12話 長坂の一夜橋
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男は思う。
何故、自分はここに居るのか。
男は思う。
何故、自分は生まれてきたのか。
男は思う。
何故、自分は生きているのか?
男は思う。
百の死体の中で、自分だけが生き残った理由を。
………………………
「おや?」
僕らが翼州へ向かう途中、長坂橋への道のりの半ばで駐屯している軍に出会った。
軍に掲げられた旗は十文字。
「止まられよ」
僕らが近づくと兵士の一人が僕らを止める。
「何者か?」
「旅の商人です。長坂橋を越えたいのですが、何かあったのですか?」
「今、この先は取り込んでいる。迂回されよ」
ふむ。
「あれ、役小角さん?」
兵士と話していると軍の奥から天の御使い、北郷一刀がやって来た。
「どうも、御使い殿。お久しぶりですね」
僕はペコッと頭を下げ、郢士もそれに倣う。
「あぁ。もしかして、ここを通るんですか?」
「そのつもりでしたが……」
「すみません。今、ちょっと立て込んでるんですよ。できれば迂回してほしいんですけど………」
「そうですか、仕方ありませんね」
猫耳同志たる彼の頼みなら聞かねばなりますまい。
「本当にすみません」
「いえいえ。別に急ぎではありませんから。それでは」
僕らは回れ右する。
「旦那、本当に迂回するの?」
「しない」
軍から遠ざかってから郢士が聞いてきた。
「だよなぁ……」
はい、ため息吐かない。
「でも、どうするんだよ?この辺りじゃあの橋しかないよ」
「そうですね………」
うぅむ。…………あッ!?
「………この辺りならイケそうですよね」
「は?」
「――紗祈居ますか?」
草むらに向かって話しかける。
「旦那……ついに頭まで……」
こら、そこ、ヒドイこと言わない。
―――ガサガサ。
「………」
草むらから少女が現れた。ただし、僕の声のかけた反対側から。
少女は簡素な服に身を包み、髪は長く膝裏まで伸び、少し茶色みがかっていた。そして光沢の無い瞳でこちらを見つめていた。
「………」
無言で僕らに近づき、木の板を見せた。そこには……。
『何?』と書かれた板がはめ込まれていた。
少女――紗祈は首を傾げる。
「………だ、旦那ッ!?なんか出てきましたよ!?」
「うん。紗祈だね。紗祈、こっちは郢士だよ」
『どうも』と書かれた板を掲げて、ぎこちなくお辞儀する紗祈。
「えぇと。それは真名じゃないの、旦那?だったらアタイ呼べないけど……」
『真名、違う』
『“紗祈”、記号』
代わる代わる板を変えて会話する紗祈。
「えっ、と。………旦那」
「まぁ深く考えないでいいから。紗祈って呼んであげな」
「はぁ……。じゃあ、アタイも朝夜でいいよ、紗祈」
「………(コク)」
「それで紗祈、少しやってもらいたいことがあるんだが」
何?、と首を傾げる。
「橋の向こうとこっちに人を集めてほしい」
『分かった』
再び茂みに戻っていく紗祈。
「旦那、あの子何で筆談なの?」
「喉が使えないからさ……」
「えっ?なん―――」
それ以上郢士が口にすることはなかった。
「準備が整ったみたいだね」
「で、なんでアタイたちはここにいるのさ」
僕らは橋近くの茂みの中から向こう岸を眺めていた。
「そりゃ、ここを渡るためですね」
「渡るったって橋には……」
郢士が橋の方を見るとそこには張の旗と深紅の呂の旗が靡いていた。
燕人張飛と飛将軍呂布だ。
まぁあの二人を抜けるのは至難の技だ。
「先人曰く、道が無いなら―――」
ドコォン!?
