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30話 赤壁は赤く燃える









―――――――――――――――





「……はぁ~」


「なんじゃ、お主。ため息など」


僕と黄蓋は船の上で雑談していた。


軍義も終わり、後は決戦を待つのみだ。


「いや、ただでさえ船の上で体調が悪いのに………こんな前線に配置されて。災難ですよ」


「何を言っとるんじゃ。先鋒は武人の誉れじゃろ」


「………僕は武人じゃないのですが」


はぁ。なんでこうも武人にされるのだろうか。


「そうなのか?じゃが武人でないお主が何故このような戦場におるのじゃ?」


「まぁ色々、あるんですよ」


僕も何故、こうなったのか。


いや、自分のせいか?


「色々、のう……」


「それよりもうそろそろですよ、赤壁は」


「そうじゃな。儂らも準備を急がねば、ならんの」


そう言って僕を突き落とす黄蓋。


――――て、あれ?………ナニ、コレ?


「悪く思わんでくれよ、小角。……さぁ、準備にかかるぞ。曹魏に目にもの見せてやれッ」










「ちっ。こんな失態を冒すなんて……」


曹操は柄にもなく醜態を晒していた。


「華琳さま、お下がりください。ここは危険です」


近衛隊長の一人、典韋が言う。


「えぇ、分かっているわ。でも私の愚かさのせいで多くの兵を失った。それをこの目に焼き付けておきたいの」


「………華琳さま」


「分かっているわ。別に死ぬつもりは無いわ。絶対にこの屈辱は絶対にそそぐわ」


「――それなら、今、そそぎますか?」


―――ザバァン。


僕、上陸。


うへぇ。服着たまま泳ぐの結構しんどい。


「小角さん!?なんで河から?」


「いや、公覆殿に突き落とされてしまいました。ははは……」


「貴方ねぇ。なにやってるのよ……。まぁいいわ。それでさっきの言葉の意味は?」


「そのままの意味ですよ。もし孟徳殿が望むらな、その機会を与えてあげますよ」


「貴方に策があると言うの?」


「お忘れですか?孟徳殿が僕に公覆殿の対処を命じたのですよ?」


水を吸って重くなった外套を脱ぎ捨てる。


「さてどうしますか、孟徳殿?今この逆境においてもまだ覇道を目指しますか?」


「………ふん。何を愚問を。―――当たり前よ。我が名は曹孟徳、覇道を歩むはもはや天命ッ」


「それならここでお待ちを。先ずは兵を集めてみせましょう」


僕は船の先端から赤く燃える赤壁を見渡す。


「―――さぁ。役幺戯、死地にて遊び参る」


僕は剣を翳す(かざす)。


「では手始めに、我が兵を呼び起こしましょうか……」


剣を横に薙ぐ。


それを合図に――――


『――WOWWOW』


それは地の深くから響くような声。


「な、なにッ!?」


「僕の私兵隊ですね」


「私兵隊?」


「はい、死兵の私兵隊です」










「くっ。ここまで火が迫っているか」


夏侯惇が火に包まれた船の上、残りの少なくなった兵を纏めて、戦うが苦戦を強いていた。


「姉者、無事か!?」


「秋蘭か!?あぁ、無事だ。だがこれは少し危ないかもしれん」


「……そうか。姉者、ここは一旦引こう」


「だが我らが引いては誰が前線を保つと言うのだ」


「いや、もうここまで被害を出されては前線を保つのは―――」


「そんなら俺らが変わってやるよ」


『――ッ!?』


二人の後ろに男が現れる。


男の身につける鎧は魏の物でなく、しかし呉や蜀のとも違った。


「何者だ、貴様ッ!?」


「おいおい、そう殺気を向けんなよ」


怪しい男に警戒を示す夏侯惇。


「敵じゃねえよ。俺は幺戯の奴に頼まれてアンタらの手助けをしにきたんだぜ?」


「小角の……?」


「おうよ。てなわけでアンタらは本陣まで引いてくれ。後は俺らが引き受けっから」


