28話 始まりと終わりは唐突に
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「――――あれ?」
ここどこ?
いつもの寝床じゃない。
酔って部屋を間違えた、とかじゃなさそうだ。
部屋の装飾が違う。
う~ん。どこかで見たことがあるような…………。
―――ガチャ。
すると扉が開く。
「おや?起きたようだな」
そこには………。
「………妙才殿?」
夏侯淵が居た。
「あぁ。気分はどうだ、小角?」
「えぇと。まぁ、ぼちぼちですけど……」
「そうか。華琳さまがお待ちだ。準備をしてくれるか?」
はぁ、と僕は曖昧な返事を肯定と取ったのか夏侯淵が部屋から退出する。
まぁ部屋の前に気配はあるけど。
まぁさっさと用意しますか………。
曹操なら状況を説明してくれそうだし。
「―――――で。僕は拉致されてきたと」
曹操の話を要約するとこんな感じ。
「拉致とは人聞きが悪いわね。貴方を魏に招待したのよ」
「……では言い直します。僕が寝ている間に簀巻きにして強制的に招待した」
「そうよ」
「途中で起きたらどうするつもりだったんですか……」
「そこに抜かりはないわ。眠り香を部屋に焚いたから」
「……それは用意周到でしたね」
何故、誰にもバレなかったんだ?
「それで何故、僕を拉……招待したんですか?」
「あら?言わなかったかしら?私は貴方を地の果てまで追いかけて、逃がさないと………」
ニヤリと笑う曹操。
「はぁ。それで…………僕の荷物はどこですか?」
そう僕は寝間着のままなのだ。
当たり前だ。寝ているときに連れてこられたからねッ!?
「…………」
―――ススッ。
あ、明後日の方向を見ましたね、曹操さん。
「……全く。――紗祈」
僕は誰となく話しかける。
「僕の剣と外套を………」
すると―――。
―――バサッ。
上から外套に包まれた剣が落ちてきた。
「――ッ!?ど、どこから?」
「上からです」
僕は外套と剣を身に付けながら言う。
「それで孟徳殿。本当のご用件は何ですか?」
「あら、気づいていたの?」
おどけたように言う曹操。
「まぁ大体は分かりますけど。………孫呉に侵攻するんですね」
「………そうよ。貴方の力を貸しなさい」
「嫌だ、と言ったところで意味がなさそうですね。構いませんよ」
「そう。なら明日から働いてもらうわ。今日は休んでいいわよ」
「了解しました。………あ、それと―――朝夜はどこですか?」
―――ススッ。
それもですかッ!?
まぁ蜀から僕を連れ出しただけでも荒業だよな。
「紗祈、朝夜をこっちに連れてきて下さい」
僕は壁に語りかける。
――トントン。
天井から物音がした。
了解、と。これでよし。
そして時は流れて、ここは魏の大船団の上。
呉への侵攻の際、航路を使うこととなったのだ。
「姉者、大丈夫か?」
「あ、あぁ。まだ慣れないが、大丈夫だ」
夏侯淵が顔の青い夏侯惇に声をかける。
魏ではあまり船による訓練がされていない為、船酔いをする兵が多かった。
今、それを曹操に報告しに行くところの二人。
「呉との決戦には何か対策を取った方がいいかもしれんな」
「そうだな。とりあえず華琳さまに報こ………うわっ!?」
言葉の途中で夏侯惇がよろめく。
「本当に大丈夫なのか、姉者?」
「いや、今のは違うぞ。何か足に引っ掛かって………」
夏侯惇が足下を見ると――――。
「むきゅ~………」
僕が倒れていた。
「しょ、小角!?そんなところで何をしている」
「うぅ。……僕、船、駄目」
辛うじて答える僕。
「おいおい………」
僕の様子に二人は頭を抱えていた。
「と言うわけなのです、華琳さま。如何いたしましょう?」
「小角までも船酔いには勝てなかったの?意外ね。そうね、至急桂花たちに対策を練らせましょう」
「はっ。………ですが、その桂花も……」
「そう言えば、桂花もダメだったわね。小角、何か手はないの?」
「船を降りて、泳いでいく」
「……本気で言ってるの?」
割りと本気です。
「貴方、商人でしょ?船での商売もしてたんじゃないの?」
「してましたけど……。自分で漕いでる分にはいいんですけど。他者の操舵だと……」
それは乗り物全てに言えること。
「はぁ~。なら後で風たちにでも相談しましょう」
そして日は進み。
