2話 空を仰ぎ見る者と覇道を夢見る者
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「ん?地震?いや、騎馬の音か……」
少しの揺れを感じて、役小角は歩みを止める。
「少し向こうに砂塵が見えますね。賊、にしては些か数が多い」
近くの邑の軍ですかね、と呟く。
「……うん?全軍、止まれ!」
前方にいた黒髪の女性が此方に気づいたのか後ろにいる兵たちを止める。
「貴様、何者だ!」
何故か威圧的に尋ねられた。
「姉者、そう威圧的ではいかんよ」
黒髪の女性に並ぶように水色の髪の女性が馬を動かし、言う。
後ろには金髪の少女か控えて……いや、違うかな。彼女がこの軍の最高指揮官だろう。
雰囲気的に………。
「いや、しかし賊の一味かもしれないだろ、秋蘭」
「姉者、報告にあった容姿とは似ていないと思うが?」
「う、うむ。それはそうだが……」
水色の髪の女性に言われて少し萎んだ黒髪の女性。
「その方、見たところ旅の者か?」
「えぇ。そのようなものです」
尋ねられたので直ぐに答えておいた。
のんびりしていると何だか怒られそうだから。黒髪の人に……。
「この辺りで賊を見かけなかったか?三人組との報告なのだが……」
「あぁ。それならあっちに行きましたよ」
と指を指す。
「それは本当だな?」
黒髪の女性がまたも威圧的に尋ねる。ので………
「じゃあ、あっちで」
別の方向を指す。
「どっちなのだッ!」
「どちらがお気に召しますか?」
僕は二つの方向を指す。
「なっ!馬鹿にしているのかッ!」
抜刀されました。
「姉者」
「しかし秋蘭、こやつ我々を馬鹿にしているのだぞ」
「姉者、華琳さまの前であまり醜態をさらさないでくれ」
「か、華琳さまぁ~」
と後ろに佇む少女をみる女性。
「………」
無言で前に出てくる少女。
う~ん。常時、貫禄のある少女だな。
「それで貴方、賊はどっちに逃げて行ったのかしら?」
「あっちです」
最初の指さした方を指す。
「………そう。秋蘭」
「はっ。直ちに追撃隊を編成し、追わせます」
後ろに控えていた水色の髪の女性に指示を出す少女。
「華琳さま、このような不審な輩の言うことを信じるのですか?!」
「不振って、どう見ても商人じゃない」
「で、ですが……」
「春蘭」
「は、はいぃ」
少女の一喝で大人しくなる黒髪の女性。
まるで、仔犬の様だな。
「そう言えば、まだ名乗っていなかったわね。私は曹孟徳。近くの邑、陳留で刺史をしているわ」
あぁ。この少女が噂の………。
確かに、中々の………。
「僕は姓は役、名は小角、字は幺戯と申します」
手を合わせる形で膝をつく。
「役小角、ねぇ。変わった名前ね」
「まぁ。よく言われるのでしょね」
これからも………、と心で付け足す。
「ふん。変わった男ね。まぁいいわ。我らは一時帰還するわ。貴方はこれからもどうするのかしら?」
「そうですね。当初の目的通りに陳留に行きます」
「あら、そうだったの?なら一緒に送って行ってあげるわ。ついてらっしゃい」
「ではお言葉に甘えさせてもらいます。」
「それで何故、この状況なのでしょうか、孟徳殿」
今、僕は陳留の食堂の一つの席に座っている。
曹孟徳ご一行と同席で…………。
「丁度よい頃合いだから昼にしようと言ったはずだけど、聞いてなかったのかしら?」
机の料理を食べながら答える曹操。
傍らでは同じように夏侯姉妹も食事している。
帰る途中に名前は教えてくれた。
「それは聞きましたが、何故僕が同伴しているのでしょう?」