そういうと男はなんの躊躇いもなく燃え盛る戦場へと向かう。








「華琳さま、ご無事ですか?」


曹操の元に次々と将たちが集まってくる。

「春蘭、秋蘭。貴女たちも無事でなによりだわ」


「はい。途中小角の仲間と名乗る者に助けられたのですが……」


「えぇ!春蘭さまもなの?沙和たちもなの」


夏侯惇の言葉に于禁が反応する。


「……そう」


「それで小角は?」


夏侯淵が辺りを探す。


「小角ならそこよ」


と曹操が船の先端を指す。そこでは………。


「ふふん、ふふ~ん、ふふ、ふ~ん」


鼻歌を口ずさみながら剣を振るう小角。


それはさながら舞台で指揮をする指揮者のようだった。


「……ふふん。っと、これぐらいですかね?さて――――」






―――第二幕といきますか。








「さて兵は集めた。次はこの炎ですね」










「さぁ。テメェら思う存分暴れやがれ」


男―――亜兎は一族に指示を飛ばす。


「お兄ぃ、この火はどうするのさ?」


亜兎の妹の兎々が話しかける。


「あぁ。それも幺戯から聞いてるぜ………」


と亜兎は袋からあるものを取り出す。


「それは………縄?」


「おう。これに石をくくりつけて、と。後は振り回して……投げるッ!」


石の遠心力で遠くまで飛ぶ縄。


それは対峙する敵船まで飛んでいった。


「それで火を着ければ………よし。完成」


縄には油が染み込ませてあり、火を着けた瞬間に火は縄をかけ登り、敵船へと渡る。


それを亜兎の一族の者が次々とやり始め、火の勢いは敵味方を巻き込んで益々と燃え盛る。


「やっぱ風上じゃ、着きがイマイチだな。そいじゃ、第二波いっとくか」


今度は短めに切られた縄を取り出す。


「石に巻き付けて、火を着けて、アチチ。投げる」


今度は縄に直接火を着けて投げる。


狙いは船の帆。


帆船であるため、その帆を焼かれては上手く操舵出来ないのだ。


「よっしゃ。相手もかなり混乱してんな。テメェら畳み掛けんぞ」


『応ッ』


「それにそろそろ“紗祈”も動く頃合だろ」










「なんなのよ、あれは」


孫策は船上から戦場へと目を向けていた。


最初は我が方が有利だった。


黄蓋の火計も見事にはまり、魏も混乱していた。


しかし今はどうだ。火は移るはずなかった我々の船団にも飛び火していた。


しかもよくよく見れば魏の船団から火の玉のようなものが投げ出され、船の帆に火を着けている。


「一体何が起こっているのよ………」


「雪蓮ッ!」


「……冥琳」


「大丈夫?」


「冥琳、これはどういうことなの?あれは何?」


「雪蓮、落ち着いて。魏に火計に対して落ち着いて対処したものがいた。ただそれだけよ」


「で、でも、さっき聞こえた地の底から唸るような声は?」


「落ち着いて、雪蓮ッ!?」


珍しく動揺している孫策の肩を強く叩く周瑜。


「分からないわ。でもね、そんなことより私たちにはやらなければいけないことがあるの」


「やらなければ、いけない、こと………」


「そうどんな手段を使っているかは分からないけど。火計は失敗したわ。そして一番危険なのは………祭殿だ」


火計を成功させるために身を呈した黄蓋。


火計が失敗した今、彼女の身が心配だ。


「―――ッ!?そうよ祭は?祭を助けなくちゃ」


「そうだ。祭殿を助けにいこう」


「えぇ。ごめんね、冥琳」


「別に構わないわ。だっていつものことでしょ?」


「ぶー。ヒドイんだから。―――ッ!?」


そんな中、孫策の並外れた勘が敵を察知した。


そこには数名の男たちがこちらにフラフラとやって来ていた。


男たちの目に光はなく、虚ろで手には思い思いの武器が握られていた。


(あれ?私、この目をどこかで見た気がする……)


