4話 少女との邂逅
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今はお昼です。
僕も昼食中。
ですが……………。
「………えぇと、文若殿?」
「……なによ」
「何故、僕は文若殿と相席で食べているのでしょうか?」
「知らないわよ。今日は店が混んでて、ここしか空いてなかったんだから!」
………そうですか。一口食べます。
「でも丁度良かったわ。アンタに言いたい事があったの」
おや?罵詈雑言の嵐ですか?
「……り………う……」
「はい?」
「…あ……と………」
すみません。周りの喧騒で聞こえません。
「―――な、何でもないわよッ!!」
やけ食いするように箸をつけ始める荀イク。
「あまり、急いで食べると………」
「――んッ!~~~~~!!」
「―――詰まり……ましたね」
手を伸ばして水を飲もうとする荀イク。
僕がするべき行動は…………。
―――スイッ。
水を遠ざけた。
―――バタン。
頭から机に倒れ伏す荀イク。
「あ。ご冥福を………」
「――死んでないわよッ!!」
ガバッと起き上がり叫ぶ。
自力で飲み込んだのか。
「アンタ、馬鹿じゃないの!普通、水を差し出すでしょ!それを遠ざけるなんて、どういう神経してんのよ!」
そして早口で罵る。
「まぁ、落ち着いて下さい。周りの皆様の注目の的ですよ、文若殿?」
「………え?」
そこで改めて気づく、周りが一様に自分に注目していることに。
後で聞いた話だがどうやら荀イクは男嫌いらしい。
「……な、な、なんでこうなるのよぉぉぉ!!」
あ。耐えきれなくて出ていった。
あれ?文若殿の支払いは?……あの、文若殿、支払い。
僕の後ろには店主がにこやかに笑っていた。
うぅ。余分な出費だった。
からかい過ぎには注意しましょう。
僕は店に戻ることにした。
大人しく働いていよう。
「ん?人だかり、ですか。どうやら店の前のようですが、繁盛している雰囲気でもないですね」
店の前に人だかりが出来ていた。
「すみません、ちょっと通してもらえますか?」
人の間を縫うように抜けると………
「放せよ!」
小さな子供と劉忠がいた。
「放したら、逃げるだろ」
「うっさい。いいから放せ!」
手首を掴まれた子供がジタバタと暴れるが、子供対大人、なんの効果もみられない。
「どうしたんですか?」
僕が人垣の中から出て、話の中心に進み行く。
「あぁ、幺戯殿。丁度良かった」
「……あっ」
劉忠は僕に気づくと、子供もつられて僕を見て、声をあげた。
「幺戯殿、この子供に見覚えは?」
「………ん?」
と言われて子供を観察。
どこにでもいる普通の子供。
「……向かいの呉服屋の子?」
「違います」
「近所のよく来る、気前のいい奥さんの子?」
「違います」
「あぁ、隠し子ですか。中々、隅におけませんねぇ」
「もういいです。聞いた私が間違いでした」
あ。呆れられた。
「先日、貴方からお金を盗った子供です」
へぇ。そうなのかー。
子供の顔をマジマジと見てみる。
まぁ、覚えてないんだけどね。
「丁度、見つけたので捕らえたのです」
あぁ、そういうわけですか。
「ほら、謝りなさい。それが礼儀です」
と僕の前に差し出される子供。
「……ふ、ふん」
そっぽを向かれた。
「別にいいじゃんか。盗られる方が悪い」
悪びれもせずに言う子供。
「まぁ。それもありますね」
うんうん。
「なに子供に丸め込まれてるんですか……」
はぁ、とため息吐かれた。
劉忠は僕のことをなんだか敬わないよな。僕、創業主なのに?
まぁ、別にいいんだけど。
「幺戯殿がそうだから。全く、これじゃ役人に連れていきますか……」
「……ッ!!」
劉忠は子供を役人に連れて行こうと引っ張る。
「はいはい。ストぉープ」
手刀で掴んだ手を切る。
「何してるんですか、貴方は」
「まぁまぁ。別にそこまでしなくてもいいから」
「………」
「はぁ。お人好しにも程があるありますよ」
「お人好しとは少し違うんですけどね」
「―――おい」
「ん?」
「ほら、返す」
古びた小袋を投げてよこす子供。
「アンタのだよ」
「使ってないのかい?」
僕は受けとると中身を確認する。
まったく変わっていなかった。
「ふん。誰がアンタの施しなんか受けるもんかッ」
そう言い捨てて走りさっていく。
「とりあえずお金も戻ってきたし、これで万事解決」
「なに言ってんだか……」
僕は空を見て、劉忠はため息混じりに地面を見る。
お金は戻ってきたけど、未だに僕は劉忠の店で見習い丁稚奉公中。
「さて、お仕事お仕事ぉ」
表の掃除に、呼び込み、搬入、それから………。
視線を感じますね。
もしや、曹操?………いや、あの人なら堂々と会いに来るか。
そうすると、残る可能性は………。
誰だろう?