と僕も机の料理を一口食べる。
「貴方もまだだったのでしょう?なら一緒に食事をしても何らおかしくはないわよね」
「貴様、華琳さまの誘いを断るつもりかッ!」
夏侯惇が横から食らい付いてくる。
物理的な意味でなく………。
「断ってもいませんし、こうしてご一緒させてもらってますよ、元譲殿?」
宥め(なだめ)ながらもう一口。
「それに貴方に興味もあったし、ね」
妖しく笑う曹操。
「期待に添えなくて申し訳ないですね」
とりあえず牽制。そして一口。
「あら、私はまだ何も言ってないのだけれど?」
箸を止めて僕を見据える。
まるで料理の品定めをするように。
「それで貴方はこの陳留に何をしに来たのかしら?」
開拓をしに、と答えて一口。
「……開拓?」
「えぇ。新たに店を構えようかと」
そこで箸を置く僕。
「この陳留でかしら?」
「その予定ですが………」
僕が続けようとしたその時……。
「あの、お客さん。もしかして役小角殿ではありませんか」
店主らしき男が話に入ってきた。
「えぇ、まぁ」
「やはり!いや、すみません、いきなり。実はわたくし、役小角殿の店より株を分けて頂き、店をしていまして。その創業主に会えるなど、こんなに嬉しいことは御座いません」
僕が肯定するや否や、喜色に顔を染める店主。
「いやはや。このような所であの有名な役小角殿に会えるとは、世の中何があるか分かりませんな」
「へぇ。貴方、有名なのね」
曹操は店主の言葉に更に笑みを増す。
「有名も何も、この役小角殿は商人の間では大陸全土に名の広まったお方。このお方の息のかかった店はそこら中にあるとのこと。そのような方の店の株分けしてもらうだけでなく、そのご本人に会えますとはわたくし光栄で御座います。あぁ、そうです。今回のお食事はわたくしが持ちますのでどうぞ、ごゆるりとしていってくださいませ」
と一礼をして、厨房に戻って行く店主。
「あら、いいのかしらね?」
「さぁ?」
僕は店主の戻っていった方を見て、そしてついつい上を見上げてしまう。
そこには蒼天の空はなく、天井があるだけだが………。
「それで役小角、店主の話はどこまで本当なのかしら?」
「噂には尾ひれが付くものです、孟徳殿」
「でも火の無い所には煙は立たないものよ」
はぁ。面倒事の空気。
「そうですね。大陸全土とはいかないですが、“少なからず”僕が関わった商家は幾つかあるでしょうね」
「へぇ。その歳で“多く”の商家に関わるのだから余程有能なのね、貴方」
人の言葉、聞いてましたか、孟徳殿?
「いいえ。僕は基礎を築いただけです。後のことは店の者に任せて、このように旅をしているんですよ。店が大きくなるのは店の者が有能なのです。僕ではありません」
謙遜?……いや、真実。
「そうかしら、有能な部下を集めるのも一つの才ではないかしら?」
正直、もう諦めてほしい。
「さて、どうでしょうね」
「そう。なら単刀直入に言うわ―――」
のらりくらりと煙に巻く僕に曹操は言う。
「――私は貴方が欲しいわ」
「「――ッ!?」」
僕と曹操のやり取りを見守っていた夏侯姉妹が驚く。
「か、華琳さま。いきなり何を……」
「そうですよ」
夏侯淵殿が驚いているのに僕は驚いてみたり、みなかったり。
「何だか初めて見たときから気になっていたのよ。そして今の話でますます欲しくなったわ」
なんてことを何の臆面もなく言ってのけるのは彼女の性格なのか。
「それでどうなのかしら?」
「それは―――」
と僕が返事をする時………。
―――ガシャンッ!!