「味方、じゃないわね。しかしいつの間にここまで侵入を許したのだ………」


隣で周瑜の呟きが聞こえた。


そうだ。今は考えてる暇じゃない。祭を、冥琳を、そして呉の将を守らなくては。


孫策は己の得物を握り直し、男たちへ向き直る。










「ふむ。いい具合に燃え広まりましたね」


「貴方なにをしたの?」


曹操は目の前の光景を見ながら言う。


赤壁は燃え盛る。しかし魏は兵を回収し終えていたため、被害は最小限となった。


「大したことじゃないですよ。ただ火を敵にも広げ、敵の船に忍ばせた伏兵が動き出したんですよ」


「大したことあるわよ、それ」


「それではそろそろですかね。―――紗祈」


少女が突然に現れる。


「――なっ!?どこからッ?」


「お気になさらずに。……紗祈、後の指揮は任せます」


『了解』


紗祈は軍配を取り出し、小角のように振りだす。


「あの子は何?前にいた丁稚とは違うみたいだけど」


「あの子は僕が拾った子ですよ」


僕は舞台を紗祈に譲る。


「拾ったってどういうことよ」


「賊に襲われた村の唯一の生き残りだったんですよ。その時彼女は声を失った。目の前で家族を殺され、自分も命を狙われた。その恐怖が彼女から声を失わせた」


「…………」


「それを僕は拾って、まぁ私兵としてるんですよ。さて攻めるなら今ですよ、孟徳殿」


火が収まりつつあるのを見て僕は言う。


「さて次の段階に移行しますよ」










「くっ。なんなのよ、コイツら。さっさと祭を助けに行かなくちゃいけないのに……」


切っても切っても湧いてくる男たち。


しかもいくら威嚇しても怯えもせず、無感情に向かってくる。


まるで操り人形かのようだ。


いや、意識はある。しかし死を恐れていない。


まさに死兵。


でも何故?私たちが何をしたのか?


男たちは魏の兵とは思えない。男たちはなんで私たちと対峙するのか?


