27話 小角の歪(ひずみ)
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今日は警羅のお手伝い。
文官として雇われていてもたまにはこういった仕事も入ってくる。
うん。たまにはこういうのも悪くない。
“たまには”。これ重要!!
そんなわけで今、関羽と警備隊数名と共に町を回っていた。
「平和ですね」
「はい。我々も頑張った甲斐があると言うものです。そして大陸全土がこの町のようになるのも目前まで来ているのです」
自分たちの理想がすぐ手の届くとこまできている。そう息巻く関羽。
曹操も孫策も同じく大陸の平和を願っているのに対立し合う。思想が同じでも手段が違えば、分かり合えない。
人とは厄介なものですね。
「……それが人の性、か」
「え?何か言いましたか?」
「いいえ。独り言です、お気にならさず」
警羅の仕事を着々とこなしていく僕ら。
「―――華蝶仮面が出たぞ!?」
その声は唐突に聞こえた。
「なにッ!全員、直ちに現場に急行するぞ」
関羽が声に反応し、警備隊に指揮を飛ばす。
華蝶仮面?何でしょうか、それは?
僕も従い、現場に向かう。
そこでは――――。
「は~はっはっは」
なんだかよく分からないけど、蝶を象った(かたどった)仮面を付けた三人組が悪漢に立ち向かっていた。
そして悪漢を倒すとお決まりのポーズまでとっていた。
戦隊ヒーロー?
てかあれは趙雲と呂布、そして諸葛亮。ということはこれは政の一環なのか?
「くっ。またしょうこにもなく現れよって……。今日こそ捕縛してやる」
そう漏らしていたのは関羽だった。
え?違ったの?というか…………。
「雲長殿、あれは?」
「あぁ小角殿、お恥ずかしいが我が国の汚点だ。“どこのどいつ”か知らないが、いつも我々の邪魔をする」
えぇー、気づいてないの、あれ。
「またやってんのか、やれやれ……」
警備隊と仮面隊がなにやらやっていると北郷がやって来てため息を吐いた。
「あ、御遣い殿」
「小角さん、ご苦労様」
人当たりの良さそうな顔でこちらに歩いてくる北郷。
「御遣い殿、あれって………」
「あぁ、小角さんは正体分かってるんだよね」
「分かるもなにもあからさま過ぎますよ、あれ」
「そうなんだけどね。愛紗たちは分かってないんだよな、何故か。星も星でバレてないつもりだし……」
「はぁ……」
「まぁなんだかんだで町の皆も楽しんでるからいいのかもしれないし……」
まぁ害が無いようなら放っておいて問題ないだろうが。
「愛紗は真面目だからね。警羅の仕事を取られたみたいに思ってるみたい」
「あぁなるほど」
ちょっと合点がいった。
「なら少し見物しましょうか。戦隊ヒーローみたいで楽しそうですね」
「そうですね……って今、戦隊ヒーローって言いませんでしたか、小角さん!?」
「うん?あぁ、ヒーローってのは西の果ての異国の言葉なのですが。ご存知ですか、御遣い殿。天の国とはスゴいですな」
と嘯いて(うそぶいて)みる。
「そ、そうなんですか………」
「商人をしてますと異国の珍しい商品と共に言葉も学べるのですよ」
次々と嘘が溢れ出る。
あぁ、一つ付け忘れました。
―――嘘だけど。
と心で付け足す。
ん?あれは…………。
「――――人拐いとは感心しませんね」
「――なっ!?」
僕は男の前に立ちふさがる。
「人が賑わう場所は絶好の穴場ですか……」
「くっ」
男の脇には口を押さえられた少女が抱えられていた。
「ふん。やり口はとても高得点をあげましょう」
僕は素直に手を叩き、称賛。
「しかしそのその方向性はあまり褒められませんね」
僕の後ろでは未だに警備隊と仮面隊が争っている。
「うるせっ。こうでもしなきゃ生き残れねぇんだよ」
「――じゃあ、生き残るな」
僕は正義を語る気も、騙る気もない。
偽善者でも、聖人君子でもない僕。
性善説も性悪説も語らない。
「誰が悪いわけでも、何が悪いわけでも無い。言うならば“運”が悪かった、かな」
