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閑話 少女の真実と男の虚構







―――――――――――――――




アタイに親は居ない。


正確に言うなら居たけど居ないのと同じだった。


アタイの親はアタイのことに興味なく、いやアタイのことは邪魔だったと思う。


だからアタイは独りで生きて行くしかなかった。


子供が独りで生きていくには厳しい世界だった。


だからアタイは生きていく為にはどんなことでもした。


最初は上手くいかず、痛い目にも怖い目にもあった。


でもそれしかアタイには生きていく術がなかった。


それの甲斐もあってか大人にも負けないくらいにまでなった。


行商人の馬車に潜り込み、町を転々とした。


そして着いた陳留の町でアタイはあの男に出会った。


その男はこのご時世にも関わらず、なんだか平和惚けした感じがした。


だからチョロいと思った。


後はいつも通り、スってお仕舞いだったはず…………。


「………少しお待ちを」


そう男に呼び止められた時、心臓が飛び出るかと思った。


まさかこんな奴に捕まるなんて………。


でもアタイの心配は男の次の言葉であっという間霧散した。


「落とし物ですよ?」


男は自分の巾着をアタイに渡すのだ。


勿論中身はとっくに抜いてある。


アタイは呆れた。


……なんだこの男は?


今まで捕まったことは何度かあった。


その度に役人につき出されるか、若しくは殴られたりもした。


それなのにこの男は、自分のお金を取り戻そうともせず、あまつさえ巾着ごと相手に与えようとしている。


全く、訳が分からなかった。


アタイはこれ以上関わっていられないと巾着を乱暴に取って走って逃げた。


お人好し?それともただの馬鹿?


それがアタイとその男―――旦那との出会いだった。






その後、町でカモを探しているときに急に商人に捕まった。


油断していた。ここは割りかと平和な町だと聞いていたからか、それともあの男の空気に障られた(さわられた)からか。


その商人が言うには先日、金を盗んだ男の知り合いらしい。


今度こそ役人につき出される、そう思った時、この前の男が人垣から出てきた。


いよいよヤバいと思った……が――。


その男はアタイのことを全く覚えていなかった。


そして商人から事情を聞いても、別に構わないと言ってアタイを放してくれた。


アタイはその時、初めてその男の顔を見た。


なんとも言えない平凡な顔立ちのくせに、その表情からは感情と言うものが全く読めなかった。まるでお面のようだと思った。


アタイは手をつけられずにいたお金を男に叩き返して逃げた。





その数日後、偶々町でその男を見つけた。


町の人と久しげな話していた。


何故か、アタイはその後をつけていた。理由は分からない。


しかしそれは直ぐにバレてしまう。


そしてこれも何故か分からないのだが、甘味処でお茶をした。


「………それで僕に何かご用ですか、少年」


少年?アタイのことか!?


そりゃアタイはまだ子供だから分かりにくいかも知れないけど、同年代に比べれば発育はいい方………なはず。


アタイは直ぐに訂正した。


少し会話をしてみて分かった。


こいつは変だ。


でもその見解も間違っていた。


アタイは何故、自分を助けたのかと聞いたら………。


「………面倒くさッ」


そう男は言った。


その後何を言われたのか分からなかった。


物凄い勢いで捲し立てられ、そして男は帰っていった。

アタイは一人甘味処に残された。


ただ机の上の物は全て平らげていきやがった。





その後、アタイは一大決心をした。


「アタイを連れていって下さいッ!?」


そう。アタイはあの男に付いていくことにした。


とは言ってもこの陳留を出て、少ししたら離れるつもりだが。


その為なら何でもするつもりだった。


男が望むなら、か、体だって………。他の子よりは若干、多少なりとも成長……ゴニョゴニョ。


そこまでの覚悟を決めていたアタイに男は………。


「はぁ。別に構いませんよ」


二つ返事で返してきた。


へ?それだけ……。


そしてアタイはその男―――宵月と旅をすることにした。




旅の中、色々なことがあった。


南蛮で美以ちゃんたちと出会ったり、宵月が変人だと知ったり。


途中寄った邑で可愛い双剣を買ってもらったり。


盗賊にも襲われた。でも今までなんとか切り抜けてきた。


洛陽では宵月に釵を買ってもらったりもした。……えへへ。後、宵月の店にも行った。


洛陽を出た後は宵月の知り合いの五胡の亜兎さんの集落にお世話になった。そこで亜兎さんの妹、兎々にあった。


なんだろう、無性にこの人には負けたくないと思った。


そこで初めてアタイは宵月の素顔を見たのかも知れない。


それからアタイの中には自分ではよく分からない感情が芽生えていた。


考えるのは苦手だ。即行動するのがアタイの信条だ。宵月に言わせれば“ぽりしー”とかいうらしい。


だから先ず兎々に剣術を習った。


正直キツかった。でもこんなことで信条を曲げてたまるかッ!?