「雪蓮、大丈夫?」


「えぇ、コイツら程度なら朝飯前よ。でも数が厄介ね」


周瑜は孫策に背中を預け、男たちに牽制をする。


だがそれも一時稼ぎでしかない。


「くっ――――?」


しかし男たちの動きが急に止まる。


そして――――。


―――ドッゴーン。


「――ッ!?今度は何ッ!」


音の方を見ると………。


そこには巨大な木杭の刺さった船があった。


そして木杭は次々と飛来して呉の船を、蜀の船を、そして魏の船までにも刺さり、沈めていく。


まるで邪魔な物を舞台から退かすかのように船は河の底へ沈んでいく。


そして見えてきたのは――――


「―――曹魏の本船……」


赤壁に無傷で浮かぶ曹操の本船だった。









「あれは何?」


「呉の船です」


「違うわよッ。さっきから飛んできてる杭の事よッ」


「あれは岸から弩弓機で打ち出してるんですよ。しかしもうそろそろ杭も無くなるので打ち止めですけど………」


「貴方、いつの間にそんな用意をしたのよ……」


「だからそれを命じたのは孟徳殿なのですが……」


呆れる曹操に僕は呟く。


「さて、それでは僕は行きますね。後のことは文若殿たちで計ってくれますよ」


そう言って僕は船を移り渡る。










「どうなっておるのじゃッ!?」


黄蓋は辺りに群がる無表情の奇妙な兵を射る。


「くっ。残るは儂のみか………。せめて火計を成功させてから逝きたかったの……」


黄蓋が死を覚悟した時。


「いやいや、公覆殿は長生きした方がよいと思いますよ?」


死兵の間を割って僕が現れる。


「――小角ッ!?お主、生きて………」


「はい。あ。足もちゃんとありますよ?」


まるで幽霊でも見るかのような黄蓋に対して僕は足を見せる。


「あぁ。もういいよ、ここは。ご苦労様」


僕がそう言うと死兵たちはフラフラとどこかに消えていく。


「お主、何者じゃ?………いや、先ずはアヤツらは何者か問う方がよいか?」


「僕は商人ですし、彼らは僕の私兵ですよ」


「一介の商人が私兵を持つ、か……」


「物騒なご時世ですから。そうですね、義勇兵ならぬ鬼幽兵といったところですかね」


ふふ、と笑う僕。


それはまさに幽鬼の如く。










時は遡って、魏の船団から火が飛び火する前。


「…………」


郢士は静かに燃える魏の船団を眺めていた。


「郢士ちゃん……」


そこに心配そうに劉備が現れる。


「郢士ちゃん、辛いなら奥に居てもいいんだよ?」


「……ううん。大丈夫です、劉備さま」


アタイはそう言って燃える炎から目を離せずにいた。


「雛里ちゃんや翠ちゃんたちによれば、小角さんは魏にいるんだって………」


それは知っていた。


「それでもアタイは自分の意思でここに残るって決めたんだ」


「え?何か言った、郢士ちゃん」


「ううん。なんでもないよ、劉備さま」


そう言って郢士はもう火を見ていなかった。


「劉備さまはやっぱり優しいね」


「劉備さまなんて堅苦しい呼び方じゃなくていいよ。桃香って呼んで郢士ちゃん」


「………ううん。それは恐れ多いから、遠慮します」


――それにアタイは旦那の真名だけを呼びたい。


「そっかぁ………」


劉備は少し残念そうに言う。


「あ、いや、べ、別に劉備さまたちが悪い訳じゃなくて………むしろ皆、優しくて、温かくて……」


アタイには勿体ない、と小さく呟く。


「えへへ。郢士ちゃんに褒められちゃった~」


「いや、喜びすぎだろ、桃香……」


そこへ北郷もやって来た。


「ご主人様ッ!?」


「桃香も郢士ちゃんも気を付けてね。火かこっちにこないようにしてるけど。万が一があるからね」


そう北郷は言う。


この北郷という男は最初からこうなることを知っていたような節があった。


それも天の御遣い故なのかはアタイには分からない。


けど、どこか旦那に似た感じがするのだ。


旦那のようにアタイたちとは違った目線でこの世界を見ている。


「まぁそろそろ決着は着くと………」


「――た、大変です~!?」


「どうしたの、朱里ちゃん」


諸葛亮が慌てた様子で駆けてくる。


「そ、それが、魏の船団から我が軍、並びに呉の軍へ飛び火し始めちゃいました!?」


「な、なんだってッ!?」


「え?でもそうならないように距離を保ってたんじゃ………」


「はわわ。それが相手がどうやら油の染み込んだ縄をこちらの船と繋いだらしく。それに火の玉を見たという兵もいまして……。こちらもまだ把握したわけではないのですが……」


諸葛亮もかなり慌てているようで、目がぐるぐる回っていた。


「それに何やら変な声を聞いた兵もいまして……」


「変な声……?」


「はい。こう、地の底から唸るような……お化けのような……」


「お、お、お化けッ!?」


「――っ!?皆、下がって!?」


アタイは何か嫌な感じがして、得物を取り出す。


そこには虚ろな人たちが立っていた。


そして―――。


「………紗祈、ちゃん?」


いや、違う。


どこか似ているけど違う少女がそこにいた。


「ようぎの、じゃまをする……」


少女はまだ舌足らずな言葉で喋る。


「郢士ちゃんの知り合い?」


「ううん。違う。知ってる子に似てただけ」


紗祈ちゃんはいつも板を使った筆談だし、よく見ると紗祈ちゃんより幼い感じがする。


―――ドッゴーン。


え?何の音?


「はわわ。ご主人様ッ!?見てください」


「―――えっ?」


「杭が………」


「飛んでます……」


巨大な木杭が次々に船を沈めていく。


―――こんな破天荒なことをするのは……。


「旦那が来てるんだね」


郢士は少女に話しかける。


「そう。あなたはようぎのじゃま、するの……?」


「アタイは今、蜀でお世話になってるんだ。旦那なら……」


給金をもらっている以上はしっかりやるべきだ、と言うだろうから。


郢士は双剣を構える。


「なら……」


少女も先の欠けた剣を構える。


後ろの男たちも各々の武器を構える。それはどれも欠けていた。


「劉備さまたちはアタイが守るんだ……」











「そうか、これはお主の仕業か」


「えぇ」


「こんなことになるなら、きちんと仕留めとくべきじゃったな」


自嘲気味に言う黄蓋。


「あ~。それはどうでしょう……。あの時点で既に手は打っておいたので僕がいなくても策は成ったと思いますよ」


「用意周到じゃな」


「給金をもらっている以上はキッチリ仕事をこなすのが僕の主義ですから」


「それで次は儂の首級を取るか?」


「……うん?」


僕は首を傾げる。


「いや、別にそれは頼まれてませんから、なんとも……」


「ならば、儂が今から曹操の首を狙いに行くと言うたらどうじゃ?」


と口の橋を上げる黄蓋。


「はぁ………」


なんでこんなに好戦的なのか?


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