16話 猫耳大作戦と白昼の酒盛
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「ねぇ流琉、これ何だと思う?」
「……えぇと。さぁ?」
許緒と典韋は今朝、自分たちの部屋の前に置かれていた箱を前に置きながら頭を捻っていた。
「差出人は大体、分かるんだけど………」
「えっ!?流琉、分かるの?」
「いや…………」
――じぃー。
「………(あれだけ露骨に見られてると誰でも分かるわよ)」
そう思ってチラッと視線の方に目を向けて……。
「はぁ~」
ため息を吐いた。
「……(本当に何を考えているんだろう、小角さん)」
と典韋は影から視線を投げかける問題の人物の事を思う。
ふふふのふ~。
只今、とある目論見の為、暗躍中。
とりあえずは許緒と典韋を攻略中。第一波としてプレゼント作戦!?
そして、その経過を観察中。
どうやら典韋はこちらに気づいているもよう。しかしあの娘はいい子なのでそこは空気を読んでくれると予想。
「まぁ、開けてみようか?多分、危なくはないと思うから………」
「うん」
元気一杯に頷く許緒。
その天真爛漫さに満点をあげよう。
「何が入ってるのかなぁ」
ウキウキとした気分で箱を開ける許緒。
「ジャジャ~ンッ!」
自作効果音と共に出てきたのは二つの付け耳だった。
「ん?何かな、これ?流琉、分かる?」
「う~ん。前に小角さんが持ってた猫耳って言うのに似ているけど……。なんだか微妙に形が違うような……」
二人は箱を除き込みながら、考えていた。
その後ろでは―――。
「なッ!?これはどういう事か、紗祈!?」
『何が?』
僕の後ろに唐突に現れた少女。
「だから、何故箱の中身が犬耳なのだ!?僕は猫耳を用意しろと――」
『お言葉ですが、幺戯』
紗祈は木の板を交互に変えて、器用に筆談する。
『あの二人には犬耳だと判断しました』
「何ぃ!何を勝手なことを!?猫耳こそ至高だとあれほど……」
『否。それには異議を申します』
そんなやり取りを交わしていた。
「………(なんだか騒がしいけど、どうしたんだろ、小角さん?)」
典韋は後ろで騒いでいる僕を少し見てから、すぐに箱へ視線を戻す。
「これ、どうすればいいのかな?」
「えぇと。確か、頭に付ける装飾品だって小角さんが言っていたような……」
「へぇーそうなんだ。じゃあさっそく付けてみようよ、流琉」
「え!?……今、ここで?」
「そうだよ?別にここにはボクらしかいないんだし、いいじゃん」
「え、でも………(うぅー。約一名こっちをスゴく見てるんだよー)」
心で嘆くも、基本的にいい子な典韋でした。
「じゃあまず、ボクが付けてみるから流琉もその後付けてね」
と言って箱の中から犬耳を取りだし、頭に取り付ける許緒。
『おぉ!?』
「何………してんのさッ!?」
「ぐはっ!」
僕は前に乗りだし、許緒を見ている隙をついて横撃を入れられた。
「ちょ、何するんですかッ!?」
僕は抗議の声を相手に向けると……。そこには―――。
「朝夜………と孟徳殿?」
「ちょっと貴方に聞きたいことがあったのだけれど………これはどういう状況かしら?」
そこにはただならぬ空気を纏った郢士と曹操が立っていた。
ちなみに紗祈はどこかに消えていた。
「少々野暮用が………」
「へぇ、野暮用、ねぇ………」
え?何、この状況?なんかお二人の後ろに修羅が見えます。これ、何てスタンド?
「小角、少しあちらで話をしましょうか」
がしっ、と僕の右手をホールドする曹操。
「あ、いえ。まだ仕事が……」
「大丈夫ですよ、旦那。………すぐに終わりますよ」
左手は郢士ががっちりホールドする。
最近、魏の武将に教えを受けいるらしく、随分と逞しく(たくましく)育った郢士。
これなら近い内に地面を凹ますのも夢じゃないねッ!
ってそんな場合じゃない!?
「せ、せめて犬耳でもいいから。付けた姿を拝んでからぁぁぁ……」
『問答無用ッ!?』
ズルズルと引きずられていく僕。
「ん?なんだか向こうが騒がしいみたいだよ、流琉?」
「……そうだね」
曹操と郢士に引きずられていく僕を端に見た典韋はため息混じりに答えた。
「で、どうかな?似合ってる?」
「あ、うん。いいと思うよ」
褒められて素直に喜ぶ友人の横で犬耳を持った典韋はまた盛大なため息を吐いたのだった。
「………私も後で……」
昼間、仕事の合間の休憩中です。
ていうか僕のこと多用しすぎじゃない、曹操さん?
文官に調練、それに最近は何故か警羅の手伝いも増えた。
僕、仮にも部外者ですよ?