物が割れる音が店内に響く。
何故、邪魔ばかり入るんだ。
「金がねぇとはどう言うことだ!」
「で、ですから今月は厳しくて」
二人の男が言い争いをしていた。
一人は屈強な男。もう一人はこの店の店主。
「それは先月も聞いた!」
と屈強な男が近くの椅子を蹴飛ばす。
「ひ、ヒィ!」
店主は怯えて縮こまっている。
「あやつらッ!」
「元譲殿」
夏侯惇が二人の仲裁に行こうとするのを止める。
代わりに僕が二人に近づく。
「店主殿」
「……役、小角殿」
「なんだ、兄ちゃん?」
一人は羨望の眼差し、一人は倦嫌な眼差し。
どちらもあまり好ましくない。
「店主、先程の料理代です」
と僕は懐から先程食べた料理の代金を“キッチリ”出し、払う。
「それではご馳走様でした」
と店を後にする。
「――待ちなさい」
あわよくば逃げれると思ったのだけれど無理でしたね。
そこには曹孟徳ご一行。
「何か?」
「どういうつもりかしら?」
「何がでしょう?」
横に夏侯惇を控えて、曹操が僕と対峙する。
「先程の店でのことよ。貴方の店の者のことよ。何故、見過ごしたのかしら?」
「あの、華琳さま」
「何かしら、春蘭」
「役小角はさっきの代金を多めに渡したのではないのですか?」
夏侯惇は僕がさっき、代金に色を付けたと思ったらしい。
「いいえ。あれは丁度の代金だったわ、春蘭」
その疑問に曹操が答える。
「そうなのか、貴様!」
ようやく理解した様子の夏侯惇。
でも抜刀は止めてほしい。
「料理に対して対等な代金を支払うのは当然ではありませんか?」
「……貴様ぁ」
「春蘭、待ちなさい」
斬りかかろうとする夏侯惇を曹操が止める。
「では貴方はあの店主がどうなっても良いと言うの?少なからず貴方の店の者に関わりがあるのよ?」
「……はぁ」
「言い訳は無いのね」
「特には……」
「そう、ガッカリね。春蘭、少しお灸を据えてやりなさい」
「はっ」
曹操は夏侯惇の静止の枷を外す。
「はああぁぁ!」
思いっきり大剣を降り下ろす。
それを紙一重で避ける。
あ、地面が凹んだ。お灸を据える、って意味分かっているのかな?
「元譲殿。僕はそれでは死んでしまうのではないかと………?」
「別によいではないか」
意味は分かっていないようで。
曹操の方を見てみるが、………どうやらそれでもいいらしい。
「………はぁ」
だから期待に添えなくて申し訳ない、と言ったのだけど。
別に“アレ”があるとは思っていなかったけれど。
とりあえずは今の状況を……
「てやぁ!」
うわ。思考が出来ない。上手く回らない。
地面の穴が増えていく。
「このちょこまかと。素直に当たらぬか!」
それは無理だ。一発で逝ってしまう。いや、かすっただけでも危ういかもしれない。
……
…………
………………
……………………
―――全く、何なんだよ。
―――――面倒だ。
―――――――。
「―――ッ!!」
僕が止まり、雰囲気が変わると夏侯惇も動きを止めた。
―――だから。
「………あっ」
明後日の方向を向いて、呟く僕。
それにつられて夏侯惇もそちらに気をやった。
―――だから。
僕はその隙を突き、夏侯惇との距離を一気に縮める。
「――なっ!?」
だがそこは曹操の片腕、瞬時に反応し、大剣を降り下ろす。
それを僕は目前まで迫るのを待って、避ける。
皮の一枚はくれてやる。
振り抜いた一瞬、隙のできる懐に入ることが出来るならば安いものだ。
「―――ッ!!」
夏侯惇の息を飲むのが聞こえた、ような気がした。
僕は拳を突き上げる。
だがそれは難なく避けられる。右頬をかすり抜ける拳。
―――だから。