「大分、揺れにも慣れてきたな」
「そうだな。しかし凪たちはまだ慣れていない様子だったぞ」
夏侯淵に夏侯惇が答える。
そこへ―――。
――タッタッタッ。
「あ、春蘭さま!秋蘭さま!」
楽進が走ってやって来た。
「ん?どうした、凪?」
「侵入者ですッ!?」
「――何ッ!?」
「正門を突破され、今霞さまと真桜が迎撃に向かっています」
「分かった。我々も向かおう。凪はこのまま華琳さまの下へ報告へ行ってくれ。そのまま華琳さまの護衛も頼む」
「はっ」
そのまま凪が走っていく。
「秋蘭、我らも向かおう」
「あぁ」
そこでは張遼と李典、そして………。
「なんじゃ、意気がっていた割には大したことないの」
褐色の肌に腰まで伸びた白髪の妙齢の女性がいた。
「くっ。これはただの準備運動や。これからが本番やで」
そう言う張遼だが、顔には疲労の色が見えていた。
「霞、大丈夫かッ!?」
「春蘭!?ウチは大丈夫に決まっとる」
「そうか?キツいなら素直に言うたほうが良いぞ?」
張遼の言葉に女性が横やりを入れる。
「うっさいわ。今、捕らえたるからから覚悟しいや。てやぁぁ!!」
「ふん。いくらやっても同じじゃと言うて……おるわッ!?」
張遼の攻撃を難なくかわす。
「ほれ。脇ががら空きじゃ」
「―――ッ!?かはっ!」
そして脇に一撃を入れる女性。
「霞ッ!?貴様、ここを曹魏の陣営と知っての狼藉か!?」
夏侯惇が己の得物を構える。
「ふん。お主も猪か。このような将ばかりでは曹操の器もしれるな」
「なっ!?貴様、我が主を愚弄するかッ!?」
曹操の名が出たことで更にヒートアップする夏侯惇。
「真桜、何故こうなった?」
夏侯淵が状況の確認をする。
「何故も何もいきなり正門から堂々と侵入してきて………」
それは驚愕の事実だった。
仮にもここは魏の本陣だ。
それを正面から攻め入るなど、無謀もいいとこだ。
「―――あっ!」
すると李典が何かに気がついたように声を出した。
「どうしたのだ、真桜?」
「いや、ここって………」
李典がとある天幕を指し示す。
「………あっ。しまった。姉者、待てッ!?」
「なんだ、秋蘭!?こやつ、華琳さまを……」
「姉者、ここで騒ぐわけには……」
「駄目や。もう手遅れや」
―――ヒュン。
夏侯惇と女性の間に一本の抜き身の剣が刺さる。
『――ッ!?』
「た、退避!退避や!?兄さんの、小角の天幕から即刻離れぇ!?」
李典が周りにいる兵に指示を飛ばす。
「なっ!?小角、だと……」
その言葉を聞いて一気に青ざめる夏侯惇。
「周りのものまで避難させなくてはいけないのか?」
「ウチらも一回だけ兄さんを起こしてもうたことあるんですよ。そん時は………」
ブルブルと震える李典。
「と言うか秋蘭さま立ってたら危ないですよ。座って下さい」
と早くも正座をしている李典と………。
「おい、霞も早く。そこのお前も死にたくなければ早く座れ!」
――夏侯惇。
経験者二人は迅速に事を為す。
「どういうこっちゃ?」
「いや、分からん」
二人の必死さに訳もわからず座る二人。
「何なのじゃ、一体?」
「――あ、あの、ここは従った方が……」
今までで女性の後ろに隠れていた少女がおずおずと提案する。
「うん?お主がそう言うなら………」
と女性と少女もその場に座る。
――ヒュンヒュン。
複数の抜き身の剣が夏侯惇たちがいた場所を通りすぎる。
それは的確に頭を狙った軌道だった。
もし座っていなければ………。
「ヤバイで。ああなった兄さんは周りの物をなんでも投げるねん。今、兄さんの所には武器庫が近い……」
――――ゆらぁり。
天幕から一人の男が出てくる。
手には鞘と柄を紐で縛りつけられたけた剣を引きずるように持っている。
「…………」
顔には影が落ちていて表情は窺えない(うかがえない)。
しかし男な纏う雰囲気は黒く重い。
曹操の覇気と張り合える程だ。
「しょ、小角、落ち着け。は、はは、話せば………」
「―――うるせぇ」
夏侯惇が取りなそうとするがそれは一蹴される。
「おい、元譲。テメェ、一度言ったよな?」
男を知るものなら彼が同一人物であるとは直ぐには分からないだろう。
それぐらい男の寝起きは豹変する。
「人が寝てるときにギャアギャア、ギャアギャア騒いでんじゃねぇよ。この頭は飾りか、あぁ?」