僕ってこの町に知り合いってあんまり居ないし。
お客さんとはセールストークはするけど、一線は引いているし。
はぁ、考えるの面倒くさい。止めた。
「よし。買い出しに行こう」
店の人に断ってから買い出しに出る。
「お。兄ちゃん、買い出しかい?ご苦労さん、これ差し入れだ、持ってきな」
「おやまぁ。精がでるねぇ。仕事終わりには寄っておくれよ」
「おぉ!お兄さん、今日は寄ってかないのかい?」
町を歩くといたる所から声をかけられた。
セールストークのなせる技。
っと。ここを右に。
路地に入っていく。
「―――って居ない?!」
僕は入って直ぐに壁に張りつき、つけてきた人物の視界に外れる。
「いや。直ぐ、隣だから」
「うわっ!?」
って子供か。何だろう、探偵ごっこかな?
あれ、この子………デジャヴ?
「僕をつけていたの?それともこの先に用事ですか?」
「ふ、ふん。この先に用事だよ」
「そうですか。それではどうぞ」
僕は道を譲る。だってその先は―――
「ふん。言われなくて………」
「行き止まりですが、どうぞ」
―――袋小路だった。
「……な、な、なな」
「……ぷっ。あはは」
盛大に吹き出す僕。
「な、何だよッ!」
「ふ、ふふ。いや、もし良ければ、あそこの甘味処で何か食べませんか?」
近くの甘味処へ歩き出す僕。
子供は………迷っていたが着いてくることにしたらしい。
子供は素直が一番ですね。
僕はとりあえず、適当に何品か頼み、改めて子供と向き合う。
「………」
不貞腐れた(ふてくされた)顔。
あ。スゴく弄りたいです。
「それで僕に何かご用ですか、少年」
「少年じゃない、アタイ、女だ」
……………。
子供って見分けにくい。
「ではお嬢さん」
「お嬢さんじゃない。アタイ、郢士」
「それで何かご用ですか、“お嬢さん”」
「………ん。アンタ、変わってるな」
「季節の変わり目ですから……」
「違った。変わってる、じゃなくて、“変”だ」
「“変”でなく“偏”ではあります」
「………?」
そこで頼んだ品が届いた。
「食べますか?」
「だからアタイは誰かの施しは受けない」
「そうですか。じゃあ僕から“盗み食べれば”いいですね」
そう言って一口食べる。
それを聞いて、最初はポカンと口を開けていた郢士も箸を伸ばす。
あぁ。ひねくれてるなぁ、この子。
「それでご用は?」
「なんでアタイを助けたりするんだよ……」
「助けた覚えも、記憶も無いのだけれど?」
「惚けるなよッ」
バンッと机を叩く。
「この前の店先でも、その前の町中でも………」
「はぁ~」
「なんだよ、ため息なんか吐きやがって」
僕は一つ、空を見てから―――
「――面倒くさッ」
「………は?」
「いや、つまらん。むしろ、下らん。もっと言うなら期待外れ。なおのこと言うなら無意味」
だら~んと足を投げ出す、僕。
あぁ。つまんない。
「何故、どうして、なんで。………理由は全く無い。むしろ僕が聞きたい」
僕はスゴい勢いで机の品を片づけていく。
「君が君だから助けた訳でも、僕が僕だから助けた訳でも、偽善な訳でも、独善な訳でも、空が青いからでも、地面が大きいからでも、ない。いや、むしろ全てが関係ないし、関わりも干渉すらない。ないない尽くしの出来事だ」
箸で郢士を指す。
「お前に何があって、何がなかったのか知らないが………悲しい顔するぐらいなら、嘘も上手く吐けないぐらいなら、諦められないぐらいなら、しない方がマシだ」
そう言って最後の一皿を平らげて、僕は席を立つ。
「それではお世話になりました」
早朝、僕は劉忠に今までの礼をかねて、頭を下げる。
「いえ。こちらも幺戯殿のお陰で随分と利益がありましたし……」
刺史との繋がりが一番の利益ですよ、にこやかに言う。
まさに商人向きの人柄だな。
店を後にして、門をくぐり抜け、振り返る。
うん。まぁまぁ楽しかった、かな。
さてと次の町を目指しますか。
「―――待ちなよッ!」
「おや、お見送りですか?」
そこには―――小さな少女、郢士が立っていた。
「違う。アタイも連れていって」
「……は?」
「アタイ、何でもするから。だからアンタの、いや、幺戯様のお供をさせてほしい。この通りだ!」
頭を下げる郢士。
「はぁ。別に構いませんよ」
「………え、いいの?なんか、ほら、条件とか理由とか?」
「無いです。とりあえず早くして下さいます。あまり遅いとバレますから……」
そこまで言って僕は歩き出す。
「あっ、待って下さいよ、幺戯様」
後から走って追いつく郢士。
「幺戯様、アタイのことは朝夜とお呼び下さい」
「それは真名では?」
「はい!幺戯様なら呼んでもらって構いません」
「そうですか。………じゃあ様付けは無しで」
「え、えぇぇぇ!!なんでですか!?」
「じゃあ僕も貴女の真名は呼びません。一生、貴女呼ばわりです」
「じゃ、じゃあ、何て呼べば………」
「……………」
少し空を仰ぎ見る。
「―――宵月」
「へ?」
「宵月。僕の真名です。そう呼べばいい。後、敬語もなし」
「――えぇぇぇ!!」