8話 どんな時でも己の欲望に忠実であるべき、である。
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「ふむ、黄巾の首謀者は孟徳殿が討ち取ったみたいですね」
旅の商人や芸人の情報を集めて、整理する。
「うん?袁家になにやら動きがあるみたいですね………ふむ」
「旦那ぁ暇ですよ。次の町に行かないのかい?」
「あぁ。しばらくはここに留まるよ。外が騒がしくなるみたいだし………」
手元の管書を見る。
「騒がしく?」
「うむ。妬みや僻み(ひがみ)、恨み、羨望、人の負の感情はいつでも渦巻き、うねり、いつでも産声をあげる」
さて、どうしたものか。この情報元が確かなら、既に各諸侯が洛陽に向けて進軍しているはずだ。
今や、大陸全土がここを治める董卓の敵となっている。
外に出ればそれに否が応でも巻き込まれてしまう。
「なら、ここでことが過ぎるのを待つのも一興」
「それは別にいいけど、路銀がもうすぐそこをつくけど?」
「はぁ。そこですね、問題は。やはり“アレ”しかないかな?」
「なにか心当たりがあるの?」
「まぁ、あるにはあるけど………。あまり頼りたくないんだよね、“アレ”には」
「旦那、どこに行くんですか?」
僕らは洛陽の大通りの一つに来ている。
いつもながらよき賑わいぶりだ。
「うぅん。僕の店………」
「へぇ、旦那の店か…………えッ!?旦那の店ぇぇぇ!?」
そんなに驚かなくても。僕、一応商人なんだけど………。
「え、え?旦那の店って?えぇぇ?」
「正確に言うなら、僕が興して、他の者に任した店」
「それでもスゴいじゃないですか。洛陽に店を構えるなんて全商人の夢ですよ」
僕との旅の中、商人としての知識も蓄えているようだ。
「へぇ。本当に旦那ってスゴい人なんだ。ただの変態じゃなかったのか……」
今、さらりとヒドイことを言ったよ。
まぁ、その感想は僕自信も思うところはあるのだが……。
あぁ、でもやっぱり気が乗らないな。あの店には“アレ”が居るからな。
はぁ。憂鬱過ぎる。
「詠ちゃん、この点心、美味しいね」
「それはいいんだけど、いいのかしら?護衛も付けずに、こんな所来て……」
二人の少女が店の外に付け置きされた机でお茶をしていた。
「うん?あれは……?」
一人はおしとやかな、見るからに良いところのお嬢様だろう。
そしてもう一人…………。
「心配し過ぎだよ、詠ちゃんは」
「それは、そうだけど……」
「やはり、文和殿でしたか」
「「……え?」」
二人はいきなりの闖入者に驚く。
「あ、アンタは!?」
「どうも。そちらが先日のご友人ですかな?」
「詠ちゃん、知り合いなの?」
「え、えぇ、まぁそんなもんよ」
「初めまして、お嬢さん。僕は役小角といいます。旅の商人です」
「えぇと、私は……」
「そ、そんなことより、アンタはなにしてんのよ?」
「あぁ。そうでした」
大切な用事の真っ最中でした。
「お嬢さん、このネコミミを付けませんか?」
僕は懐から例のネコミミカチューシャを取り出す。
そして賈駆の連れの少女に差し出す。
「「「――なッ!?」」」
「今なら尻尾も……」
「旦那、なにを言って――」
「なに、さらしとんじゃ、ワレぇぇぇ」
郢士が僕に蹴りを入れようとしたその時、横から別の者が横撃をいれる。
「月ちん、大丈夫やったか?なんも変なことされとらんか?」
横やり(物理的な意味も含めて)を入れてきた女性は少女に駆け寄り、あちこちを触って、安否を確かめる。
「し、霞さん?」
「霞、どうしてここに!?」
「警羅の途中やったんや。そしたら月ちんが変な男に絡まれとるのを見てな」
女性は複数の兵を引き連れていた。
「旦那、大丈夫ですか?」
ツンツンと木の棒で突っつく。
「出来れば手を差しのべるか、ネコミミを着用―――」
「うっさい。そのまま死ねッ!」
一蹴、頂きました。
もう少し加減も覚えて欲しい。
「それで、そこの男は何なん?一応、ノリでやってもうたけど、良かったんか?」
ノリでしないで下さい。
「「いいわ(いいのよ)」」
郢士と賈駆が声を合わせて応える。
「うぅ。流石に一声かけてからして欲しいですね」
はぁ~。
「それであんさんは誰なん?」
「あぁ。僕は―――」
ガッシャン!!
「な、なに?!」
「何があったんや?!」
音がした方を見る賈駆と女性。女性は近くの兵に状況の確認をする。
「どうやら酔っ払いが暴れているようです」
兵が状況の確認し、報告をする。
「なんやと。こんな真っ昼間からなにさらしとんや。ほなちょっくら取っ捕まえてくるわ」
騒ぎの中心へ向かう。
なにやら怒号が聞こえたり、言い争っているみたいだった。
「はぁ、気が乗らない。今日は出直す」
僕が宿舎に帰ろうとした、その時。
「あ、待たんかッ!?」
「どけッ!」
後ろから誰かに押され、今日二度目の転倒。
災難すぎる…………。
やっぱり、“アレ”に会いに行くことが全ての『ぐしゃり』まち……が、ん?ぐしゃり?
