終話 役小角の真実
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人生で二度目の死を経験しました。
いや、一回目はよく覚えて無いのですけど。
でも二回目の死はなんともいい気分でした。
晴れ渡る空の下僕は死んだのだろう。
それもそれで悪くない。
心残りが無いと言えば嘘だけど、それは仕方ないこと。
人はどんなに充実していても、満ち足りていても、心残りがあるものだ。
それならこの悪くない気分があるだけいいと言うものだ。
――それで本当にいいのかい?
ん?誰?
――私は君だ。
もう一人の僕。
――いや、惜しいね。私は君だが、しかし君は君でもある。
……よく分かりませんが?
――う~ん。まぁなんと言うか、私は君の前世だな。いや、前世は君自信であるから、前々世かな?
前々世………。それが何故、ここに?
――君は疑問に思ったことはないかい?自分が物事を上手くこなすことを。
それは単なる要領がいいだけで。
――本当にそう思うかい?本当にそれだけで歴戦の英傑たちと渡り合い、神算鬼謀の軍師たちの裏を斯くことができると?
じゃあなんで?
――それは君に私たち、前世の者たちの記憶を引き継いでいるからさ。とは言っても意識して引き継いでいる訳じゃない。無意識下において引き継いでいるのさ。
それはどういう。
――まぁつまり、君が歴戦の英傑と渡り合えたのは前世に戦いを生業にしていた者がいると言うこと。軍師たちを裏を斯くことができるのは数多の知識を受け継いでいるからさ。
そんなことが……。
――あり得ないとでも思うかい?でもあり得ているのだから仕方ない。実際何故そうなったかは分からない。神様が間違えたのか、突然変異なのか。それでも君には覚えがあるはずだよ?
覚え………。
――そうさ。君には記憶に無い記憶があるはずだよ。
…………。
――お恥ずかしながら、それは私の記憶さ。私たち姉弟妹の記憶さ。
貴方は?
――ん?あぁ、そう言えば名乗ってなかったね。私は宵月と言うよ。
宵月………。
――そう。奇しくも君の真名と同じさ。
そうだったのか。でも今更それを言われても僕はどうすればいいの?
――うん?特には無いね。
そうだよね。僕はもう死んで……。
――あぁ、君はまだ死んでないよ?
………はぁ!?なんで、ここ死後の世界じゃ!?
――いや、さっきも言ったよね。私たちは君の無意識下にある記憶だって。ならここは君の無意識下になるだろ?
あ、それもそうか。
――うん。だからまだ君は死んでないし、まだ死んでもらっては困る。
困る?なんで?
――君は天寿まで生きてもらわなくては困るよ。君は前の人生で途中退場だったから知識が少ないじゃないか。私たちは生まれ変わる度に知識が、経験が、蓄えられる。だから出来る限りの長生きしてくれよ。
それじゃあ、僕は………。
――もうちょっとしたら目を覚ますんじゃないか?まぁそれまで私の昔話でも聞いていきなよ。
いや、それはちょっと。
――そう言うなよ。同じ宵月の名のよしみじゃないか。まぁ宵月ってのは雪菜姉さんが付けた名前なんだけどね。なんでも日本の、あれ?中国だったかな?まぁどっちでもいいさ。自然の美しさを表す言葉の雪月花から一文字ずつを私ら姉弟妹に付けたって言って――――――。
「……はっ」
僕が目を覚ますとそこは寝台の上だった。
「うぅん?何か、夢のようなものを見ていたような……」
まぁいいか。別に気にすることじゃないし。
僕は寝台の周りを見渡す。
調った調子の装飾。すぐ近くには僕の持ち物一式が置いてあった。
僕はそれを身につけて、部屋を出る。
「う~ん」
大きく伸びる僕。
体のあちこちが痛い。
コキコキと体の節々が鳴る。
「少しストレッチをしますか」
僕は近くの庭に出て、そこでストレッチを始める。
アタイは信じられないものを見た。
旦那が中庭で何か体操みたいなことをやっている。
あの後、すぐに曹操様を呼びに行った。
そして近くの天幕まで運んで、あらゆる手段で旦那を治療してくれた。
でも血が足りないと全ての医者が言う。
騒ぎを聞きつけ集まった将の皆が悲壮な顔をしていた。
そこに華陀さんが現れたのだ。
アタイはすぐに頼み込んで旦那を助けてもらえないかお願いした。
前、アタイが血が足りなかった時に助けてもらったことを旦那から聞いていたから。
でも華陀さんは首を横に振った。
なんでも血作りの秘薬には竜の首の玉が必要だと言う。
あの時は偶々持っていたのだと言う。
アタイは地面が崩れるような感覚に襲われた。
でもアタイはそこで諦めなかった。
アタイは旦那の、役小角の、宵月の丁稚なんだ。こんなことで諦めてたまるか。
考えるんだ。こんなとき旦那なら……………。
そうだッ!?紗祈ちゃんなら……。
アタイはすぐに紗祈ちゃんを探した。いや、紗祈ちゃんはいつも側にいるんだ。
だから呼んだ。最後の希望を込めて。
「おや、朝夜?おはようございます、良い天気ですね」
僕はいつの間にか後ろに居た郢士に挨拶した。
そしたら―――――。
「――何してんだッ!?この馬鹿ぁぁぁ!!」
「ぐはっ!?」
いっってぇぇぇ!!!