亜兎さんの集落を出た後は当初の目的通りに陽州へ向かっていたが途中に軍が駐屯していて橋が通れなくなっていた。


宵月にどうするのか聞いたら、茂みに話しかけたのでいよいよ頭がおかしくなったんだと思った。


でも違ったらしい。茂みからはアタイより少し下の女の子が出てきた。ただ反対側からだったけど………。


紗祈という子は何故か筆談で会話する。不思議な子だった。


宵月の周りには不思議な人が集まるようだ。


あれ?もしかしてアタイも?


……そして宵月がとった行動は。


丸太橋を作ることだった。


そしてそれを渡れという。


無理言うなよッ!?こんな今にも落ちるような橋、いや橋ですらないよ、これは!?


案の定、落ちたし。まぁなんとか二人とも渡ったからいいものの次は絶対に、ぜ~たいにしない。


橋を渡った先には曹操さんたちがいた。


どうやらさっき駐屯していた軍を追いかけているようだった。


宵月の乱入に場の空気は乱れて、そのまま流れたようだ。


そして曹操さんが宵月を誘う。


それにも二つ返事で返した宵月に、もしかして全てに二つ返事をしているのではないかと疑いを向けていたのはここだけの秘密だ。


それから魏の領地での暮らしが始まった。


最初は自己紹介。スゴく緊張した。だってだってものスゴい面々なんだもん。


その次の日には宵月の戦う姿を初めて客観的に見た。


いつもは受身な宵月が初めて積極的に戦っていた。まぁアタイのせいだけど………。


その後、物凄く怒られた。………クスン。


魏での生活はなんだかんだ楽しかった。


武官や文官としては働けないけど雑務のお手伝いくらいならできるもんね。


その合間を縫って楽進さんたちや許緒ちゃんに武術を教えてもらった。特に同じ双剣を使う于禁さんには良くしてもらった。


でも気掛かりが一つだけあった。


最近、楽進さんたちの宵月を見る目がおかしかった。


それとなく聞いてみると、宵月から猫耳を貰っていたことが分かった。


なんだろう、このモヤモヤ感は?


アタイは宵月を探しに部屋を出た。


なんだか、変だ。宵月のことを考えるとチクチクと胸辺りが痛いし………。それに宵月が女の人と仲良くしてるのを見ると、こう、なんと言うか……落ち着かない。


だから行動する。夏侯惇さんも言っていた迷ったら行動すればいいって。


宵月を探していると曹操さんに会った。





「あら、郢士。丁度よかったわ。小角知らないかしら?」


どうやら曹操さんも宵月を探しているようだった。


「え、あ、いえ。あた、私も探しているところなんです……」


「そうなの?なら一緒に探しましょ、そっちの方が早いわ」


少し二人で探すことになった。


うわぁ。スゴく緊張するよ。だって曹操さんって凄いんだよ。なんていうか雰囲気がッ!?


