切りそろえられた黒髪が、夜風に揺られていた。

 近づいてきた女は、俺よりも小さかった。もしかしたら中学生かもしれない。そして俺の記憶によれば知り合いではない。俺に何か用なのだろうか?


「あなた、この路地の中で何をやっていましたか?」


「いや、何もやっていないが」


「嘘ですね!」


「……一体何なんだ?」


 この女、明らかに俺の話を聞いていない。既に自分の中で結論が出てしまっている人間だった。


「仮に俺が何かやっているからって、アンタには関係ないだろう?」


 それに俺は帰って飯が食いたいんだ。こんなところで時間を食っている暇はない。まあ、時間を食って腹が膨れるのならいいのだが。早く帰ってくれないか、と睨みつけようとしたところで、彼女の服の胸のところに見覚えのあるバッジを見つけた。

 アレは確か――。


「いーえ、関係ありますね! 何てったって私、あの正義ジャスティス教会のメンバーですから!」

 

 彼女はそのバッジを強調するように胸を張って言った。

 しかし、そのバストは平坦であった。

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