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サイバーショット   作者: ともぞう
7/12

祭編―5―



西の方角に見える山の稜線(りょうせん)に、太陽が真っ赤な夕焼けを描き始めると、武は顔に、なにやらかぶせられた。


(お(めん)……?)


のようである。

目の部分はくりぬいてあるらしく、見ることができる。ただ視界はせまくて、お面のひもを結ぶ人物が誰か分からなかった。

その格好で、なにかに乗せられた。誰かが、かついで歩き始める。かついでいるのは涼介と和也だろう。お面をかぶせたのもふたりのうちのどちらか。なぜなら、ほかに人は居ない。

ひどくだるかった。眠気もあり、武はされるがままに、ぼんやりと小さな穴からそれらを見ていた。

そのままゆっくりと昼間通った横穴を進んでいった。黒い岩の横をすり抜けて、洞窟に入ると、これも昼間見た中央の円陣に、そのまま降ろされた。

武をかついできた人間たちが離れ、正面に向かって歩き出すのが見える。

それぞれが両脇にある大きなろうそくに火をつけると、ぼんやりとだが、白い衣冠を確認できた。


(ブサイクコンビ…)


だろうが、彼らもまた白い面をつけていた。そのせいか、身につけた衣冠と共に神聖な雰囲気がする。


(孫にも衣装…)


な、ふたりが武の座の周りに置かれた蜀台のロウソクに火を灯し、水が張られた銀の天秤を円陣の前に置くと、左右斜め後ろに描かれた円陣にそれぞれ座り、各自の周りに置かれたロウソクに火を灯した。

例祭が始まったらしい。

と言うのは分かったが、なにかに乗せられたまま円陣におかれた武は、身動きひとつしなかった。座禅をくまなければいけないのだろうが、うるさいふたりがなにも言わないし、楽だからいいやと。

第一体がだるくて、座禅どころか指いっぽん動かなかった。


洞窟の中は、しん…と静まりかえっていた。

沈黙を保つ例祭なので、普段は粗大ゴミ収集車の拡声器並みにうるさい二人も、気味が悪いくらい静かだ。


(良治、元気かな……)


武は、ただ黙って座っているだけなので、考えごとを始めた。夜明けまで、このままなのだから時間もたっぷりある。


(いじめられてなければ、いいけど……)


それだけが気にかかる。

小畑良治は唯一、学校で口をきく人間だった。


体は大きいけれど気が弱いものだから、中等部から入学した彼は、イジメの対象だった。

しかし、武が口をきいた事で誰も手を出さなくなった。引き立て役かよ、と陰で悪口を言われていたが、そんな気持ちはまるでなかった。

武は良治をすごいと思っていたからだ。私立の有名校に中学から特待生として入学してくるくらいだ。良治は数学に関して天才的な頭脳の持ち主だった。ただ、ほかはちょっとだけれど。

だから、イジメられた。

なので、自分が居なくなって、良治がまたイジメられていないかと気になった。


(そう言えば、これって祭なんだっけ…)


次にそうした事が浮かんだ。眠気があるせいか考えに一貫性がない。

確か、祐輔が灯篭を飾って、屋台も出ると言っていた。(さと)()は祭に行っているのだろうか。たぶんそうだ。母さんが連れ出しているだろう。


(聡史…。聡志はどうしているだろうか)


あの小中高ごちゃまぜの中で、いじめられていないだろうか。

あまりのショックで、つい学校をさぼってしまった。その翌日には熊がやってきて、神事とやらをやらされて、今の今まで聡史の事を忘れていた武は急に心配になった。


(ごめん、聡史。これが終わったら…)


終わったらどうするんだっけ?

ああ、そうそう。父さんに東京に戻してくれと頼むんだ。聡史も一緒に。

けど、東京に戻っても聡史はひとりぼっちだ。


(どうすればいいんだろう…)


どうすれば…………。


(それにしても…)


静かだ。

なんの音もしない。昼間はちょっとした音すら、はっきり聞こえたのに、今はなんの音もしない。あれ?


(おかしくないか…)


そう、昼間だっておかしかった。岩壁の洞窟なのに、音が全然反響していなかった。

無響というものだ。そのせいで普段小さすぎて、通常は反響した音に消される音まで聞こえた。世話役ふたりの足音、自分の脈まで。

それが、今はなんの音も聞こえない。


(おかしい…)


この洞窟はおかしい。無響だったはずが、今は音を吸収している。

なぜ、どうして…。

分からない。考えがまとまらない。眠い。けれど眠れない。眠いけど眠れない。

まぶしい…。まぶしいからだ。

誰か、電気を消してくれ。


(電気?)


