23話 蜀の二大徳
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う~んと伸びをする僕。
「青天の霹靂とは正にこのことだね」
青い空の下、僕らは蜀に向けて歩いている。
「旦那、その腕……」
と郢士は僕の左腕を指す。
「ん、これ?」
僕は左手を握ったり、開いたりする。
「昨日は無かったよね?どうして?」
「寝て起きたら生えてました」
「嘘吐けぇぇぇ!?」
おう。病み上がりだというのに威力が落ちていない!?恐ろしい娘!?
「落ち着くんだ、朝夜。ほら、片栗粉でも揉んで心を静めるんだ」
―――モギュモギュ。
「はぁ…………って誤魔化されるかッ!?」
今、一瞬いい笑顔でしたよ。
「これは義手ですよ、朝夜」
「義手?」
「代わりの腕、です。紗祈に言って探してきてもらったんですよ。なんでもどこぞの道士が作ったものらしいのですが」
僕は改めて動作を確認する。
どういった仕組みかは分からないけど、ちゃんと僕の意思通りに動くので問題は無い。
「へぇ~」
見た目、普通の腕と変わりないそれをマジマジとみる郢士。
「しかも取り外し可能です」
カポッと取り外してみせる僕。
「うわっ、グロッ!?い、いいから見せなくて。戻して、戻してよ旦那」
「そうですか?」
カポッとまた取り付ける。
うん。重さも動作性も申し分なし。
「そういえば次は蜀に行くんですよね、旦那」
「うん、そうだよ」
「何で?」
「蜀と言ったら南蛮に近いじゃないか!?もう一度あの猫耳少女をこの手に………」
「いっぺん死んでこいぃぃ!!」
熱弁する僕の横腹を蹴る郢士。
郢士さん、貴女、本当に病み上がり?
―――ガク。
はい。着きました、蜀です。
「うん。流石は魏、呉と並び立つ国といったところですね。賑わい具合も中々ですね」
「ソウデスネー」
あれからご機嫌斜めの様子の郢士。
「機嫌直して下さいよ、朝夜」
「べっつにぃ、アタイ機嫌悪くないし……」
それは口を尖らせながら言う台詞じゃないですよ?
「―――や、止めて下さい!?」
向こうの方で少女が酔っ払い二人組に絡まれていた。
うん?……あの服は―――。
「旦那、助け―――」
「行きますよ、朝夜」
「えっ!?」
僕は少女の元へ走る。
「ちょ、旦那~」
その後を追う郢士。
「へへ。いいじゃねぇか」
「や、止めてください」
「お兄さん、ちょ~とよろしいですか?」
「あぁ?」
男が振り向き様に顎に一発かます。
「な、何しやがる!?」
「人の心配より自分の心配しなよ」
もう一人の男は郢士がのしていた。
「くそっ覚えてやがれ」
男たちが逃げていく。
「大丈夫でしたか?」
「は、はい。ありがとう……ございました」
「ご無事でなによりですよ、仲穎殿」
「へ?なんで、私のことを……」
「おや、お忘れですか?まぁよくある話ですけど……。その服、お似合いですね」
「へぅ。………あ、小角さん?」
そう少女はあの董卓だった。ちなみにメイド服着用だ。
「旦那の知り合い?」
「まぁ、そんなところです」
「ここか、騒ぎがあったのは!?」
その時、警備隊が駆けつけてきた。
「月!?大丈夫か!?……貴様か、月に絡んでいる酔っ払いと言うのは!?」
僕に槍を向ける少女。
「いや、愛紗。よく見てみろ」
隣の少女か制してくれた。
「何を言っているのだ、星」
「仕事熱心なのは分かるがその御人に見覚えがないか?」
「見覚えなど………って小角殿!?」
「どうも、雲長殿」
「月ちゃんを助けてくれてありがとうございました♪」
そう言って頭を下げる劉備。
「いえ。少し見かけたものですから……」
僕らはあの後、関羽に案内され城の大広間で劉備たち蜀の面々との謁見をしていた。
「それでも月ちゃんを助けてくれたのはほんとだし。だからお礼を言わせて下さい」
ふむ。流石は徳の王ですね。
「それでしたら喜んでお受け取りします、玄徳殿」
「それで小角殿は何用で蜀へこられたのですか?」
横に控えていた関羽が尋ねる。
「あぁ。ただの道中の途中ですよ」
「ほう。どちらに向かう予定なのですかな?」
「ちょっと南蛮まで……」
趙雲が興味深そうに訊いてきたので正直に答える。
「南蛮とはまた珍しいところですな」
「えぇ。ちょっとした私用でして……」
「あ、それなら丁度良いですよ」
諸葛亮がポンと手を打つ。
「丁度南蛮に詳しい方が今、蜀にいるんですよ。お呼びしますね」
とトテトテと走って行く諸葛亮。
「そう言えば小角さんは今までどこに居たんですか?」
北郷が間を保たせるためか話題を振る。
「この前は長坂で会いましたよね?鈴々からも聞きましたよ」
あぁ。そう言えば長坂では張飛に会いましたね。
「そうなのだ。あの時はドーン、バーン、で凄かったのだ」
張飛が身振り手振りで説明していた。
「うむ。鈴々の話を要約するとかなりの破天荒ぶりのようだな、小角殿」
趙雲が含み笑いを浮かべる。
「まぁ色々と事情がありまして……」
「嘘だ~。いつも思いつきじゃないか」
こら、郢士。茶々を入れない。