左から来る僕の蹴りには反応が遅れる。
僕は蹴りを無理矢理に頸まで伸ばす。
それはまるで鎌のように頸を刈る。
たがそれは彼女に衝撃を与えることはなく、彼女の体ごと元の位置に、地面に戻る。
彼女は倒れ伏す形になる。
素早く手首を捻り、拘束する。次いでに彼女の大剣は彼女の頸の横に突き刺し、柄は僕が持つ。
「ぐぅ」
「はぁ」
彼女の呻き声と僕のため息は同時だった。
「――なっ!?春蘭!」
まさかの出来事に曹操が驚愕する。
「はぁ。とりあえずは……」
空を仰ぎ見る。
うん、蒼天だ。
いい空の下で僕は何をしているのだろう。
女性の腕を捻りあげて、あまつさえ地面に叩き伏せてる。
はぁ~鬱だ。
「華琳さま!」
あ、向こうから夏侯淵殿が来る。
「華琳さ……なっ!」
あ、目が合いました。非常に怒ってらっしゃいますね、はい。
「貴様、姉者に何を……」
あぁ、これはこれで恐いですね。
静かに怒ってらっしゃいます。
「はぁ。とりあえず、言い争いの結果です、とお伝えします」
「言い争い、だと?」
「はぁ、まぁお気になさらず。何か曹操殿に報告しに来たのでは?」
「あ、あ。華琳さま、お伝えしたいことが……」
一瞬、夏侯惇を気にしながら、僕に全くの殺気を感じられない為か、曹操へと耳打ちする。
「…………」
それを黙って聞いているが、徐々に変わっていくのが分かった。
もう少し早く来てくれれば…………。
と僕は夏侯惇殿の拘束を放す。
「………?」
いきなり放されて頭に疑問符の付く夏侯惇。
「貴方、どこまで知っていたのかしら?」
「何のことでしょうか?」
「店の店主のことよ」
そう短く言う、曹操。
「2つだけです。僕の店から株分けしてないこと、お金に困ってないこと、です」
「はぁ?どういうことだ、秋蘭」
解放されて夏侯淵の隣に移動する夏侯惇。
「あ、姉者!無事か、怪我は?」
「いや、特には無いが。それよりも今の話は」
「それが………」
どうやら夏侯淵はさっきの店に残って、店主と男の仲裁に入っていたようだ。
だが話を聞いていると二人の話に矛盾があることに気づいた。
それで急いで曹操に報告をしに来たらしい。
だからもう少し早く………いや、もういいか。
「それはいつから気づいていたのかしら?」
「初めからですね」
そう言って僕は空を仰ぎ見る。
「すまなかった」
「いえ。だから別に気にしてませんよ、元譲殿。それに僕もヒドイことしましたし、謝るならこちらですよ」
さっきから何度目かになるやり取り。
ちゃんと説明しなかった僕が悪いのでね。
「それにしても貴方、武の方も出来るのね」
歩きながら曹操が話に加わる。
「一応、旅をしてますから。護身術程度ですよ」
「そうかしら。春蘭を負かすなんて、程度で出来るものではないわよ」
あぁ、ヤバイな。また曹操殿が狙いだしたよ。
実は説明しなかった理由はこれにあったりする。1割ぐらい。
残りは面倒だった。
「それに中々頭もキレるみたいだし、ね」
「いや、店主の嘘は商人としての経験ですし、元譲殿に関しては本当に“偶々”ですよ」
「あら、行き過ぎた謙遜は侮辱と変わらないわよ、ねぇ春蘭?」
「え?……は、はぁ」
心なしか返事に覇気がない。
「どうしたのだ、姉者?」
「あの。華琳さま、こやつの言うことがおそらく正しいと思います」
「………どういうことかしら?」
「いえ、別に負けたことを認めないわけではないのです。むしろ、認めています。ですが、武人として負けたとは思えなくて……うぅん、何と申し上げてよいのか……」
なにやら真剣に悩みだす夏侯惇。
あれ、湯気出てない?