力の抜けていた武のまぶたが、はっとして開いた。

そして、お面の目の部分に空いた穴から見えたものに驚愕した。


(な…んだ……、これ……?)


真正面、しめ縄のかけられた岩壁が白く光っていた。スポットライトが向けられているくらいまぶしく、強い光が。

そして壁全体を覆った光は、壁の中央に集まり始め、直径50センチくらいの円柱になると長く伸びて、うねうねと蛇行しながら壁から抜け出てきた。

円柱は、岩壁から1メートルくらい前に向かって伸びた後、ぐい…と曲線を描いて上に伸びた。天井まで伸び、今度は同じ様に曲線を描きながら下に伸びてくる。

武は、ただ茫然と伸びる光を目で追った。

光は途切れることなく伸び続け、洞窟の中をのたうちまわった。光の先端は上、下、右、左と、絶え間なく動いている。


(ブ、ブサイク……)


そうだ…。彼らは…。彼らはどうした…。これを見て、どうしている…。

やっと自分以外の人間が居たのを思い出し、武は目だけをななめ後ろに向けた。

かろうじて円陣の中で座禅を組み、両手を軽く膝の上においた姿が目の端に映る。

お面のせいで涼介なのか和也なのか、どんな表情をしているのか分からない。けれど微動だにしていなかった。


(あ……!)


目にした方に、光の先端が近づいてきた。そしてぐるぐる回りを取りかこんだ。


(げ…げん…、幻覚………)


涼介、和也のどちらなのか分からないが、伸びた光が生き物みたいに、のたうち回っているのに、何ごともない様にじっとしているのを見て、武は自分が錯覚を起こしているのかも知れないと思い始めた。

この10日間、ひどい目にあった。心身ともに疲労こんぱい。意識が朦朧とし、脈絡のない考えがさっきから続いている。


(夢だ……)


光の先端が武の眼前にやって来た。

近くに来ると、大きさが武の頭と同じくらいだった。

人の頭くらいの大きさをした光の先端は、これもまるで人が小首をかしげるように、先端を左にかたむけた。


(ほら、やっぱり……)


夢じゃないか。でなければ、光が小首をかたむけるはずがない。


――――ド………。


(ん……?)


――――ド…………。


音が、


――――タ…………………。


違う。これは…。


――――コ…………………。


「え……?」


(しまった…!)


気づいた時には手遅れだった。


武の声に反応したかの様に、前に置かれた天秤が揺れ始めた。

中の水が一気にあふれ出し、ロウソクの炎を消し去る。

正面の岩壁にかけられた、しめ縄が弾かれたように左右にちぎれ、その中央につけられていた鏡が洞窟の左端にふっ飛んだ。

そのとたん、ズ…ン…と地面が沈む衝撃を体に覚えたかと思うと、円柱状の光がはじけて洞窟いっぱいに広がった。

岩肌に亀裂が走り、轟音と共にキャビネットほどの大きさの岩が降る。一度沈んだ地面が隆起し、裂け出した。

武は本能的に逃げようとした。が、体を動かそうとして、はっとした。手も足も、首すら動かないのだ。


(縛られている?)


この時になって、初めて自分が何かにくくりつけられているのに気がついた。


(ぐ……!)


体を押しつぶす地鳴りに、音速旅客機の様な高音が入りまじって耳をつんざく。頭が割れそうな轟音に、ぐっと目をつむってしまった。


その時、ものすごい力で後ろにひっぱられた。

体が宙に浮き、そしてどんと仰向けに落ちる。背中を強く打ちつけ、ぐふ…と息が漏れた。同時に胸に火を浴びた様な痛みが二度、ざっ…ざっ…と走った。

背中以上の痛みに、苦痛に閉じてしまった(まぶた)を目玉が飛び出るくらいに見開いた。


(な…!)


開いた目に、真っ黒なかたまりが飛び込んできた。

なにかが、ふたつ。

お面の下の目にかろうじて映る。

ひとつは武の目の前に立ち、血まみれの短刀を持っていた。

と、それは持っていた短刀で自分のもう一方の手を、ざっ、ざっと二度斬りつけ、前に向かって走っていく。後方に居た、もうひとつのかたまりが、はじけ飛んだ鏡をかがげ、短刀を持つかたまりが一度腰を落とし、勢いをつけて猿のような恰好で両手で握った血まみれの刀を振り上げ跳躍した。

その姿が光に溶け込む。気づくと、見えた自分の足先も光を放ち、体の線が消え始めた。


(た…………)