轟音と共に両岸から丸太が飛び出してきた。
片方の先端には突起が数ヶ所出ていた。そしてもう一方はその突起を受け入れる穴が空いていて、それらが谷の真ん中でくっつき、一つの丸太橋が長坂に架かった。
「―――作ればいい」
「にゃにゃ!!なんなのだッ!?」
張飛は轟音に驚き、キョロキョロと辺りを見渡す。
「なにかすごい音がし、たの…だ……?」
張飛はさっきまで無かったはずの丸太の橋に驚きを隠せなかった。
「これはお姉ちゃんたちの策か?」
と己に対峙する夏侯姉妹に問う。
「………」
「………」
二人とも放心状態だった。むしろ一時停止状態だった。
それもそのはず、張飛は後ろを向いていたため、丸太が飛び出す場面を見てはいない。
しかし夏侯姉妹は違った。轟音と共に丸太が飛び出し、あまつさえ真ん中でくっつき、橋が瞬時に出来たのだ。到底、理解の追いつく現状ではなかった。
「んにゃ?違うみたいなのだ……」
二人の反応にこれが魏の策ではないのは分かったがそれでも何の為にこれが出来たのか分からない張飛だった。
そこに―――。
「朝夜、早く渡って下さい」
「ちょ!?旦那、押さないでよ。ゆ、揺れてる、揺れてるってば」
二人の影がその橋を渡ってくるのが見えた。
「こんなの渡れるわけないじゃんか」
「渡れますよ。橋なんて両側から木を倒しただけでも作れるんですよ」
「そんなの橋じゃないッ」
なにやら言い争いながらも橋を渡って行く二人組。
近づくにつれてその一人に見覚えがあることが分かった。
「「役小角ッ!?」」
「商人のお兄ちゃんッ!?」
三人が同時に反応した。
「……あ」
ヤバいかな、これは。
「な、なにッ!?どうしたのさ、旦那!?」
「受け身はちゃんと取らないと後々痛いですからね」
「え?何を言っ…………」
郢士の言葉が終わる前に僕は郢士の襟を掴み、おもいっきり対岸に投げ飛ばす。
「………てぇぇぇ!!………きゃふん。……い、イタタタ。何すんのさ、旦……な?」
そこには僕の姿はなく。いや、僕だけではない。丸太すらその姿を消していた。
ぶっちゃけ、落ちた、のだ。
「えぇぇぇ!?旦那ぁぁぁ!!」
第一部。完。
次回からは僕の意思を引き継ぎ、郢士が猫耳を全土に広めます。
な~んてね。そんなわけないさ。僕は自身で猫耳を広めるから。
と言うわけで……。
「朝夜、少し崖から離れて下さいよ」
僕が崖の下から再登場。
「……え、ええ?」
「ちなみに空を飛んだり、崖をよじ登ったとかそんなことはしませんよ?ただ剣を崖際に突き刺して足場にしてただけですから」
こんなところで昔、軽業師をしていたことが役に立つなんてね。
主人公補正?なにそれ?美味しかったです。
「本当に小角だな」
「あ、どうも。って元譲殿に妙才殿。それにあちらには文遠殿まで居られますな」
夏侯淵がいち早く再起動した。
「姉者、いつまで固まっているつもりだ」
「………お。おぉ、そうだったな、秋蘭」
夏侯淵に言われて夏侯惇も再起動完了。
「霞とも知り合いなのだな、小角殿」
「えぇ。ちなみに翼徳殿と奉先殿も知っていますが……」
「あぁ、あの時のお兄ちゃんなのだ」
「張飛とも知り合いとは、随分と顔が広いのだな」
張飛の言葉を聞き、夏侯淵が顎に手を置き言う。
「商人には広い交遊関係も必要ですからね」
「おい、小角。そう言えば何故、丸太で渡ってきたのだ?」
今まで黙っていた夏侯惇がそう僕に尋ねた。
「いや。最初は橋を渡ろうと思って来たんですが。なにやら込み入った感じだったものですから、丸太橋を急拵え(きゅうごしらえ)で作ったのですよ」
「作ったって……。一歩間違えば死んでいたやもしれぬのだぞ」
「いやいや。キチンと設計はしましたから、対岸に着くまでは保つはずだったのですが、朝夜が予想以上に渋りまして……」
「渋るに決まってるじゃないかッ!?あんな見るからに落ちる橋を平気で渡るのは旦那くらいなものさ」
………ん?何だろう、この感じ?どこかでこれと似たことが………。
「―――な、旦那ッ。聞いてるの?」
「……え?あぁ、すみません」
うぅん。なんだったんだろう、今の感覚は?
とフラグを立ててみる。
「あら?何やら穏やかな雰囲気ね」
「「……華琳さまッ!?」」
そこで曹操が後ろから現れた。
「華琳さま、危険です。お下がりください」
「春蘭、ここのどこが危険なの?」
僕の登場で一時休戦となっていたその場を見渡す。
「そ、それは……」
「まぁ、いいわ。二人とも引くわよ」
「えっ!?何故です、華琳さま?」
「徐州は我が手に納まった。それ以上は望むべくもないわ。張遼、呂布も引きなさい」
向こうにいる張遼たちにも己が意を伝える。
「りょーかいや」
渋々ながらも了承する張遼。
「さぁ。これでおしまいよ。張飛も行きなさい」
「ん?本当にいいのか?」
「えぇ、いいわよ。私たちも徐州の制定で忙しいのよ」
「それじゃあ行くのけど、追ってきてもいいけど、痛い目見ても知らないのだ」
「あら、私が後ろで聞こえる葉擦れの音に気づいていないとでも?」
「思ってないけど。気づいてなかったらいいなぁ、と思ったのだ」
「そう。じゃあお喋りは終わりよ。劉備に首を洗っても待ってなさいと伝えて頂戴」
「分かったのだ」
そう言って張飛と呂布は橋を渡り、去っていった。
「……さて。役小角、また会ったわね」
「どうも、孟徳殿。どうやら、かなり“縁”があるようで……」
「そうね。それで私の元へは来てくれるかしら?」
まぁ、決まっているのでしょうけど、と付け加える曹操。
「まぁ、いいですよ」
「そうでしょうね………っていいのぉ!?」
おぉ。曹操が慌てている。珍しいこともあるものだ。
「まぁ揚州へ行く途中でしたし、徐州へ寄るのも悪くないでしょうから」
「そ、そうなの。なんだか拍子抜けね。あれだけ断っておきながら今更………」
「おや、断った方がよかったですか?」
「いえ、嬉しい誤算よ」
それでは少しだけ曹操の厄介になりますかな。
……と空を仰ぎ見ながら僕は思った。




