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白鬼譚  作者: 樅野 梢
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第一譚 桐に鳳凰

 

 紅い月の出る晩は

 あゝ恐ろしや 恐ろしや

 毛玉飾りの槍妖怪

 大きな木槌を振り上げて

 山の麓の村人をひしいでは

 奇妙な声で嘲笑う

 あゝ恐ろしや 恐ろしや


    ◇


 蕭然とした田舎の、小さな村に伝わる古い童謡があった。

 反復的な詞と、妙に軽快な拍子は内容に反して愉しげに聞こえる程である。

 あやかし、物の怪、亡霊、幽鬼。魑魅魍魎が闊歩する現世では、妖怪の唄は特に珍しいものではない。むしろ子供たちへの訓戒として、永く継がれていく習俗であった。


 そして、感触を確かめるようにそれを口吟くちずさむ、一人の少女が居た。


 白衣に緋袴という巫女装束が、殺風景な田園に映える。収穫間近の稲穂にはふっくらとした粒が実り、里の豊作を告げていた。黄金色の海は凪いでいて、時折山の方からひよどりの鳴く声がする。


「この唄って、〈槍毛長やりけちょう〉のことを言ってるんだよね」


 少女は畦道を歩きながら、尋ねた。


「多分。でも、彼らが人を襲うなんてあまり聞かないな」


 少年は天を見上げながら、答えた。


 秋の空は清々しく晴れ渡っていて、雲が遠く棚引いている。それと同じように、少年の白い髪も風にそよいだ。柔らかなその髪は古老のそれとも、白子アルビノとも違う、濃厚な無色の彩を湛えていた。その下から覗く、彼の凛とした金色の瞳は美しく澄んでいて、何処か古典的で優雅な匂いを感じさせた。


 彼らが訪れた小さな村の周辺は、四方を野山に囲まれた広大な盆地になっているようだった。

 少年はその山々の、一際高い山の中腹に何やら奇妙な建造物を見付けた。


楓子かえでこ、あれ」


 面影に稚さを残した、楓子という名の少女は七尺程後ろにいる少年を振り返った。毛先で切り揃えられた黒髪は二つに結われていて、少女の動きに合わせて馬の尾のように揺れた。

 楓子は吊り目がちの大きな瞳をうんと細めて、少年の指差す方角を見遣った。其処にあるのは、僅かに紅葉を始めて褐色の混じった、濃緑の山の景色だけだった。


「何処?」

「ほら。正面の山の、真ん中辺り」


 少年は横に立ってその方向を示したが、遠くてよく見えない、と楓子は眉間にしわを寄せた。


「鳥居があるし、やしろみたいだけど」

「社? こんな処に?」


 楓子は少年の言葉に不信を抱いたのか、双方の手を握って目に当て、遠方の様子を窺っていた。見えたか、と少年が尋ねると、見えない、と楓子は不満げに答えた。


クニの神社は全部、巫女の管轄じゃあないのか?」

「うん。でも、この里に神社が在るなんて聞いた事ない。それに、先の戦争で小さな神社は殆ど焼失してしまったし」


 そう言ってから、楓子は少し考える素振りを見せて言った。


「もしかしたら、運良く戦火を免れて、残った社があるのかもしれないけど」


 少年は黙ったまま、じっと先方を見据えていた。


「怪しいな」

白鬼なきりもそう思う?」


 楓子は少年の顔を見上げた。

 彼の瞳には、深い山の中にぽこんと埋もれた、朱塗りの鳥居が鮮明に映っていた。


   ◇


「──あの子が居なくなったのは、今から七日前のことです」


 丁重な辞儀と前置きの後、長老はそう切り出した。


 楓子と白鬼が通されたのは、と或る邸宅の一室であった。古めかしい木造の外観と反して内装は小奇麗で、家具はどれも良く拭かれていた。十畳ほどの客間には机と座蒲団の一式に、日向水木と竜胆の活けられた花瓶、掛け軸などが据えられていた。


 徐にふすまが開いて、二人の目の前に現れたのは初老の男だった。長老と呼ばれたその男が身に着けていたのは、すすき柄の着物と鶯色の薄羽織、装飾と言えるのは袖から見え隠れする、黒々とした数珠だけであった。彼の田舎人とは思えない慇懃な態度は、粗末な装いと相俟あいまって、ちぐはぐとした印象を与えた。が、その高尚な人格は言動の端々から推察できた。


「昼餉のあと、山の麓に葡萄を採りに行くと言って出掛けてからそれ切り、村に帰って来ていないのです」


 彼は俯き加減に、粛々と続けた。


「これで、村の行方不明者は五人となりました。標的となっているのは何れも幼子であります」


 楓子は神妙な面持ちで、長老に尋ねた。


「その失踪事件は、いつから」

「初めに子の姿が見えなくなったと聞いたのは、二か月ほど前でございます。それから、十日に一人といった頻度で、次々と……」

「それで、怪異の仕業ではないかと踏んでいる」


 楓子が核心に迫ると、長老は深く頷いた。


「元々、この村は妖との関わり合いが深く、古き時代では彼らと共生していたと云います。ただ、今はそのような繋がりは殆ど無く、童謡や陶磁器にその名残があるのみです。何故このような事件が起こっているのか、我々自身、見当もつかないままなのです」


 長老は嘆声を洩らし、目を固く瞑ると、指を揃えて座礼をした。


「梓巫女さま、どうか御詮議のほど宜しくお願い致します」


 頭を下げた長老の背に寄り添うように、藍色の花が綻びていた。



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