「それはそうでしょう。僕は武人ではなく商人ですから」
あれ以上考えさせたら爆発とかしそうだ。
「武人として元譲殿を負かすことなど出来る者など早々おりはしないでしょう」
それこそ両手で足りるくらい。
「ですが僕は商人。故に偶々勝てたのですよ」
それにもう一度やれと言われても出来ない。
「相手が商人。しかもずぶの素人。攻撃にも殺気無く。避けるにしても一杯一杯。そんな相手に武人が全ての武を持って相手をしますかね?そんな隙を付く戦法です。これは初戦で、相手が僕を商人だと認識して初めて成り立つ者ですからね。元譲殿が不思議に思うのも無理からぬこと」
「へぇ。そこまで考えての策なのね」
感心なさる曹操。
「いやいや。策などとはおこがましいです。運任せの博打ですよ」
「武官としてじゃなくて文官として迎え入れたいわね。商人なのだから財務には強いのでしょ?」
はぁ、中々に粘りますね。
「強ければ店を任せたりしませんよ。それに仮に孟徳殿の言う通りに人を集める才が在ったとしても、僕には人を扱う才はないですから。人の上には立てません」
「そこまで弁が立って、人を扱えないこともないでしょ」
うぅ。これでも諦めないのか。
――――ドンッ。
「おっと」
どうやら話に夢中になりすぎて人にぶつかってしまったようだ。
「すみません。大丈夫ですか?」
僕は相手に謝る。
――と子供でした。
子供は一瞬こちらを見たが直ぐに立ち去ろうとした。
「……あ、少しお待ちを」
そこを腕を掴んで止める。
「落とし物ですよ」
僕はそう言って古びた小袋を渡す。
「………?」
子供はそれを驚いたような、呆れたような顔をして奪い取ると直ぐに走り去った。
「あら、優しいのね、意外と。ああいったのが好みかしら?」
「どうでしょうね?…………ただ」
手際がよかったから、と子供の走っていった方を見る。
「手際?何を言っているのだ、貴様」
当然の疑問を持つ夏侯惇。
「お金、盗まれました」
「「「――はぁ?!」」」
「まぁ、あまり入ってないけど。でも僕も商人ですからああいった輩には気をつけていたつもりでしたが。いやはや、見事にスラれましたね。しかもご丁寧に袋は返してくれてましたからね。ですから袋ごとあげたんです」
「な。貴方、それでいいわけ?」
「華琳さま、今ならまだ追いつきます。私は追いかけ―――」
「元譲殿、少々お待ちを」
子供を追いかけだした、夏侯惇に足を引っ掛けて止める。
「――おわっ!……と、とと」
流石に転けたりはしない。
「何をするのだ、貴様!」
「いやいや。元譲殿、お待ちを。今から行っても追いつけませんよ」
「いや、貴殿が止めなければ、追いついていたと思うが……」
夏侯淵が呆れたように言う。
「まぁ、それはそれで。今はもう追いつきはしませんので、そちらを重視して下さい」
「まぁ、貴方がいいと言うならいいわ。春蘭も、もういいわよ」
「は、はぁ……」
「それで貴方、これからどうするつもりなの?お金、全て渡しちゃったのよね?」
「ふむ。どうしますかね。日雇いの仕事でもしますかね」
「あら。今ならウチで雇ってあげるわよ?」
あぁ。まだ、なのですか。
「いえ。それは丁重にお断りします」
曹操の申し出を断る僕。
「―――幺戯殿」
「ん?」
一人の商人が話しかけてきた。
「ご無沙汰しております」
「……あ?……あぁ、どうも」
恭しく礼をする相手に対してペコリと頭を下げる。
「幺戯殿、お困りのようですが。もし宜しければ―――」
「貸してくれるのですか?」
「―――働きませんか?丁度、人が足りないのです」
「初めまして。私は劉仲と申します」
商人は曹操に手を合わせ、膝をつく。
「そこの卸問屋で商いをさせて頂いております」
と少し先にある店を指す。
かなりの大店であることが遠目からでも分かる。
「そう。役小角とはどういった関係かしら?」
「はい。数年前にお世話になりました」
「それは本当かしら?」
「えぇ。そうですね」
僕に確認をとる曹操。
前例があるからだろうか。
「幺戯殿はお変わりがないようで……」
と劉仲は子供の逃げていった方を見る。
「施すのは良いですが、後先を考えずにしないで下さい」
はぁ~、とため息を吐く。
「いや、手際が………」
「それはもういいですから」
呆れられた。
「それで幺戯殿。ウチで働きませんか?」
「いや、お金を貸してくれればいいんだけど………」
「はっ。ご冗談を」
物凄く冷やかな目をされた。
「幺戯殿。よい言葉をお教えしますよ。――――働かざる者………死ね」
親指で首をきり、下向きに親指を向ける。
「それでは幺戯殿、早速仕事をしてもらいますよ」
首根っこを掴まれ、引きずっていかれる。
「あぁー。それでは孟徳殿、また縁が有ればーー」
ばぁー、ばぁー、ばぁー、とエコーが響く。
「何だったのかしら?」
曹操の呆れた声が聞こえた気がした。