いや、朝夜さん。僕、怪我人なのに………。
「旦那!?何、部屋から抜け出してんのさ。安静にしてなきゃ駄目だろッ」
「いや、怪我人を殴るのはもっと駄目ですよ」
ガクッ。
「本当に何やってるのよ、貴方は………」
曹操が呆れた様子で僕を見下ろす。
「いや、僕のせいなのですか?」
「当たり前よ」
僕が何をしたんだ。
「私は可愛い女の子の味方よ」
さいですか。
「まぁそれは置いとくとしまして。どうやら大変お世話になりました、孟徳殿」
「いえ。私は何もしてないわ。礼を言うなら郢士に言いなさい。貴方の為に竜の首の玉まで探してきたのだから。それに貴方が寝たきりの時も真摯に看病してたのよ?」
「そうなのですか、朝夜?」
「へ?あ、いや、あ、アタイは………」
「ありがとうございました」
僕は郢士の頭を撫でる。
「////」
すると………。
「小角が起きたとは本当かッ!?」
「ちょっ、押さないでよ。わ、わわ、倒れる、倒れる」
夏侯惇と荀イクを筆頭に各国の将が流れ込んできた。
「……はぁ。次から次へと」
曹操が頭を押さえる。
「お疲れ様です」
「誰のせいよ、誰の」
さて、誰でしょう?
「って小角、なんでアンタがここに居るのよ!?」
「小角、怪我はもういいのか?」
「えぇ、まぁ」
僕は荀イクと夏侯惇に答える。
「あ、本当だ、小角さんだ」
「あら、意外と元気そうじゃない」
続いて劉備と孫策が入ってきた。
「あれ?お二人は国の方に居なくていいのですか?」
「あぁ、いいのいいの。政は冥琳たちが頑張ってくれるから」
孫策はそう言った。
「桃香と雪蓮は貴方が心配で残ってたのよ?」
「ちょ、華琳、なんで言うのよ」
そう曹操が言った。
「そうなのですか。それは大変ご心配をかけまして申し訳ない」
「ま、まぁ。元気そうならそれでいいんだけど……」
「はい、そうですね」
少し照れた口調の孫策に満面の笑みの劉備。
「小角殿、お怪我の方はもう………」
「小角ぅ、もう治ったんなら、一杯やろや~」
楽進が心配そうに見つめ、張遼がにははと笑っていた。
「怪我は……まぁ特に何も無いですね。病み上がりにお酒は……ちょっと。また日を改めて」
「小角ッ、治ったら勝負だッ!?」
「焔耶まだ言ってんの?そんなことより小角さん、たんぽぽとでーとしよ?」
おや、魏延に馬岱も居たのですか?
あと何故デートという言葉を知ってるのですか、馬岱さん?北郷くんですか?
「なッ!?たんぽぽ、貴様なにを言って……」
「いいじゃん別にぃ~。ね、しようよ、小角さん」
と腕を絡ませてくる馬岱。
「な、なななッ!?」
顔を真っ赤にする魏延。
生真面目な性格なのだろうか?
