32話 役小角、対峙する
――――――――――――――
「どうかしたのですか、紗祈?」
僕らの前に紗祈たちが居た。
『幺戯、これ』
「ん、何ですか?」
紗祈から一つの書簡を受けとる。
「誰からですか?」
『分からない。でも………』
少し言いよどむ紗祈。
『私たちを見つけて渡してきた』
………へぇー。それはそれは―――おかしいですね。
時は過ぎて、ここは洛陽。
三国の戦いは曹操の魏の勝利に終わった。
曹操は他の二国を支配せず、各王がそのまま治め、善政するように言い、そして今、親睦会として大々的に宴会を開いていた。
「かりんさ~ん、こっちで飲みましょ~よ~」
「そうよそうよ」
劉備と孫策が既に出来上がってりようだった。
「まさか桃香があれほどに酒癖が悪いなんて………」
曹操は頭を抱える。
ちなみに王の三人は最終決戦の後、各自真名を交換していた。
「か~りんさ~ん」
「華~琳」
中々来ない曹操に痺れを切らした二人が曹操に抱きつく。
「ちょ、どこ触ってるのよ桃香!?」
「えへへ。華琳さん、スベスベ~」
「あら、じゃあわたしも……」
「ちょっと雪蓮まで……。そ、そこはダメよ。やぁんッ」
酒乱の二人に揉みくちゃにされる曹操。
「全くヒドイ目に合ったわ」
乱れた衣服を直しながら曹操は言う。
「ごめ~ん。ついつい調子に乗っちゃったわ」
そんな曹操に全く悪びれた様子のない孫策。
「そう言えば華琳、小角は居ないの?」
「……小角?雪蓮。貴女、小角を知ってるの?」
「えぇ。ちょっとの間だけど呉で働いてもらってたのよ。知らなかったの?」
「知らないわ。あの者は過去に受けた仕事に関して他言しないのよ」
「へぇー。そうなんだ。変に律儀ね。それで噂の彼はどこ?」
「―――居ないわよ」
「………え?」
「赤壁の後、いきなり姿を眩ませたのよ。全く、挨拶も無しに出ていくなんて何考えてるのよ、あの男は」
そう言って外を見る曹操はただの少女の様だった。
「まぁでも、どこに居ようとまたとっ捕まえて連れてきてやるわ」
しかしそれは一瞬のことで今はもう覇王の少女となっていた。
「まぁもしかしたら、ふらっと唐突に現れるかもしれないわよ?」
「ふふ、それもそうね」
「―――華琳様、大変です!?」
「どうしたの、凪?そんなに慌てて」
「それが今、物見から報告があったのですが………」
慌てた様子の楽進を宥め、事情を聞き出す曹操。
「数刻前にこの洛陽に向かい進軍する五胡の軍勢を発見したと言うことです」
「なんですってッ!?」
洛陽近くの平原。
五胡の数千万にも及ぶ大軍団が布陣していた。
そしてそこには…………。
「おい、何故悠長に陣など敷いているのだ?」
導服を着た男―――左慈は苛立ちげに言う。
「いや、元放殿。貴方が完膚無きまでに三国を叩き潰せと仰ったではありませんか」
と僕は答える。
「だから何故、今から奇襲をかけんのだ。好機だろ、奴らが油断している今が!」
「はぁ、僕にはそうは思いませんよ。ああも寄り固まられていては目標まで到達出来ません」
「目標?何だ、それは?」
僕の言葉に左慈が反応する。
「そりゃ…………御遣い殿、北郷一刀でしょ?貴方たちの目標は」
「ッ!?貴様、何故それを!?」
「ちょっ、攻撃は無しですよ。商人たるもの依頼者の真意を見抜くのは当たり前ですよ」
臨戦体勢をとる左慈に僕は両手を挙げる。
「僕はキッチリ頂いた分は働きますから。アフターケアも万全ですよ」
「……ふん」
そう言って左慈はどこかへ消えていった。
「ふむ。横文字にも反応を示さないとは………」
中々、面白いことになってますね。
そう言ってまだ日の昇らぬ空を見上げる。
惜しくも月は見えなかった。
「明日は曇りかな……」
「なんてことかしら………」
曹操は洛陽の城壁の上から外を見る。
そこにはおびただしい数の五胡の軍勢が地を埋め尽くしていた。
「数万、いや数千万はくだらないわよ、これ」
横に立つ孫策も唖然とその光景を見ていた。
「華琳さん、雪蓮さん、あれ見てください」
と劉備が示す先には五胡の部族を示す旗と――――――。
――――『役』の旗が靡いていた。
「そんな所からふらっと来るんじゃないわよ、バカ」
その曹操の呟きは風に流れていった。
「それにしても良かったのか、幺戯?」
「何がですか、亜兎」
「いや、一度は遣えた相手に剣を向けるんだろ?」
僕の隣に控える亜兎。
「遣えたと言うか雇われたと言いますね。それに僕のようなふらつき者はこういった事は多々あるものですよ」
「そうかよ。幺戯がそう決めてんなら俺はもう何も言わねよ」
「それよりも亜兎の方こそ別に参加しなくても良かったのですよ?」
「はっ。それこそ今更だぜ。俺らは元々戦闘民族よ。天寿を全うするより戦場で死ぬことを望むような奴らばかりさ。むしろ今まで生き残ってたのが不思議なくらいだ」
「そうですか。なら僕はもう何も言いませんよ」
「はっ」
「あはっ」
