35話 終幕
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ガキンッと金属のぶつかり合う音がする。
周りには戦場の匂いがする。
そして人は己の命を燃やし、削り、生きていた。
僕はその中で何をしているのだろう?
「はぁぁぁッ!」
関羽の一撃を受け止める僕。
「愛紗、退くのだ。うりゃりゃりゃりゃ!」
更に張飛の一撃をかわす。
「くっ。二対一と言うのに一撃も当てられんとは……」
最初は一騎討ちみたいだったのだが次第に二人相手になっていた。
「はぁ、こうも遊んでるわけにはいかないのですけどね」
「我ら二人の攻撃を易々と捌いておいて、どの口が言う」
「いや、捌けても反撃出来ないんじゃ意味無いのですよ、雲長殿」
さて困りましたよ。相手は名を響かせる英傑。打てる策はそれほどありません。
「我が名は関雲長。劉玄徳の一の家臣。我が偃月刀はご主人様の為、そして民草のために」
「鈴々の蛇矛にはお兄ちゃんたちの夢が詰まっているのだ!」
「小角、貴様は何のために戦う!?それは我が主たちの夢より重いものなのかッ!」
時間が掛かれば疲労するかと思えば、自ら奮起するとは………。
流石は英傑。美髪公に燕人か……。
それにしても………いいなぁ。僕もカッコイイ名乗りをしてみたいな。
―――うむ。やってみよう。
「僕は役小角。どの国にも属さない、どの理想にも靡かない、無色の商人。しかしそれはもう止めた。我が野望のため、貴女たちにはここで退場してもらいます」
「野望、だと……」
「そう。大陸を―――――猫耳帝国で制覇することだッ!!」
『………………』
――あれ?
「猫耳………」
「聞こえています」
冷たく言い放つ関羽。
「皆で猫耳……」
「小角のお兄ちゃん、バカなのか?」
うっ。あれ?選択肢を間違えたのか?
……しくしく。
「あっ、愛紗が泣かせたのだ」
「なっ。違うだろ、止めはお前が……」
「いいや、愛紗だね」
「違っ、鈴々が」
一気に和やかムードの戦場。
「皆で猫耳祭りを………」
『まだ言ってるのですかッ(のだッ)!?』
「―――この、ド変態がぁぁぁ!?」
「くはっ」
くの字に、くの字に曲がりましたよ。しかも前にではなく横にですよ。
「旦那はいつまでも変態だな」
「朝夜は変わらず暴力的です」
僕は横から思いっきりドロップキックをかました郢士を見る。
「……心配、したんだぞ」
目に涙を溜めた郢士がそこに居た。
「………朝夜。―――逞しくなりましたね」
「それは誉め言葉じゃねぇ!?」
ゲシゲシと蹴る郢士。
あぁ、懐かしいこの感覚。
え?変態じゃありません、紳士です。
「良かったね、郢士ちゃん」
「ご主人様ッ!?何故このような場所に?危ないではありませんか」
「いや、郢士ちゃんがどうしても小角さんに会うって聞かなくて」
「それでもご主人様まで来る必要は……」
「俺も愛紗たちが気になったから」
「………ご主人様」
「ぶー。鈴々もいるのだ。愛紗だけ独り占めはズルいのだ」
頬を紅潮させた関羽に頬を膨らませる張飛。
「それにしても御遣い殿、戦いの渦中に来るとは危ないですよ?」
「大丈夫二人が守って―――」
北郷の言葉の半分で僕が北郷の目の前に行くには十分だった。そして残り半分で――――。
―――ガキンッ!?