小角は己の得物でコツコツと夏侯惇の頭を叩く。
「うっ。す、すまない……」
「あぁ?聞こえねぇ?」
「す、すみませんでした」
「心が込もってねぇ!」
「すみませんでしたッ!?」
「うるせぇ!!」
まさに理不尽だった。
「―――調教し直しだな」
ここから有料放送です。
一部抜粋………は出来ません。
規制の厳しい世の中です。
「………うぅ、ぐす」
夏侯惇、マジ泣き。
「さて。はい、次の人~」
ニヤリと口を歪めて笑う小角。
それは宵の空に浮かぶ下弦の月のようだった。
「次は元譲と共に騒いでた文遠な」
「なんでウチやねん。ウチは侵入者を……」
―――ガツッ。
「言い訳、煩い」
バタンッと前に倒れる張遼。
「ヤバイ。目合わせたらヤられる……」
「はい。私語った曼成、お仕置きな」
「ちょッ!待ってぇや。ウチ騒いでへんし」
「連帯責任。テメェも一度言ってんだから、気ぃ利かせろ」
てなわけで、李典お説教中。
「およよ………」
滝のよう涙を流す李典。
「はい。ついでに妙才、テメェもな」
「ここまで人は変わるものか……」
「はぁ?」
「小角よ。我々も止めようとしたのだ。しかし間に合わなかった。それについては謝る。だがこれは少しやりすぎではないか?いくら小角と言えども………」
素直に頭を下げる夏侯淵。
「妙才。勘違いしてもらっては困るな。努力したから許される?最善は尽くしたから許される?――ハッ!笑止ッ!?努力しようが、最善尽くそうが結果が伴わなければ意味がねぇ。そんな言い訳かましてるようじゃ曹操の器を計られても文句は言えねぇよな?」
「なっ!?貴様、私だけでなく華琳さままで愚弄するとは……覚悟出来て―――」
曹操の名を出され、逆上した夏侯淵が武器を手にしようとすると………。
――ガキンッ。
それは小角の得物に弾かれる。
「知るかッ。テメェの不始末で主が愚弄されてんだ。こっちになんか言う前に己の愚かさを呪え」
首に突きつけられた得物は鞘に収められているにも関わらず冷たい空気を纏っていた。
「で、次は……そっちの侵入者」
小角は女性と少女の方を向き、ゆらゆらと歩み寄る。
「テメェらが原因だな。これはきつくお仕置きを…………………」
とそこで小角の動きが止まる。
「――――んぅ、ふぁ~」
僕、起床。
「……ぁ~。って、あれ?」
僕は周りを確認。
マジ泣きの夏侯惇に倒れてる張遼、およよと泣く李典に、唇を噛み締める夏侯淵。
あぁー。やっちゃった?ヤバイな。船酔いでかなり疲れて深い眠りだったから、酷い事になって………るよね、これ。
とりあえず、ここは…………。
「だ、誰にやられたんだ!?」
『―――お前だッ!?』
おう。総ツッコミ。
「いやはや、すみませんでした。それにしても………」
これは見事に暴れたものだ。台風が通ったみたいになってるよ。
「なんなのじゃ、この男は……?」
おや?あまり見ない顔が居ますね?
「……どうも。役小角と申します。初めまして、公覆殿」
僕は女性―――黄蓋に一礼する。
「公覆?もしや呉の宿将の黄蓋かッ!?」
あれ?知らなかったの?じゃあ、なんでここに?
「―――あら、騒ぎがあったと聞いたのだけれど。もう片がついたのかしら?」
そこに曹操が現れる。
「こ、この惨状はまさか………。真桜、小角殿を起こしたのか?」
「いや、不可抗力やったんやて、凪~」
「これは小角がやったの?」
「恐らくは。寝起きの小角殿は一個小隊なら壊滅できる程の力があります」
曹操の質問に楽進が答える。
「そう。………これ程までとはね」
「えぇと……それよりも孟徳殿。公覆殿がお出でになってますけど……」
「……黄蓋?」
と曹操はそこで黄蓋へと目を向ける。
「お主が曹操か。少しお目通り願えるかの?」
「……えぇ、いいわ。秋蘭、準備をお願い」
「はっ。…………うわっ」
と夏侯淵が転びそうになる。
「……どうしたの、秋蘭?」
「い、いえ。少し足が痺れて……」
……ごめんなさい。
「あ、孟徳殿。僕はもう一眠りしますから……」
「まだ寝るつもり?」
「途中で起こされたもので……」
僕は天幕へと戻る。
「紗祈、どうかしましたか?」
僕が天幕へ入ると天幕の中には紗祈がポツンと立っていた。
『これ、郢士から』
と書簡を取り出す紗祈。
「なになに?……………ふ~ん」
そうなりましたか………。