罪は見つからなければ罪にすらなり得ない。
「というわけで………はい、お終い」
僕は剣で男の鳩尾を殴り、気絶させる。
「ふぅ。お仕事終わり。お嬢さんはお母さんの所へお戻り。僕はこのお兄さんを連れてくので、それじゃ」
僕は男を引きずっていく。
「まだしてんの?」
「小角殿、一体どこへ?………その男は?」
まだしていた関羽たちのところへいくと関羽が僕と引きずられた男を見る。
「人拐いです。どうやら騒ぎに紛れて稼ぎをしてたみたいですね」
「なっ!?それは気づかなかった……すまない、助かった」
「別に構いませんよ」
僕は男を警備隊に引き渡す。
「しかしあまり目の前のことに熱くなると盲目になりますよ、雲長殿」
「むう。どういうことか、小角殿?」
「僕が教えたのでは意味が無いですよ。ご自分で気づかれることが重要ですよ。……ちなみにそちらもですよ?」
と僕は仮面隊を見る。
「………」
……はい、お終い。
「小角殿、一献付き合わないか」
そう趙雲が誘ってきた。
「………構いませんよ」
城壁の上。
町を一望できる場所で趙雲は縁に腰掛け手招きをする。
僕は隣に座り、杯を受けとる。
「少々尋ねてもよろしいか?」
「……どうぞ」
「貴方にとって正義とは何か?」
「悪じゃないことです」
「では悪とは?」
「正義じゃないことですね」
「私は真面目に問うているのだが?」
「僕も真面目に答えてますよ」
僕にとって正義も悪も変わらない。
方向性の違いに過ぎないこと。
「やはり変わった御人だな、貴方は」
「そうでしょうね」
【宵月ちゃんは変わってるね】
【宵兄ちゃんは変わってるよ】
遠い昔に同じことを言われた気がした。
その時も僕は肯定したのだろうか。
―――よく分からないや。
そう答えたかもしれない。
「―――小角殿?どうかされましたか?」
「え?……あぁ、なんでもありませんよ。」
最近なんだか変だな。
記憶に無いことを思い出す。
「そうですか。では小角殿にとって平和とは何ですか?」
「子龍殿、それを聞いてどうするというのですか?」
「いえ。ただの興味本意です、よ」
それにしては目がマジですよ。
「はぁ~………平和ですか……」
僕は考える。
その言葉の意味を。
その言葉の意義を。
「―――あぁ、駄目ですね」
僕は諦めた。
忘れていた。最近あまりに和やかで、穏やかだったから。
「すみません、子龍殿。僕は嘘を吐きました」
「……小角…殿……?」
「正義も悪も、……そして平和も僕にとっては幻想ですよ」
「………」
「盛者必衰。………栄えたものは必ず衰える。恒久の平和も絶対の正義も、完全な悪も何一つありはしない」
不変のものなどありはしない。
正義も悪も時代とともに変わりゆく。
「我らの目指す理想は幻想だとそうおっしゃるつもりか?」
少し怒気をはらんだ口調の趙雲。
「さてね。僕は人の思想に口を出すほど達観していませんよ。これは僕の思想です。それを己に当てはめるかは子龍殿のご自由です」
「………」
「だから僕は世界になにも求めない。他者になにも望まない。境遇を嘆くことも、運命に悲観することもしない。事の在り様をそのまま受け入れる」
「それは現実から逃げているのではありませんか?強大な敵から抗うことを諦め、立ち向かうことを止めているのではないか?」
「………そうかもしれませんね」
僕はいつしか暗くなりつつある空を見上げる。
昼と夜の境目。太陽と月の境目。
その曖昧な時間帯の空はひどく儚げで、そして神秘的な気がした。
「まぁ、酔っ払いの戯れ言です。気にしないで下さい」
「なにを素面の顔でおっしゃるのか……」
「僕は顔に表れない質なんですよ。これでももうべろんべろんですよ」
僕は杯を縁に置き、城壁から降りていく。
何で、僕はあんなことを言ったんだろ?
お酒に酔ったのかせいか、それとも…………。
まぁいいか。丁度微酔い気分だ。
ぐっすり寝れそうだ。