「おぉ~小角やないか。おぉい」
どこからか声がしますね。
キョロキョロと辺りを見回す僕。
「こっちやこっち~」
そこには木に背もたれた張遼が徳利片手に酒盛りしていた。
「昼間から酒盛りですか、文遠殿」
「ええねん、ええねん。ウチは今日非番やねん」
ほんのりと頬が赤いのはもう出来上がっているのだろうか?
「小角も一緒にどや?」
徳利を揺らして、酒盛りに誘う張遼。
「いや、僕はまだ仕事が……」
「なんや、ウチの酒が飲まれへん言うんか?」
急に凄む張遼。
あぁ、これが噂の絡み酒か。
「はぁ。一献だけですよ……」
「それでこそ小角や」
どれでこそでしょう?
「ほれ、ぐぐっといったり」
杯に並々注ぐ張遼。
それを受けとり、一気に煽る。
「おぉ~。小角いける口かいな。ささ、もう一杯いこや」
「いえ。今度は文遠殿が」
徳利を受けとり、張遼の杯に注ぐ僕。
「おっとと。………ぷっはぁ!やっぱ昼間の酒は格別やな」
本当に美味しそうに飲む張遼。
「酒と喧嘩は人生の華やで。小角も飲み………って無くなってもうたか」
僕の杯に注ごうとして空であることに気づいた張遼。
「では僕はこれで……」
「ちょい待ち。お~い、誰かおるぅ~」
張遼が呼ぶと待女らしき女性がやって来た。
「お酒の追加とちょいとしたつまみも持ってきてや」
待女は張遼から用件を聞くと一礼をして下がっていった。
「追加も頼んだし、もうちょい付き合ってもらうで」
ニカッと笑う張遼。
「一献だけでは?」
「ええやん、固いこと言いなや。それにちょいと小角に聞きたいことあってん」
しばらくすると待女がお酒の追加とつまみというか昼飯ぐらいの食事を持ってきた。
「つまみ、ですか?」
「昼も兼ねとんねん。何も言わんでも気がつくやつなんよ」
それは毎回こんなことをしているからでは?
「さ、もう一献付き合ってもらうで」
はぁ。最初から一献で済むとは思ってなかったけどね。
「それで文遠殿………」
「なんや?」
張遼はつまみを食べながら答える。
「聞きたいことってなんですか?」
「あぁ~……。腹の探り合いはあんま好かんし、単刀直入に言うわ」
グイッと一杯煽り。
「――なんで、孟ちゃんとこに来たん?」
………………。
「……どういうことでしょうか?」
「だってウチの誘いも断って、孟ちゃんからの誘いだって二回、断ってんやろ?それなのに今更、ひょこひょこ付いてきたんはなんでや?」
僕は杯の酒を喉に流し込む。
「偶々、ですよ。丁度陽州へ行く途中でしたからぶらっと立ち寄った、程度ですよ」
「そうか?アンタとはあんま喋っとらんから詳しくは分からんけど、目先のもんに飛びつくとは思えんな」
高く評価されたものですね。
「そんなことありませんよ。これでも商人ですから目先の利益には貪欲ですよ」
腹の探り合いは嫌い、か。中々、上手いじゃないですか、張遼殿。
「それでもアンタは金や名誉の為には動かんやろ?それに人の為にも……」
……………。
僕は酒を喉に掻き込む。
「そんなアンタがどんな“目先の利益”に飛び付いたんかちょいと気になったんや」
お互いに杯の酒を飲み干す。
いつの間にかまた徳利は空になっていた。
「もし、ウチらに害を為すようなら………」
すう、と何も持っていな手を前に出す。
しかしそこには架空の得物が僕の首を狙っていた。
しばらく二人は無言のまま対峙した。
その沈黙を破ったのは――――。
「しょ・う・か・くぅ~!?」
「だ・ん・なぁ~!?」
あれ?デジャヴ?
そこにはスタンド使いの二人、ではなく曹操と郢士がいた。
「いつまでも帰って来ないから探しに来たら、昼間ッから……しかも仕事中に酒飲んでんじゃねぇよ」
「凪たちや季衣たちだけじゃなく、霞にまで手を出すなんて。全く本当になに考えてるのかしら?」
がっちり左右をホールドされる僕。
これもデジャヴです、はい。
「お仕置きが必要かしら?」
笑顔が怖いです、曹操さん。
「あぁん、なんやの孟ちゃん。今からがエエとこやったのに~」
猫耳の幻影を生やした張遼がおどけて言う。
なにッ、こんなところに伏兵がッ!?
「霞、貴女も自分が非番だからといって他の者を巻き込むのは止めなさい」
「は~い。ほな、また暇な時に飲もな、小角」
引き摺られる僕に手を振る張遼。
あ~れ~。
「……あ。そうだ、文遠殿」
「ん、なんや?」
「僕は確かにお金や名誉などに興味は無いですが………恩義に反するほど薄情ではないつもりですよ」
「………そっか。なら良かったわ」
ニカッと笑う張遼。
ふむ。後は…………。
「へぇ、随分と仲が良いじゃない?」
「そこんとこも聞かせてもらうから……」
この二人をどうしたら良いんだろう?