「そう言えばその娘は?前は居なかったが?」
関羽が郢士を見て言う。
「………」
――スス。
僕の後ろに隠れる郢士。
「うっ。そんなに私は怖いでしょうか……」
郢士の反応をみて、落ち込む関羽。
「すみません、この子は人見知りなもので。郢士と言って僕の丁稚です」
「………(ペコ)」
僕の後ろで頭を下げる郢士。
「うむ。ウチの軍師殿に劣らず可愛らしい少女だ」
ニヤリと笑う趙雲。
………スス。
また隠れる。
「ふふふ。その初な反応も中々……」
「星、そのぐらいにしておけよ」
北郷が呆れたように言う。
「それで長坂の後は魏のほうで幾日か過ごしまして、最近までは呉の方に居まして、そしてこちらに寄ったまでですよ、御使い殿」
「へぇ。随分と広く渡り歩いているんですね」
「えぇ。商人は足腰が基本ですから」
「えぇと、もしかして……魏では警備隊を率いていらしましたか?」
そこでとんがり帽を被った少女――鳳統が喋る。
「えぇ。よくご存じですね、士元殿」
「間諜から報告が………あれ?私、名前?」
「あぁ、お気になさらず。これでも大国の情報は把握してます」
「はぁ……」
納得したような、してないような返事をする鳳統。
「と言うか、貴様まさか魏の間諜としてここに来たのではあるまいな」
関羽が殺気を漂わせる。
「それでしたら見つかっては意味無いですね」
「それはそうだが………雛里はどう見る?」
「えぇと、魏で目撃されてますが、最近は目撃証言もなくて………」
頭に指を置き、思案顔の鳳統。
「本当に魏から出たと思います」
「では呉での目撃情報は?」
「いや、それは無いのですけど……」
「うむ。それでは判断できないな」
趙雲がそう言うと………。
「そんなことないよ」
劉備の声が響く。
「だって小角さん、月ちゃんを助けてくれたもん。だから小角さんはいい人だよ」
ニコッと笑う。
人懐っこい笑顔。
「また桃香様はそのような………」
「俺も小角さんは大丈夫だと思う」
「このお二人は………」
「愛紗、諦めろ。こういったお二人なのだ、我が主たちは」
はぁ~、とため息を吐く関羽。
「お連れしましたぁ~」
そこで諸葛亮が広間に帰ってきた。
「美以ちゃんたちをお連れしました」
「桃香、美以たちになにか用にゃ?」
――キュピーン。
目標発見!?
「にゃ、にゃにゃ!?」
「ふふふ。久々のモフモフですね」
猫耳少女―――孟獲の後ろに突如現れる僕。
『……えっ?』
この場にいる全ての人が僕の動きを追えずにいた。
「さぁ、思う存分モフモフさせてもらいますよ」
実物大の猫耳少女をおもいっきり揉みしだk……。
「――させるかッ!このド変態!?」
ただ一人、僕(の性癖)をよく知る郢士だけが動いていた。
「………ぐはっ。……不、覚」
郢士の蹴りが僕の足に当たる。
と言うか脛!?脛だよ、そこは。弁慶の泣き所だよッ!?
「にゃ?……あぁ!郢士にゃ!?久しぶりだにゃ」
郢士との再開を喜ぶ孟獲。
「久しぶりだね、美以ちゃん。ミケちゃんたちも元気?」
「うむ。元気だにゃ」
「へぇ、郢士ちゃんたち知り合いだったんだ」
「そうにゃ、郢士は美以の友だにゃ」
「美以ちゃんと友達なら私とも友達だね!?」
和気藹々とする劉備と郢士たち。
「少しは気遣ったほしいものですけど……」
「旦那が日頃の行いを改めたらね」
酷い扱いだ。
―――ポン。
と北郷が僕の肩を叩き、うんうんと頷いてくれた。
……君も苦労人なんだね。
「はわわ、雛里ちゃん。ご主人様と小角さんが………」
「あわわ、落ち着いて、朱里ちゃん。それもアリだよ」
――何がですか?
なんだか賑やかな国だな。
「それで小角殿はこれからどうされるのですか?」
僕の目的は猫耳少女を愛でることを“やんわりと”包んで話すと関羽がそう尋ねてきた。
「ふむ。どうしますかね?目的は果たせましたし……」
「なら少しの間だけでいいですから、手伝ってもらえませんか?」
そう提案したのは諸葛亮だった。
「どういうことだ、朱里?」
「はい。魏での間諜さんの話ですと、小角さんは警備隊の指揮を取りながら政務にも内通していたとか。あの曹操さんが任せていたということはそれほどの能力があるのだと思うんです」
「うむ。確かに軍師殿の言葉は一理ある」
諸葛亮の言葉に趙雲が頷く。
「うん。確かに今は人が多いに越したことないもんね」
胸の前で手を合わせる劉備。
「どうかな、小角さん?私たちを手伝ってくれますか?」
ううん、どうしたものか………。
「ほら、美以ちゃんからもお願いして」
「うぅ。お前は苦手だが、桃香が困ってるのはよくないにゃ。だからお前も手伝うのにゃ」
「はい、喜んで!?」
イチコロでした。
「くくく。中々に面白い御人だな」
趙雲が喉を鳴らして笑う。
いや、ねぇ?だって等身大猫耳少女が下から上目遣いですよ。陥落しますよ、そりゃ。
「――というわけで少しの間、お世話になります」
「なります」
僕と郢士がペコリと頭を下げる。
これで三国全てにコネができた僕。
まぁ、それでどうなるというわけではないけど。




