1話 その者、空を仰ぎ見る
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「―――ここは?」
僕は荒野の真ん中に立っていた。
左を見て、右を見る。
後ろも見てみる。
「やはり、荒野の真ん中」
何度も周りを見ても荒野だった。
「うん。とてもいい空。まさに蒼天」
僕は空を仰ぎ見る。
「僕は彼方から来て、此方に向かおうとしていた」
僕は記憶を思い照らしてみる。
「此方の方には1つの邑がある。僕はそこを目指している」
状況確認をするために一つ一つ言葉に出して確認。
「噂ではとても良い治安らしい。よい刺史が居るという噂らしい」
そして様々な情報―――記憶を巡る。
ここは古代中国。後漢の時代。
まだ転生前の記憶があるみたいです。
いや、消えるか分からないですけど。
おっと思考が外れてしまいました。
国は漢王朝が表向きは支配しているが、漢王朝が衰退しているのは誰しもが感じ取っている。
後は大まかな地理的な事柄。
まぁ当初の目的通りに此方の邑を目指しますか。
方針を決めて、歩き出そうとすると
「おい、そこの兄ちゃん」
僕の前に三人組の男たちが居た。
「おい、兄ちゃん。とりあえず金目の物を出しな」
とりあえず後ろを確認します。
「いや、兄ちゃんに言ってるんだ」
「僕ですか?」
「当たり前だろ、お前アニキをなめてんのかッ」
小さい方が僕に向かって凄んでくる。
「えぇと。賊ですか?」
「はぁ。何だ、この兄ちゃん、頭イカレてんのか?」
アニキと呼ばれた男は小さい方には話しかけた。
「へぇ。そうかもしれやせん」
「まぁいい。とりあえず早いとこ金目のモンだしな。じゃねぇと………」
ジャキン、と刃物を抜く三人。
「金目の物…………」
僕は身の回りを探る。
先ずは外套。次に上衣、下衣。
もう一度外套。
「あぁもう!身ぐるみ全部置いてけッ!デクッ!」
「わ、分かったんだな」
遅い僕に痺れを切らしたのか大きい方には命令をして、僕の身ぐるみを剥ごうとする。
そこで………
「待てぇ!!」
「だ、誰だ!」
誰か来たようだ。女性のようだ。
「一人に対して三人で脅すなど卑怯卑劣。そのような輩に名乗る名など……ないッ!!」
続けざまに大きな方に手に持った槍の石突きで突く。
そして数回の言い争いの後、今度は小さい方が横薙ぎにされた。
「く、くそぉ。おい、お前ら、つらかるぞッ!」
アニキ男(何か面倒いから略)は二人を叩き起こすと一目散に逃げていった。
「なっ!待たぬかッ!」
女性も男たちを追っていく。
「……ふぅ」
とりあえず空を仰ぎ見る。
―――疲れた。
「お兄さん、大丈夫ですかぁ~?」
「ふ、風。待って下さい。私はあまり体力が……」
また話しかけられた。
今度は女性の二人組。
一人は長く、柔らかそうな金髪をなびかせた、頭の上に人形を置いた娘。
もう一人は短めに切り揃えた茶色い髪の眼鏡をかけた娘。
「うむむ。取り逃がしてしまった」
おや、さっきの女性も帰ってきた。
「おや、星ちゃんが追いつけなかったと言うことは賊は馬でも使ったのですかぁ?」
「うむ。同じ二足なら………」
何やら二人の女性と知り合い、と言うか連れなのだろうか。
「あ、あの。貴方、大丈夫なのですか?さっきから何も喋らないのですが?」
僕はとりあえず後ろを確認。
「い、いえ。……貴方のことなのですが?」
うん?と首を傾ける。
「もしや、口の聞けない方なのでは?」
人形の娘が眼鏡の娘に話しかける。
「いえ、話せますよ」
「はわっ!」
「あららぁ。そうでしたか、これは失礼しました~」
眼鏡の娘は驚き、人形の娘はぺこりと頭を下げる。
「いえ、構いません」
「ところでお主、怪我は無いか?」
先程から賊を追っていった女性―――水色の髪に裾の短いチャイナドレス、なのかなぁ?どちらかというとナース服みたいだけど―――が僕を気遣うように話しかける。
「いえ、特には何もされませんでしたので……」
「そうか、それは良かったな。お主も運が悪かったな。ここは治安も良い方なのだか、ああいった輩はどこにでもいるのだな」
僕は空を仰ぎ見た。
つられて三人も空を見る。
「「「「…………」」」」
「何も無いんですけどね」
―――ズコっ。
三人とも転けた。
「すみません。これは癖です」
「なんだか、風のように掴みきれない御人のようですね」
眼鏡の娘が眼鏡を直しながら言う。
「風はそんなんなのですかぁ」
「あぁ、確かに」
「星ちゃんまでぇ」
三人は可笑しそうに笑う。
「そう言えばお主、名はなんと言うのだ?」
「僕、ですか?」
「あぁ。私の名前は趙雲と言う」
「風は程立と言いますぅ」
「私は戯志才と言います」
僕が名乗らないのを勘違いしたようで三人は名乗る。
「僕の名前は―――」
記憶を探る。
元の名前ではないと思うから。
あ、………ふぅん。僕はそう名乗ればいいのか。
「僕の名前は役小角と言います」
「うん?姓が役小、名が角か?」
趙雲が慣れない発音に四苦八苦。
「いえ、姓が役、名が小角です」
「随分と変わった名前ですね」
「まぁそうですね」
それは初めて言われました。
「それで役小角殿はここで何をされて居られたのですか?」
「僕は此方の方の邑を目指して旅をしてます」
「……邑、確かに曹操と言う刺史が治めているとか」
「えぇ。僕も似たようなことを聞きました。僕はそこに商売をしに行くんですよ」
「へぇ。お兄さんは商人さんですか?それにしては何も持ってないみたいですけどぉ」
程立はペロペロキャンディーを舐める。
「あぁ。開拓が目的ですから。この身一つで十分です」
「開拓、ですか」
郭嘉が眼鏡に指を当てて、首を傾げる。
「新しい土地で新たに商売を始めるんですよ」
「今までやっていた商売はどうしたのですか?」
「商売が軌道に乗ったので若い者に任せました」
「若い者って貴方も十分若いのですが……」
「そうですか、役小角殿は此方に行かれるのですね。私たちは彼方に行くのでここでお別れですな。それでは役小角殿の商売が上手くいくのを祈ってますぞ」
と趙雲は矢継ぎ早やに言うと僕が来た方に歩いていく。
「それではお兄さん、また縁があればぁ~」
程立もそれに続く。頭の人形が手を振っていたので振り返した。
「ちょ、ちょっと二人とも。待って下さいよ。それでは役小角殿」
郭嘉も慌てて、後を追う。
僕は三人の後ろ姿を少し見て、空を仰ぎ見る。
そして目的の場所を目指すことにした。
「二人とも急にどうしたのですか?」
急に行ってしまった二人に追いついた郭嘉。
「あぁ。すまない、稟」
「いえ、別にいいのですが……。どうして、急に。それほど急ぎ旅でもないのに……」
「いや、なんと言うか。あの役小角という男がな」
「あのお兄さん、なんと言いますかぁ」
言い淀む二人。
「役小角殿がどうかしたのですか?」
首を傾げる郭嘉。
「いや、あの御人の眼が何やら不思議で……」
「そうですねぇ。何だか不安定になると言うんですかねぇ」
「はぁ。よく分からないですね」
「まぁ私たちの気のせいだと思うのだが」
役小角のいる方を向く趙雲。