「ははは。小角さんモテモテですね」
おやおや、北郷くんまで居たのですか。
「モテモテ?よく分かりませんが、御遣い殿の方がおモテになるのでは?」
「いや、俺なんて全然」
謙虚に首を振る北郷。
「ほほう。一国の将の殆どを手を出してもまだ全然とは……。これ噂以上に……。次は他国ですかな?」
「え?あ、いや、そういう意味じゃ……」
オロオロする北郷。
「全く、騒がしいわね」
「でも悪くないじゃない、華琳?」
「まぁそうね」
「小角さんはご主人様に少し似てるんですよね。こうなんか安心する感じが……」
「ふわふわしてるくせに、それでいて一本筋が通っている」
不思議なものね、と三人が同時に呟く。
その問題の人物を見ると、どこからかやってきた程イクが小角に抱きついて、魏延が怒り、馬岱、張遼が程イクに便乗し、楽進と郢士がオロオロとしていた。
「それで小角は誰が本命なのかしら?」
「それは郢士ちゃんじゃないんですか?いつも一緒だったし」
「そう?でも小角にとって郢士は娘って感じよ?」
「確かに、そうですね」
「じゃあ本人に聞いて見ましょ♪」
そう言って王の三人は騒ぎの中心に加わった。
「ねぇ、小角さん。たんぽぽとでーとしようよ」
「では風ともでーとしましょ~」
「あ、あの、その出来れば自分も……」
「なんやぁ、そいじゃ、ウチも~」
「な、何故、貴様らまで」
混沌としてきたような……。
「旦那、モテモテだね」
えぇと、郢士さん?何故、蹴るのですか?
「全く、鈍いにも程があるわね、貴方」
「あ、孟徳殿。出来れば助けて―――」
「……嫌よ」
神は我を見放したッ!?
「自業自得でしょ」
「それで小角、本命は誰なのよ?」
孫策が悪戯好きの子供のような笑みを向ける。
「本命、とは?」
「惚ける(どぼける)んじゃないわよ」
ん?よく分からない。そう言えばさっきも噛み合ってなかったような………?
あっ!そうか!
「そう言えば僕、言ってなかったですね」
「あら、もう決めている人がいるのかしら?」
曹操の言葉にこの場の全員が僕を見る。
「あ、いや、違うのですよ。だって僕………………
――――――女性ですから」
『――――は?』
全員の目が点になる。
「いえ、だから。僕は性別的には女性でして、そして普通に異性が好きなので。皆様がそういった好意を抱いてもお答えできませんよ、僕」
「―――は……はぁぁぁ!?何ッ!?貴方、いや貴女、女だったの?」
「はい」
前まで男だったせいか、振る舞いが男っぽくなってしまっているが、確認したから間違いない。
息子がいなかったから………。
「いや、だって小角、一言もそんなこと……」
「まぁ僕は気にしない質ですから」
それにすっかり忘れてましたから。
「郢士、貴女は知ってい………」
「……え?…え、え?……いや、旦那は………え?……女性?……でも………あれ?」
混乱中の郢士。グルグル目が回っている。頭からは湯気が出ていて、ショート寸前だった。
郢士程でないにしても皆、信じられなさそうにしていた。
「まぁ確かに僕は発育面に関しては乏しいですが………」
と僕は自分の胸や腰、臀部を見る。
「あ、皆さん集まって下さい。……あ、御遣い殿はその場でお待ちを」
僕は自分の回りに女性人を集めて、証拠を見せる。
そして…………。
「これは紛れもない真実ね」
曹操の言葉に皆がため息を吐く。
何を見せたかって?それは秘密で。僕にも羞恥心というのがあるのですから。
その後、何故か荀イクから同士、と熱く握手を交わされた。
何の同士?
………まぁいいか。
その夜、僕の完治祝いと称して小さな宴が開かれた。
その内容は…………。
まぁ、カオスなので省略。
一言で言うなら、お酒は計画的に。
「旦那、ここに居たんだ」
僕が一人夜風にあたっていると、郢士がやって来た。
「うん?まぁ少し酔い醒ましですよ」
「……そっか」
僕と並ぶ郢士。
「体、大丈夫?」
「えぇ。流石に全快とは言いませんが。まぁそれなりには」
「そっかぁ……」
「朝夜、竜の首の玉のことですが……」
「あぁ、あれは紗祈ちゃんが持ってきてくれたものだから」
へぇ。紗祈が僕以外に応じるとは……。
「それで旦那はこれからどうするの?」
「うむ。どうしますかね」
「曹操さんは旦那が女性と知って、更に欲しがってたよ?」
「まぁ、孟徳殿はそうでしょうね」
「多分、今なら文官として働けるよ?」
「そうですね………それもアリなのでしょうね」
僕は武官は向いてない。それがあったから国に属さなかった僕だ。
でも今は平和な世だ。国に属しても差し障りないだろう。
でも―――。
「でも、やっぱり止めときます」
「――えッ?」
「だって約束したじゃないですか。店を出すって、朝夜と」
「旦那………」
「これからもよろしくお願いしますよ、朝夜」
「………うんッ」
郢士が子供らしい笑顔を浮かべる。
「でも――――猫耳付けるのは無しだからな」
僕が後ろ手に隠していた猫耳を落とす。
「はぁ~。旦那は変わんないな、もう」
郢士は笑い。
僕も笑う。
空には満月が昇っていた。