助けて――――――。


叫んだつもりが声になっていなかった。代わりに、ぱりん…と小さな音が聞こえた。


同時に光が身震いしたかのごとく震え、悲鳴をあげた。いや、悲鳴が聞こえたような気がしただけだ。

だって自分は頭がどうかしてしまったから。

そう思わなくては、目の前に広がる光景をどう説明する。


強い光で見えなくなった黒いかたまりが、再び目に映った時、短刀が鏡を貫き、粉々に割れた鏡の破片が洞窟全体に散った。その小さな破片ひとつひとつが光を吸い込み始め、洞窟全体に膨れ上がった光をすべて吸い込むと、武の頭上で瞬時に集まり、元の丸い形に戻った。


鏡は、静かになった洞窟に、からん…と乾いた音を響かせて地面に落下した。


そんなこと、誰が信じる―――。誰が信じる、こんな化け物―――。


光は消えた。ろうそくの火も消えている。なのに真っ暗であるはずの洞窟が、青い炎に照らし出されていた。

青い炎の中には黒いかたまり、いや人の形をしたものが居た。それが血をしたたらせた短剣を持ち、ゆっくりと武に振り向いた。


「てめぇ…」


ものすごい形相をして、にらみつけ、


「第一青年会議所で(はりつけ)獄門(ごくもん)の刑な…」


と、言った。





―――――ちっ……。


長吉は、思わず舌打ちをした。


(やはり、いかんかったか………)


―――――ん…?


(なんじゃ…。この小僧は何をしておる…)


どういうことじゃ…。こいつはいったい……。


「英彦」


「ん?あ、スイカ?ちょっと待って。後3分、美奈ちゃんがまた来週って言うから…」


英彦は、アイドルが映ったテレビの画面から目を離さずに祖父にこたえた。

だって、ちゃんと“うん、来週ね!”って、お返事しないと。


さっきまで村役場助役として、屋台でタコ焼きを作っていたのだが、このために急いで家に帰ってきたのだ。

役場の仕事は大事だが、可愛い美奈ちゃんに返事をするのはもっと大事だ。

もちろん、美奈ちゃんにお返事をかえしたら、ちゃんと戻ってタコ焼きを作る。

なにせ村の祭は3日3晩ぶっとおしで行われる。

その間、誰も寝ずに祭に来ているから、自分も3日3晩、タコ焼き、イカ焼き、回転焼き、焼きそば、焼き鳥、焼き豚、じゃがバタ、タコ焼き、ワタあめ、リンゴ飴、タコ焼きを作り続けなければならない。

普通、祭の屋台は専門のテキ屋が来てくれるが、神谷村の祭は事情が事情なので、こっそり秘密裏に行われている。だからテキ屋を呼ぶ訳にいかず、出店もすべて村の人間がやっていた。

中でも役場は、屋台を出すのが重要な仕事のひとつになっている。それもなるだけ多くの屋台を。

しかし、役場の職員は現在、英彦ただひとり。

ひとりでタコ焼き、イカ焼き、焼きそば、焼き鳥、焼き豚、じゃがバタ、タコ焼き、タコ焼きを作らなければならないのだ。

まったく村の年寄り連中は、いやになるくらい元気で、3日くらい眠らなくても生きていられるし、食欲旺盛。作っても作っても端からなくなる。おかげで自分は鉄板の前から離れられない。

それでも、お気に入りのアイドルが出る番組は絶対見る。見て、彼女たちが画面の向こうから自分に挨拶をするのに、挨拶をかえすのもかかさない。


(う~ん、美奈ちゃん、いつ見ても可愛いねぇ…。大丈夫、ちゃんと見てるよ~)


「封印が解けるぞ…」


(え………)


英彦は、ぴく…と肩をあげて後ろを振り返った。

冗談…と、言いかけたが、祖父の目が開いているのを見て言葉を飲んだ。


「…解けたじゃなくて、解ける…って…」


「後、2分…持つかどうか…。英彦、その前に真守と伸治にすぐに知らせろ。それから村の者全員を―――――。それが済んだら伸治のおる神社に行って…」


祖父は途中で言葉を途切らせると、ちり…と奥歯を噛んだ。


「解けてしもうた…」

「じいちゃん!」

「待て、あわてるな。中の結界はまだ無事じゃ。入口の結界も…」


(なんだ…。なぜ…。なにを………)


ふ…と、長吉の目玉が正面に向いた。祖父の一連の表情を、英彦が不安げに見ている。


「じい…ちゃん……?」

「まったく、あの悪たれどもは、無茶をしおる…」

「じいちゃん!」


祖父が漏らした言葉に、真っ青になって大声をあげた。


「うるさいのお…。どいつもこいつも生きとるから安心せい。なんじゃ、あの丈夫さは…。可愛げのない…」


(生き…て…る……)