「ゆ、月ッ!?」
さっきの騒ぎを起こした男が兵から逃げて、少女を人質?にとる。
いや、そんなことよりも、ぐしゃりって………まさか!?
「なっ!?月を放さんかい!」
「うるせぇ!さっさと道を空けろ!じゃねぇとこの娘がどうなっても知らねぇぞ!」
「旦那、なんか大事に……て、何してるんですか?」
僕は地面に手を着き、四つん這いのorzな形になっているのを不思議そうに見つめる郢士。
「……僕の………」
「……は?」
「くっ。月を盾にされちゃ、手が出せへん」
「し、霞どうするのよ?」
「……僕の…………こみ……」
「さっさと道を空けねぇか!本気だぞ、俺は。このむす―――」
―――ザクッ。
男の顔の真横に竹竿が刺さる。
「「「「―――ッ!?」」」」
この場に居合わせた全ての人間が驚愕した。
「――だ、旦那なにを?」
いち早く復帰したのは郢士。
――ゆらぁり。
僕は男に向かってゆっくりと向く。
手には“さっき投げた”のと同じ竹竿が握られている。
「アンタ、なにしてんのよ!?」
賈駆が僕に向かって何かを言っている。先程の女性も何かを言っているようだが、そんなことは―――どうでもいいッ!!
――――ゆらぁり。
ゆっくりとした足どりで男に近づく。
「なっ、なんなんだ、お前は!?」
「うるさい、黙れ、下衆が……」
「―――ひぃ」
少し凄んでやると押し黙る男。
「全く、物の価値を知らぬ下等な分際で喋るなど烏滸がましい(おこがましい)にも程がある」
そして竹竿を投擲。さっきとは反対側に刺さる。
次の得物を適当にそこらから拝借。
「今からみっちりと叩き込んでやる」
そして次々に物を投擲。
男の右足、左足、右手、左手、腹部、股下、ありとあらゆる箇所の周りに物が刺さる。
ふふふ。本体にはまだまだ当てませんよ?それはまだ先の話。
「――ひぃ!?わ、分かった。降参だ、だから助けてくれ!?」
少女から手を離す男。
………は?降参?なにそれ、美味しいの?
「月!?」
「え、詠ちゃぁん」
抱きしめ合う二人を横目に僕は教育を続こ………。
「旦那、やり過ぎ……」
頭をポコッと叩かれる。
「ぬぅ……いや、これぐらい前菜でもないですよ?」
「それ以上は昼間に見せるものじゃないでしょが」
まぁ、郢士の言葉にも一理ありますが……。
「仕方ないか。おい、お前」
「は、はいぃ!」
「今度からは気を付けろよ」
「す、スンマセンしたッ!」
全く。
「あ、あのぅ。ありがとうございました」
少女が僕の前に来て、頭を下げる。
「ボクからも礼を言うわ。月を助けてくれてありがとう」
賈駆も続けて頭を下げる。
「……?何の事を申しているのですか、文和殿」
「えっ?だって今、貴方月を助けて……」
あぁ。そういうことですか。
「いえ、違うんですよ。これです、これ」
僕は地面に無惨にも散らばった破片を指す。
「……これが何?」
「あの男、あろうことか僕の猫耳を踏みつけていきやがったんですよ。ヒドイと思いませんか?猫耳は人類の宝ですよ。それを足蹴にするなど、天に唾を吐くも同然」
そう僕がぶつかった調子に落ちたネコミミカチューシャを踏みつけやがった。
「えぇと………」
「気にしないで下さい。ただの病気ですから……」
郢士が乾いた笑いをする。
「あぁ。なんてことだ。こんな変わり果てた姿に………」
僕はその場に座りこみ、最早破片と化したそれを大事そうに包み込む。
「あ、あの。私のせいでごめんなさい。せめて私にできることがあれば力になりますから。そんなに気を落とさないで下さい」
――ぴくっ。
「………何でもしてくれますか?」
「へ?……あ、あの。私にできる範囲で、ですけど……」
「じゃあ―――」
僕は勢いよく立ち上がり………
「このネコミミと尻尾を付けてください!!」
満面の笑みで“もう一組”のネコミミセット(ぶち猫仕様)を取り出す。
「「いいわけあるかいッ!!」」
女性と郢士のダブルツッコミが僕に決まる。
「一体、いくつもってんのさ、旦那」
「買ったのは一つだ。後は僕が作った」
「どおりでお金の減りが早いわけだよッ!?」
「何を言うんだ、朝夜。こんな素晴らしい物を作らずして何が商人か!?」
「それは職人だよ!?」
「そして、可愛い少女にそれを付けてもらう。それが世の摂理だ」
「勝手な摂理を作らないで下さいッ」
「へぅ。可愛い、だって、詠ちゃん」
「そこは赤くするところじゃないわよ、月」
「勿論、朝夜も文和殿も付けて下さいね」
「「断固、拒否する(わ)」」