「私たちもいることを忘れてもらっては困るわね」
僕の降り下ろした剣は鎌と長刀に受け止められた。
「……孟徳殿、伯符殿」
貴女たちも居たのですか。
「さて小角、まだやるのかしら」
鎌を構え直し、臨戦態勢の曹操。
「私的には小角とは一度やりたかったし、大歓迎なんだけどね♪」
そう言いながら獰猛な目を向ける孫策。
「四対一ですか。少々厄介ですね」
多数なら未だしも、これだけ数を絞られると困る。
「なら降参も………」
「まぁ、別にいいか」
そして僕は覚悟を決める。
「ちょっとした余興にはいいでしょうから」
僕は二人に剣先を向ける。
「僕は全力で御遣い殿を狙いますから貴女たちはそれを阻んで下さい」
ニヤリと笑う。
宵に浮かぶ月の様に。
「はぁッ!」
曹操の鎌を剣で受ける。そしてそれを弾き、次に迫る孫策の一撃を受け止める。
「くっ。やるじゃない」
両者とも武勇はかなりのはずなのにそれを涼しい顔で受け流す小角。
いや、涼しい顔ではない、月のような笑みのままだ。
「はぁ、疲れますね、流石に」
それでいて声はダルそうなのだ。
全く、感情と行動と表情が噛み合っていない。
「ご主人様、お下がり下さい」
そんな戦いを傍らで見守っていた関羽が言う。
「鈴々、我らも助太刀に行くぞ」
「応ッ、なのだ」
「愛紗……」
「ご主人様、すみませんが御身をお守りすることが出来ないかもしれません」
「……え?」
「小角と手合わせて初めて分かりました。あやつは強い。それも我らとは違う強さだ」
いつになく真剣な口調の関羽に心配を覚える北郷。
「うん。小角のお兄ちゃんは強いよ。でもそれは鈴々や恋たちとは違うのだ」
「それはどういう………」
「――覚悟の違いだよ」
すぐ側に郢士が立っていた。
「覚悟?」
「そう。旦那は覚悟が違う。関羽さんや張飛さんも戦うからには殺す覚悟も死ぬ覚悟もあると思う。でも旦那の覚悟は違う。あれは―――」
―――自分を殺す覚悟。
「はぁぁ!」
「うりゃりゃりゃりゃ」
はい。四対一はやはりキツいですね。
「雲長殿、よろしいのですか?御遣い殿から離れて?」
「ふん。貴様を足止めすればそれで事足りる」
「本気でそれ思っています?」
「戦の最中に無駄口とは随分と余裕じゃない、小角ッ!?」
ガキンッ。
曹操の鎌を受け止める。
くっ。衝撃がモロに。上手く流せなかったか。
「もらったッ!」
だから孫策の追撃も打ち払えない。なら―――。
――がしッ。
『――なッ!?』
僕は“左腕”で長剣を掴み取る。
「貴方、素手で剣をッ……!?痛くないわけ?」
「生憎、これは素手でなく義手ですから」
そして鎌と長刀を振り払う。
「偽りの手ですから痛覚はありません」
まさに偽手ってね。
あれ?今、僕ウマイこと言いましたか?
そうですか、気のせいですか。
「くっ。ここまでやるとはね正直、貴方を侮っていたわ」
「じゃあ引いて下さい」
「それは出来ないわ」
「そうですか。なら………」
―――推し通るまでッ!?
ふっ。なんだろう………。楽しい?……僕が?
それも悪くない。
「あはっ」
僕は笑っている。
「……ふふふ。あはは。楽しいですね、楽しいですね、楽しいですね」
いや、別にどこぞの噛ませ犬忍者じゃありませんよ。
「何?ついに頭がおかしくなったのかしら?」
「いや、むしろ気分か可笑しいのですよ、孟徳殿」
僕は剣を握る力を強める。
「さぁ、楽しみましょう。これが最初で最後の戦いですから」
そう言って僕は初めて自分から攻撃をする。
「旦那、危ないッ!?」
しかしそれは不粋な輩に邪魔された。
僕が見たのは僕に迫る矢の雨と僕と矢の間に立つ郢士の姿だった。
………あれ?なんだ、これ?
…………いや、違う。これは違うだろ。
……………何故、朝夜がそんなことに。
―――――イミガ、ワカラナイ。
―――――イトガ、ワカラナイ。
「朝夜ぁぁぁぁ!!」
僕が生まれて初めて戦意を持った日、僕は初めて大声で叫んだ。
僕を狙った矢は後ろから現れた白装束の集団によるものだった。
どうやら、于吉が僕に張り付かせていたものだろう。
それは隙あらば僕を始末するために……。
そんなことは分かりきっていた。だから僕は隠密に行動していたのだから。
誰も巻き添えにならない様に。
亜兎も紗祈も、曹操や劉備、孫策も、北郷も、そして……………朝夜も。
僕だけが対処すれば……………。
――――犠牲になれば。
なのに何故、今、朝夜が………。
届かない。
いつものように動かない。
重い。
体が。
動かない。
何で。
僕はいつも。
肝心な所で。
また、失うのか。
雪菜姉さんや花織のように。
動け。まだ間に合う。動け。
重い。自分の体じゃないみたいだ。
手を伸ばせ。早く。
左腕が動かない。
………左、腕?
僕は左腕を見る。
それは僕の腕ではないモノ。
紗祈が見つけてきた偽りの腕。
どこかの導士が作ったもの。
まさかッ!于吉かッ!?
