13話 魏武の大剣
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「お帰りなさいませ、華琳さま」
曹操が城に戻ると荀イクが出迎えた。
「ただいま、桂花」
「それで劉備の首級はどうでした?」
「残念だけど、取り逃がしてしまったわ」
「なっ!?ちょっと春蘭、どう言うことよッ!?」
劉備を逃がしてしまったと聞いて夏侯惇に食って掛かる荀イク。
「し、仕方なかろう。私だって好きで取り逃がしたわけではない。あの時邪魔さえ入らなければ今ごろは華琳さまの寵愛を………」
「邪魔って何よ?」
「元譲殿。邪魔とはもしかして僕のことですか?」
「……えっ?」
二人の話に加わる僕。
「な、なな、何でアンタがここにいるのよぉ!!」
「どうも、文若殿」
僕の存在に今気づいた荀イクはズザザッと後退する。
あ、今の動きいいな。
「桂花、彼は暫くウチで預かるわ。客将としてね」
将じゃないのだけれど…………。
まぁいいか。徐州には頼る人いないからな。寝床ゲットッ!!
「そ、そんなぁ~」
「とりあえず皆に紹介するわ。桂花、皆を呼んできて頂戴」
「……御意」
「皆、揃ったわね」
城の大広間に魏の主要な将軍、軍師が集められた。
「桂花から聞いているとは思うけど、今日からこの役小角を客将として迎え入れることにしたわ」
曹操が集まった者に対してそう宣言する。
「と言うわけで各々、自己紹介しなさい」
「では一応私から、夏侯元譲だ」
「私は夏侯淵。字は妙才。文官としてのお前の力、期待しているぞ」
「………荀文若。私の邪魔だけはしないでよね」
「私は楽進、字は文謙と申します」
「ウチは李典や、よろしゅうな、兄さん」
「沙和は于禁なの~。ヨロシクなの」
「ボクは許緒だよ。よろしくね、お兄ちゃん」
「私は典韋って言います。よろしくお願いします、小角さん」
次々と自己紹介をする魏の面々。次に現れたのは…………。
「やはりあの時の御仁でしたか」
僕がこの世界に来た時に会った三人組の二人だった。
「あぁ。えぇと戯志才さんと程立さんでしたか?」
「いえ、それは偽名でして、本名は郭嘉と申します」
「風は名前を変えまして~今は程イクと名乗っております~」
「そうでしたか」
「でウチが最後な。まぁつっても知らん仲やあらへんのやけどな。ウチは張遼、字は文遠や」
「これで全てね。じゃ次は小角」
「はい。僕の名は役小角、字は幺戯です。どうぞ、お見知りおきを……。そしてこっちは僕のツレで郢士と言います」
ぺこりと挨拶をする郢士。国の体制を担う将軍たちに会うなんて滅多に出来ないこと、だからガチガチに緊張していた。
「とりあえず、今日はもう休みなさい。詳しいことは明日決めるとしましょうか」
「あ、孟ちゃん一つ、ええか?」
「何かしら、霞?」
「孟ちゃんたちって小角のことどれぐらい知っとるん?」
「………?各地を転々とする商人で大陸の各地に支店を持っているぐらいね。それがどうしたの?」
「いや、その役小角って男、武の方も中々のもんやで」
え?文遠殿、何を言って?