「郢士は小角とは付き合い長いのかしら?」


「え、あ、えぇと。ま、まぁそれなりだと思います」


「ふふ。そんな硬くならなくていいわよ」


そう言って笑う曹操さんはとても綺麗だった。


「―――何ぃ!…………………」


廊下に宵月の声が聞こえた。


「郢士。聞こえたわね?」


「はい。多分、あちらからです」


アタイたちは声のした方へ行ってみると…………。


「本当、何してるのかしら?」


壁際に隠れて?少し離れた許緒ちゃんたちを見ている宵月の姿がそこにあった。


よく見てみると、許緒ちゃんたちは箱を持っていて、その中身は猫耳、とは若干違うようなものが入っていた。


「全く。頭のキレる者かと思えば、春蘭すら凌ぐ武の使い。かと思えば猫耳に心血注ぐ変態。まるで月のようにコロコロと表情を変えるわね」


曹操さんがため息混じりにそう呟いた。


そう言えば程イクさんもそんなことを言ってたような。


「郢士、あれをどうにかできないかしら?」


「え?……あぁ、はい。お任せ下さい、慣れてます」


そう言っていつものように宵月の横腹に一発入れにいった。





宵月を引き摺る中。


「貴女も大変ね」


曹操さんがそう切り出してきた。


ちなみに旦那は未練がましく、廊下の向こうを見ていた。


「あは、は。いつものことですから……」


「あら、違うわよ?貴女、小角のこと好きなんでしょ?」


………………え?


「貴女を見てれば分かるわ。恋する乙女よ」


「え、あ、えぇ!?ち、違いますよッ」


な、なな、何を言い出すのさ、いきなり。


「あら、貴女、まだ気づいてなかったの?それとも、初恋、かしら?」


「――――////」


「ふふふ。可愛いわね。小角なんか止めて私を好きにならない?私なら貴女を可愛がってあげるわよ?」


「――――ッ!?」


「ふふふ。冗談よ」


たぶん、アタイ、今、すごく、赤い。










――――よしッ。


身だしなみ、よし。


お風呂、よし。


髪、よし。


さぁ準備は万端だ。


待ってろ、宵月。










…………………………………………




一面に広がる赤。


床も壁も天井すら真っ赤に染まっていた。


まるで世界が赤に染められたかのように。


その赤を構成するのは…………。




血と

肉と

骨と

破片




元の形なんて分からない。いや、これが何体の“人”だったのかすら分からない。


それはまさに破片。


僕はその中に、中心に立っている。


衣服は血で重く、呼吸する空気すら重い。


衣服だけでない、僕の足も、手も、顔も、髪も耳も目も鼻も口も指も、全てが血に染まっていた。


今、ここで倒れればこの破片たちと同化できるだろうか?


僕はふと、そう思い下を見る。そこには――――。


……雪菜………花織…………


僕の姉妹がいた。


いや、分からない。何せ破片だ。


でも僕には分かる。あれが雪菜の耳。あれが花織の鼻。


――――ヒラヒラ。


僕の目の前を一匹の蝶が横切る。


その蝶は静かに破片の海へ舞い降り、その巻かれた口を伸ばし、潤いを求めて、破片の海を吸うのだった。


それはそれは真っ赤な蝶だった。










――――ッ!?


ガバッと起き上がった僕は寝汗がびっしょりだった。


気持ち悪い。着替えよ。


僕は着替えるために部屋の衣装棚を見ようとすると………。


「………………」


そこには固まった郢士がいた。


なにやらえらく薄着な郢士。まるで一枚しか着ていないかのように体のラインがハッキリとしていた。


多分、寝るときは薄着派なのだろう。冬場は気をつけてほしい。


「――――――」


時間が止まったように固まったままの郢士。


今まで曇っていたのか月明かりが窓から射し込み、郢士の姿が鮮明に浮かび上がる。


布を一枚だけ羽織った薄着の郢士。


その頭には僕が洛陽で買った釵と………猫耳オリジナルが付けられていた。


「…………」


「…………」


そう言えば誰にも言ってなかったけど、僕は人に起こされると性格が豹変するのですが、自分で起きた場合でも寝起きの数分は思考が微睡みの中にありまして……………。


簡単に言ってしまえば、まだ頭が寝ています。それは人に起こされた場合の半分にも満たない覚醒状態でして…………。


「……だ、旦、な?」


僕は寝台の近くで立ったままの郢士を寝台に引きずり込み…………。


―――――ギュッ。


………抱きしめた。


「―――ッ!?」


僕の腕の中にスッポリと収まる郢士。


「だ、だん……宵月、まだアタイ心の―――」


「……むにゃむにゃ。……zzz」


「へっ?」


抱き枕をゲットしました。


僕はまた深い眠りの中へと堕ちていきました。


「………ばか」


そして少女と男は深い眠りに就くのだった。








それにしても、雪菜と花織…………。


一体、誰なのだろうか?


こっちの知り合いにも、あっちの知人にもそんな名前の人はいないのだけれど…………。


まぁいいか、なんだかとってもいい寝心地だし。


………このまま寝よう。


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