クソッ。なんてミスだ。
クソッ。なんで気づかなかった。これが罠だったと。
駄目だ。今は構ってられない。
今は朝夜を………。
ガシッ。
「――なッ!?」
僕を“左腕”が止める。
「あ、あ、朝夜ぁぁぁ!!」
僕の叫ぶ中、朝夜に無数の矢が飛来する。
「ったくよ。嬢ちゃん無茶しすぎだぜ。幺戯のバカが感染したか?」
「ようぎのじゃまはさせない」
しかしそれは郢士には届かず、亜兎の大剣により全て叩き折られた。
白装束はその横に居た紗祈の号令により紗祈たちにより片づけられた。
「……亜、兎?……紗祈?」
「かっかっか。なんて顔してやがる、幺戯。まるで死人だぜ?」
亜兎は大剣を掲げ、笑う。
「ようぎ、だいじょうぶ?」
光を宿さない目でこちらを見る紗祈。
「あ、あぁ。何故、キミらがここに?」
「あぁ?何故って、そりゃ……」
『お前を守るためだ』
『ようぎをまもるため』
そう二人は言った。
「……………」
は、はは。
笑えるな、これ。
「なにやら邪魔が入ったみたいだけど。終わったかしら?」
曹操の言葉に僕は冷静さを取り戻す。
「あ、あぁ。すみませんでした。もういいです」
「それじゃ続き、始めましょうか」
そう言って四人は再び得物を構える。
「いや、“もういいです”」
『――は?』
僕は剣を下ろす。
「もう僕は貴女方とは戦いません」
「それは降伏と受け取っていいのかしら?」
「えぇ構いません」
「え、えぇ!いいのかよ、旦那。それじゃあ依頼を反故に……」
郢士が僕に駆け寄ってくる。
「まぁ仕方ないですね。それに給金分は働きましたから、それで妥協しましょう」
ポンと郢士の頭に手を置く。
「それじゃあ五胡を引き上げさせてちょうだい」
「あ、それは無理です」
「はぁ?何故、貴方はもう戦う気は無いのでしょ。それなら……」
「いや、僕が指揮してるのは亜兎と紗祈だけですから。他の部族の方へは命令権ありませんから。……あ、でも」
僕は思いっきり間を溜めて。
「今、ここで僕を雇うなら、どうにかしましょう、孟徳殿」
商人の顔で僕は言う。
その後、曹操に雇われた僕を加えた三国連合は見事五胡の驚異を打ち払った。
左慈と于吉に関しては見つからず、諦めたのか今でも息を潜めているのかは不明だ。
でもまぁ、いいか。
「旦那、どうしたの?」
戦場を眺めていた僕に郢士が声をかけてきた。
「うん?いや、次の商売を何にしようかと思って……」
「うわ、旦那が商人らしいこと言ってるよ」
「僕、商人ですからね、朝夜」
横で笑う郢士を僕は見る。
「そうですね。前に言ったこと覚えてますか、朝夜」
「ん?何のこと?」
「平和な時代が来たら店でも構えようかと思っている、って話ですよ」
「あぁ。そんなこともあったね」
「それで、えぇと、そのですね、朝夜……」
あれ?何で僕はこんなドキドキしてるんだ?ただ誘うだけじゃないか。
「その、良かったら僕の店で………」
「――いいよ」
「……働か、ってまだ言ってないですけど」
「旦那。アタイ、言いましたよね。旦那にどこにでもついて行くって」
はは。これは参りましたね。
「そうでしたね。それではこれからもよろしく、朝夜」
「こっちこそ、宵の旦那」
そう言って僕らは握手した。
知らない内に大きくなったその手はとても温かかった。
僕はそして青く晴れた空を仰ぎ見た。
「久々の青空ですね」
「そうだね」
郢士もつられて空を見上げる。
「こんな終わりもたまには悪くな―――」
「旦那、どうし――ッ!!」
あはっ。慣れないことはしない方がいいですね。
ほら、手痛いしっぺ返しが。
僕は胸を貫いた真っ赤な矢を見ながら自嘲気味に笑う。
「だ、旦那ッ!!なんでッ、どこからッ!?」
周りに人影は無い。
「旦那、しっかりッ!?今、人を……」
あはは。焦り過ぎですよ、朝夜。
あれ?もう声も出ないや。
と言うか視界が霞む。朝夜の顔もぼやけて…………。
霞みゆく、意識の中、僕の視界には郢士の涙でくしゃけた顔と――――。
血のように真っ赤な蝶が飛んでいた。
―――あぁ、死亡フラグ立てすぎたかな?