「暴漢に襲われた少女を鬼気迫る勢いで助けたり、あの飛将軍呂布の一撃を紙一重でかわしてみせたり」
「へぇ、それは本当かしら?」
張遼、余計なことを………。曹操だけでなく、武官の人まで僕を見る目が変わってしまったじゃないか。
「サテ、ナンノコトヤラ?」
「ふふ。まぁいいわ。詳しいことは明日じっくり聞きましょ、じーくりね」
笑顔が怖いです、曹操さん。
こうして魏の面々との謁見は終わった。
「おい、小角ッ!?」
「…………」
夏侯惇が僕に当てられた部屋の扉を乱暴に開けて入ってきた。
「起きろッ!?」
「………すぅすぅ」
只今、熟睡中。
「えぇい。起きろと言っているに」
「ん………んぅ?……」
「起きろ。華琳さまがお呼びだ」
「んぅ………すぅすぅ」
「だぁぁ!!寝るなぁぁ!?」
バッと布団を剥ぎ取る夏侯惇。だがそれが不味かった。
「――――んぅ?」
僕、覚醒中。………60………75………87………100%
「………ふぁ~。ん?」
覚醒して僕が見たものは………。
「元譲殿?」
正座で半べそかいている夏侯惇将軍でした。
「ひぐっ、ひぐっ。ずみ、ずみませ、んでじた……」
「……えぇと」
あぁ。どうやらヤっちゃったみたいですね。
「姉者、遅い………とこれは一体?」
そこへ夏侯淵が夏侯惇を迎えにきた。
「あぁ、妙才殿。いや、色々あったと言いますか………まぁ、それよりも夏侯惇将軍に夏侯淵将軍が入らしたと言うことは孟徳殿がお呼びなのでは?」
「あぁ、そうだが……」
「では行きましょう。早く行きましょう」
広間に行く途中、アレの経緯について話しておいた。ここに寝泊まりするのだし、話しておかないとまた被害がでるし……。
「うむ。ではお主は血の巡りが悪く、寝起きには性格が豹変してしまう、と言うことか?」
僕の話を一通り聞いて、夏侯淵はそうまとめた。
「はい。自分で起きる分には問題は無いのですが、人に起こされるとあのようなことになるのもしばしば……」
「それでは緊急時に困るのではないか?」
「緊急時と言われましても僕は商人でしたから……」
「あぁ、それもそうか。うむ、華琳さまには私の方から伝えておこう」
よろしくお願いします、と頭を下げる。
とふと夏侯惇へ目を向けると………。
「……ガクガク」
夏侯淵の腕にしがみつき震えていた。
「あぁ、姉者、可愛いな」
それは聞かなかったことにした。
「やっと来たわね」
広間には曹操、張遼、典韋、軍師三人、と郢士が居た。
郢士は僕が来たことによって安心したのか緊張した面持ちを少し緩めた。
「すみません、遅くなりました」
「まぁいいわ。では昨日も言った通り、小角について今後の方針を決めたいと思う」
「文官として使う、と聞いてますけど……」
程イクがペロペロキャンディーを持ちながら言う。
「えぇ。当初はそのつもりだったわ。でも霞の話を聞いて、考えを改めてようかと思うのだけれど」
「あ、文官でお願いします」
「一度、霞の言う小角の武を見てみたいと思うのだけれど、どうかしら?」
あるぇ?僕の話を聞いて下さい。
「それが早いですね」
郭嘉が肯定し、他の者も頷いている。
「じゃあ、お相手は春蘭ちゃんがいいと思いますがいかがでしょう?」
程イクがそう言った。
いやいや、僕のようなものが魏武の頂点となんて――――。
「それがいいわね」
おいおい。何を言ってるんですか、曹操さん。
「春蘭、いいわね?」
「え?……は、はい」
「上手く出来たら、今夜、閨で可愛がってあげるわよ?」
「華琳さまぁ!この夏侯元譲、この魂に懸けて、この大役、見事果たしてみせましょう!」
ヤル気満々の夏侯惇。それに反比例して僕は底辺まで下がっています。
「じゃあ、中庭に移動しましょう」
僕の意見は聞いてくれないのでしょうか?
「さぁ、ヤるぞ小角ッ!?」
「えっ?何を?」
「お前の腕試しに決まっているだろッ!?」
はぁ、ヤル気が出ない。
「小角、得物はどうするの?必要なら貸すわよ?」
「あ、いえ。僕はこれがありますから」
腰に着けた剣を示す。
「なんだ、それは?紐でくくられているではないかッ!?そんなもので戦えるかッ」
いや、模擬戦で模擬刀ならこれでも変わらないんじゃないかな?
「どうせ刃は抜いてあるんですから、鞘に入ってようが関係ないですよ」
それに少しやったらわざと負けますし。
「まぁ小角がそれでいいならいいわ。…………両者、構えッ」
曹操がすっと片手をあげる。
夏侯惇が武器を構える。
僕は自然体。
「構えないのか?」
「構えないのではなくて、構えれないんです。僕、武人じゃないですから」
「………始めッ!」
曹操が手を降り下ろし、模擬戦が始まる。
「はぁぁぁッ!」
夏侯惇が先手をとり、僕に向かって大剣を降り下ろす。
僕はそれをすれすれでかわす。
ドゴンッ!!
