19話 絶対文官希望
―――――――――――――――
僕は郢士のお見舞いの後、城の廊下を移動中。
今日も今日とて郢士弄りに精を出していた僕。
「おい。そこの者!」
うん?僕かな?
左と右を見て、前を確認する。
誰もいない。じゃあ気のせいだ。
「ちょっと普通、後ろも確認するでしょ!?」
後ろから声が聞こえる。
「あ~………。僕の経験上、この場合は後ろを向くのは駄目、と」
「なによ、それ。ますます怪しいわね」
いよいよ。雲行きが怪しくなってきた。ならば………。
「―――戦略的逃亡」
僕はダッと廊下を走る。
「――なっ!?……思春!明命!」
「はっ」
「はい!」
うむ?左右から危険センサーに反応あり。
緊急回避行動………つまりしゃがむ。
それと同時に僕の頭の上を鉈のような得物と細く長い得物が通りすぎる。
「……チッ」
「……あれ?」
左右から舌打ちと疑問の声が聞こえた。
しゃがんだ状態から転がるように前進し、直ぐに体勢を戻して更に前進。
「逃がすか!?」
後ろからは二人の足音。
そして前には曲がり角。
ふむ。天気………あ、違う、転機。
僕は思いっきり加速。
前には曲がり角の壁。
「――ッ!?何を……」
そして、壁に思いっきり激突、の寸前で足裏で壁を蹴る。
壁に激突する足裏から体全身に痛みが走る。
高いところから落ちた時みたいにビリビリとした痛み。
それを耐えて。上ってきた力をまた、足裏へと流して………180度方向転換。
後ろから来ていた二人の間を抜けて逆走。
『――なっ!?』
急な反転についてこれず取り残される二人。
そして僕の先には――――。
孫策にどこか似た少女が立っていた。
…………ん?と言うか、逃げる必要なくない?
「くっ。こちらに来るのか」
少女は剣を抜刀し構える。
「おぉ、とと……」
僕は急ブレーキを踏んで少女の手前で止まる。
「これで逃げ場は無いわよ?」
後ろには臨戦体勢の二人。
「あぁ、え~と………」
僕が何と言ったものかと悩んでいると。
「あぁ!小角、ここにいたの?この前の返事を………って何してんの、蓮華たちと?」
孫策が廊下の曲がり角から顔を出した。
「え?姉様、何故ここに?」
「あ、どうも、伯符殿」
「姉様のお客人なの?」
「えぇ。ちょっと手伝ってもらったんだけど、その時、小角の連れが怪我をしちゃってね。今、ウチで療養しているのよ」
「そ、そうだったのですか」
「なら初めからそう言えばよいものを……」
孫策が事情を説明していると鉈のようなものを持った少女が呟く。
「そうね。何で逃げたのよ、小角」
「いや、経験則上………」
「変わってるわね」
「それは否定しませんけど……」
孫策の言葉に素直に受け入れる。
「まぁいいわ、小角。この子は私の妹の孫権よ」
「孫仲謀だ。姉が世話になったらしい、礼を言う。この二人は……」
「……甘興覇だ」
「私は周泰、字は幼平です」
「どうも。僕は役小角。字は幺戯」
「袁、だとッ!?」
甘寧がエンという言葉に反応する。
「いえ、袁でなく、役です。役人の役と書いてエンと読むんです」
「そうなのよ。私も初めて聞いたときは驚いちゃった」
そうですね。驚きのあまり僕の首を跳ねようと………。
「あら、小角。何か言いたいのかしら?」
「……イイエ、ナニモ」
獰猛な虎の眼で見ないでほしい。
「そうなの。それで小角はどこに属していたのかしら?」
孫権がそんなことを聞いてきた。
「はい?」
「ここへは士官の口を探して来たのでしょ?」
あぁ。どうやら勘違いですかね。
「いえいえ、仲謀殿。僕はしがない旅の商人なので士官云々は特にありませんよ」
『えっ?』
三人が僕の言葉を聞いて固まる。
その横で孫策が何やら笑いを堪えているようだが。
「え、いや、だって。二人をあんな見事に抜いて……あれ?」
孫権は混乱している。
「はいはい。その話はまず置いときましょ。小角、少し付き合いなさいよ。蓮華たちも」
孫策がその場を一旦区切り、中庭へと僕らを連れていく。
「冥琳、おまたせぇ~」
中庭へ作られた屋根の付いた休憩所にいた眼鏡を掛けた知的な印象の女性に孫策が呼び掛ける。
「その男が雪蓮の言っていた面白い男か?」
「えぇそうよ」
にこやかに僕を紹介する孫策。
「どうも、役小角です」
「あぁ、雪蓮から聞いている。私は周瑜だ」
「へぇ。貴女が周公謹殿ですか」
「あら、私を知っているのかしら?」
「名前だけですけど。商人は情報が命ですから……」
僕の言葉の真偽を確かめるためか、それとも僕を見定めているのか、僕を見据える周瑜。
「ねぇ、面白い子でしょ、冥琳?」
「そうだな……」
含み笑いの孫策に笑い返す周瑜。
「それで小角、ウチに来る気にはなった?」
「なっ!?姉様、何を言って……」
「蓮華だって見たでしょ、小角の力。あれは今後の孫呉に役に立つわよ」
初耳な話に異論を挟む孫権。しかしそれは孫策によって阻まれる。
「思春と明命の両名を同時に抜ける使い手なんて中々いないわよ?」
「確かに商人としての情報網はあてになるかもしれないし、本当に雪蓮の言うような武があるなら有用ではあるな」
孫策の言葉に周瑜が考える。
「じゃあここで見て判断しましょ。小角、私と試合ましょ?」
「拒否します」
笑顔で長剣を持つ孫策に僕は拒絶する。
「えぇ~。じゃあここで試合か、死合、どちらか選んでいいわよ?」
「どちらも同じですよ、伯符殿………」
なんでこうも好戦的なのか、この人。
「はぁ。最大の譲歩として条件を二つばかしのんでくれるなら、客将として雇われますよ?」
「うん?一応、聞こうかしら」
「一つは戦場には一切出ません。文官として働きます。調練くらいになら参加しますが、大小に関わらず戦場で軍を率いることはしません」
「へぇ。それで二つ目は?」
僕の言葉に興味深そうに尋ねてくる孫策。
後ろでは孫権と周瑜も耳を傾けていた。
「二つ目は…………寝ているときに絶対に起こさないで下さい」
こうして僕は文官として呉の客将になった。ぶ・ん・か・ん、として。これを覚えておこう。