僕らは軽く笑い合った。
「……だがあの左慈って野郎はなんか気に入らね」
「それも今では些細なことですよ」
「敵の数はおよそ3千万です」
緊急に開かれた軍議で諸葛亮の言葉にこの場に集まった各国の重役は息を飲む。
「五胡は総力戦を望むようね」
「はい。三国の総力を挙げても兵数はおそらく五分だと思われます」
曹操の言葉に荀イクが付け加える。
「だが我が方は一騎当千の将がこれだけ居るのだ。負ける要因などありはしないッ」
関羽を始め、各国の武将が頷く。
「しかし、相手は五胡。そして……」
「小角のお兄さんですね~」
郭嘉と程イクが言う。
「しかし本当なのか、それは?」
夏侯惇が皆の疑問を代替わりする。
「それはまだ分かりませんね~。今周泰ちゃんたちが探っているのですが、あまり成果があがりませんから」
「全く、あの男だけは読めないわね。まぁいいわ。それについては情報が着き次第検討しましょ。今、この軍議で話すべきは……」
「兵糧、そして武具の補充ですね」
曹操の言葉に諸葛亮が受け継ぐ。
「兵数では互角でも私たちは大戦をした後、兵糧、武具の予備もあまりありません。長期戦になれば不利になるのは目に見えています」
「ならば補給すればいいではないか、朱里よ」
「それがそうもいきません、愛紗さん。今から各国総出でかき集めたところでいつ届くか。それにそれが届くまで相手が待ってくれているか。それが問題なんです」
だからこそ、各国の名だたる名軍師たちが頭を悩ませているのである。
そこへ………。
「がははは。ほれ、見ろ。俺の言う通り金のなる木はここにあるじゃねえか」
初老の男が軍議の場に乱入してきた。
「な、何者だッ!?今は会議中だぞ!」
「あぁ?威勢がいいな、小娘」
夏侯惇の威圧にも戦く(おののく)ことなく、初老の男が部屋へ入ってくる。
「だから、少しは段階を踏むべきだと言ったじゃないですか、項蘇殿」
「ち、父上。そのような乱暴な言葉遣いでは……」
その後に若い男二人が入ってきた。
「ん、貴方は確か……」
曹操は後から入ってきた男に見覚えがあった。
「ご無沙汰しておりました、曹操殿」
男は手を合わせ、膝をつく。
「劉忠、だったわね」
そう軍議に乱入してきたのは劉忠、項蘇、項妲の三人の商人だった。
「お、お初にお目にかかります。項妲と申します」
「項蘇だ。ところで耳寄りな話があるが、聞かねえか?」
「何かしら?」
「どうやらアンタら兵糧とかが足りねえみたいじゃねぇか。なんなら俺らが調達してやるぜ?」
「項蘇、項妲。確かに名の通った商人ね。でも私たちは“急ぎ”欲しいのよ?それが出来ると言うのかしら?」
「はい。既に私どもの店からは大商団が出立しております」
「そ、それに加え、提携を結んでいる商家からも明日以降に荷物が届く手筈です」
「随分と根回しがいいわね」
「商人ってのは金の匂いに敏感なモンよ。それでこの話乗るのか?乗らねえのか?」
「渡りに船とはこのことかしら……」
「お待ちください、華琳様」
曹操が承諾しようとした時、荀イクが横槍を入れる。
「この者共は小角と繋がりを持つ者です。もしかしたらこれは罠かもしれません」
「そうですね。確かに荀イクさんにも一理あると思います」
荀イクの言葉に軍師一同が同意する。
「確かに俺らは幺戯とは浅からぬ縁がある。とは言えその前に生粋の商人でもある。目先の利益には真っ先に飛び付くぜ?」
「どういうことかしら?」
そこでニヤリと笑う項蘇。
まるで獲物がかかったかのように。
「俺らの言い値で買ってくれればそれでいい」
「………どういうこと?」
「ん?分かりにくいか?なら単刀直入に言ってやる。俺らはテメェらの足下をみて吹っ掛けるからそれを承諾しろ」
「―――なっ!?それではこちらが損をするではないか!」
項蘇の言葉に関羽が食ってかかる。
「この程度の損失で多大な損失を防げるんだ。対価としては等価だろうよ」
「でもそれは貴方たちが小角のお兄さんと手を組んでない事が前提ですよ?」
「確かにそちらのお嬢さんの言う通りですね。項蘇殿、こちらは素人さんなのですからもう少し分かりやすく説明しなくては」
項蘇に代わり、劉忠が説明する。
「正直なところ、私たちにとって誰が国を治めようと変わりはないのですよ。むしろ誰が治めようと私たちはしぶとく生き残ってみせますよ。それが商人と言うものです。………ですが、貴女方が僕らは好き勝手出来そうだから貴女方に付く、ただそれだけなのですよ」
そして利益もありますから、と微笑む劉忠。
それが彼のポーカーフェイスなのだろう。
「ふふ。良いわね、その気概。確かに小角の関係者ね。いいわ、貴方たちの言い値で買いましょう。それで良いかしら、桃香、雪蓮?」
「はい」
「いいわよ」
「決まりね。では軍議はこれでお終い。各自決戦の準備を急ぎなさい」
曹操の号令で軍議に集まった将が離散する。
「さぁ、待ってなさい。次こそ、逃がさないわよ」