地面が陥没する。
…………。刃があるなしに関係なく人を殺せる勢いだろ、それ。
「ちっ。まだまだぁ!」
追撃を加える夏侯惇に僕は後退しながら避ける。
「くっ。ちょこまかと。………はぁぁ!」
ラッシュに次ぐラッシュ。
それがしばらく続きます。
「あれはヤル気あるのかしら?」
僕と夏侯惇の模擬戦を見ながら曹操が言う。
「春蘭様が押してると言うよりはいいようにあしらわれてる感じですね」
典韋がそう呟く。
「んぅ~。多分、もうちょっとできると思うんやけどな?」
「おそらく、小角殿は乗り気でなく……」
「切りのいいところで負けるつまりなんでしょうね~」
郭嘉と程イクが意見を述べる。
「どうにか本気を出させれないものかしら?」
「春蘭はもう頭に血が上ってるわね」
曹操が思案顔で考え、荀イクは呆れていた。
「………あの。曹操様?」
「ん?貴女は確か、郢士、だったかしら?」
郢士がおずおずと手を挙げる。
「はい。旦那に本気を出させるならいい方法がありますよ」
「あら、本当?どうすればいいのかしら?」
「これを使えば………」
「これを?」
あぁ。眠い。帰りたい。………え?どこに?
セルフつっこみをしている僕。
夏侯惇はいつまでも当たらないことに苛つき、攻撃も単調になっていた。
そろそろいいかな?
「―――役小角。いつまで遊んでいるつもりかしら?」
丁度その時、曹操が声をかけてきた。
「遊んでるつもりはないのですが……」
「そうは見えないわよ」
ん?なんだか、おかしな感覚が。
「もし本気を出さないなら――――」
すっ、とあるものを取り出す曹操。
「これがどうなっても知らないわよ?」
(本当にこんなものであの男が本気を出すのかしら?)
曹操は郢士の案に半信半疑だった。
郢士から渡されたのは半円状の棒に、左右上部に三角形の布が取り付けられたものだった。
布にはなにやら獣の皮が縫い付けられていた。
(あら、意外とよい感触なのね。まぁとりあえずやってみましょう。駄目なら霞でも入れてみるのも悪くないわね)
そう思い、それを掲げる。
「そ、それは…………!?」
あの完璧な曲線のフォルム。そして上部に取りついたここからでも分かるふわふわ、もふもふ、ぬくぬくな布。曲線美と直線美を兼ね備えた至高の一品。それはまさに人類の至宝。どんな宝石よりも輝き、どんな宝剣よりも優美、どんな財宝よりも魅力的なその存在。
それは――――――――。
猫耳カチューシャ(オリジナル)
僕が洛陽で出会った運命の一品。
何故、それが曹操の手中に?
と郢士を見ると、片目を瞑って、手を会わせていた。
貴女ですか!?全く、手癖の悪さは治ってなかったのですね。
至高の猫耳を人質?に取られた僕は…………。
(本当に効果があるみたいね)
曹操は小角の反応を見て、満足気に頷く。
(それにしても何かしらね、これは。見ているとなんだか、こう、ゾクゾク?としてくるわね)
後で桂花か春蘭にでも付けようかしら、と思う曹操。
――ガキッン!!
曹操がその音を聞き、二人方を見たとき、曹操の目の前には模擬刀が飛んできていた。
「はぁぁぁッ!?…………はぁ、はぁ、はぁ」
連撃で疲労が溜まったのか手を止める。
「お疲れ様です、元譲殿」
「いい加減逃げずに、戦え。そうしなければ華琳さまに可愛がってもらえないではないか」
「今でも十分可愛がってもらっていますよ?」
「もっと可愛がってもらいたいのだッ!」
小休憩を終えて、再び激しい斬撃の嵐を浴びせようと突進してくる。
はぁ。なんて純粋なんだろう……。
無性にイジメたくなるじゃないか。
僕は夏侯惇に合わせて一歩前に出る。
踏み込んだ勢いを今度は回転の運動へ変え、その場で小さく回転する。
そしてその回転の勢いを腕の剣に伝えて、夏侯惇の大剣と対峙させる。
ガキンッ!?
金属同士のぶつかり合う音が響く。
しかしそれだけでは終わらない。
僕はぶつけた後、そのまま回転、次は下部から上部への逆袈裟懸けの攻撃。
「なにッ!?」
続けざまの斬撃にも瞬時に反応したのは流石は魏武の頂点。
しかし爪が甘い。
初めの前進の運動力、次の回転力と遠心力、そしてもう一度回転力と遠心力。
掛け合わせて、それは何倍にも膨れ上がる。
体勢をまともにとっていない状態で受けれるわけもない。
―――ガキッン!!
案の定、夏侯惇の大剣は吹き飛び、曹操の足元へ刺さる。
「さて、勝負……あり、ですかね?」
僕は剣先を夏侯惇に向けて、言った。
あ、これ一度は言ってみたかったんだよね。意外に爽快感抜群だな。………あれ?何か大事なことを忘れてるような?
「まさか、これほどまでとはね」
「ウチも驚きやな。予想以上やわ」
曹操と張遼の感嘆に僕は思い出す。
あ、負けるんだった…………。
猫耳パワー恐るべし………。