ぶつぶつ文句を言う長吉とは反対に、英彦は、ほう…と大きく息を吐いた。それからすぐに顔を正面に戻して、祖父に聞いた。


「ぶ、無事…ってことは、封印できたの…?」

「ん?ああ…」

「あの子が……?」


まさか…と言う風な目をする。


「ま、実際に手を下したのは涼介と和也じゃがな。真守の推論が間違っておらんかったのが不幸中の幸いよ…」

「そう…。そうなの…。それって……。いや…、しかし……」


祖父の言葉が信じられないらしく、目を見開いたまま独りごとを言った。


「でも…、とにかく…、ほんと……、真守さん、さまさまって訳ですか…」


少しして、安心したのか、口調が村役場助役のものに変わった。


(夜が明けとったか……)


開け放たれた障子から、東の尾根がかすかに明るくなっているのが見える。長吉は、運も幸いした…と思った。


「英彦、お前はさっき、わしがゆうた通りにしろ。それが済んだら、神社に行って、伸治と洞窟に向かうんじゃ…。さすがに和也と涼介も、もう動けん」

「はい」


英彦は短く返事をすると、すぐに部屋を出て行った。


(しかし、妙じゃ…。あの小僧はいったい何をしておったんじゃ。いくら真守が要らん真似をしておったからと言って、挙動がおかし過ぎる…。いや…、そのせいか…)


違う―――――。


(おかしいのは、やつの方だ…。あれだけ時間があれば出られたはず…。なのに、みすみす封じられおった…。いったいぜんたい……)


ぶる…と、長吉は知らずに身震いした。

真っ白な髪、ひげ、眉…。全身の毛という毛が逆立ち、古く、枯れた血が逆流した。

はたから見れば、びしょ濡れになったチンチラが、水をはじくために体を震わせた様に見えたに違いない。




武は、一度止まった心臓が再び動き出したように、びくんと大きくのけぞり、音を立てて息を吸い込んだ。

弾かれたように開いた目を、なんどもまばたきさせる。


「武!」


(父さん…?)


ぼやけた視界に祐輔が映った。


(なんだ…。やっぱり夢だったんだ…)


父親の顔を見て、武はほっとした。そうだ、でなければ、あんな変な事ある訳がない。

守子だとか、神事だとか、崖から落とされたり、イノシシに追いかけられたりなんて…。


「よかった…。無事で…。よかった…」


あんなSFX映画みたいな…。


「大丈夫。もう大丈夫だから…。母さんも聡史も無事だよ。村の人達も…。だから安心して…」


あんな…………。


「聡史と母さんは、村の人達と一緒に避難しているから、ここに来れないんだ。けど、すぐ会えるから……」


「!!」


夢だと思っていたのに、涙ぐむ祐輔の後ろのふすまが開き、あの黒い化け物が現れた。

足音も立てずに背後に立つのに、わなわなと震える手で、武は父の腕を弱々しくつかんだ。


「に……」


逃げて…というつもりが声になっていない。


「武、目を覚ましましたか」

「うん…、やっと…」

「よかったです」

「ありがとう…。本当にすまなかったね。涼介君」

「そう何度もおっしゃらなくても…。第一、俺たちは役目を果たしただけです」

「いいや…、君と和也君が居てくれなかったら、どうなっていたか…。何度お礼を言っても足りないよ」

「と……」

「ん?なんだい。武」

「ば…、ば…、化け物…、化け物…」

「武、化け物じゃないよ、涼介君だよ―――。息子が失礼なことを言ってすまないねぇ、涼介君」

「いえ、お気になさらず。よく間違われるので」

「そう?それにしても涼介君、ちょっと見ない間にずいぶん髪が伸びたねぇ」

「はあ…、さすがに今回は(りき)んだんで伸びてしまいました。うっとうしいので切りたいのですが、しばらくは、このままで…」


そうか、そうだねぇ…。すまないねぇ…と祐輔が言うのに、


(り、りょうすけ?!)


と、武は、これでもかというくらいに目をむいた。それはそうだろう。


祐輔が涼介だと言った化け物は、腰まである長い髪が漆黒と言う色をしていた。

陶器のように白く透明な肌に、つりあがった大きな目も漆黒という色をしていて、これも同じく漆黒の長く濃いまつげにふちどられていた。

薄い唇は血のように赤く、色鮮やかで、神話に出てくるような顔だったのだ。

これのどこを見て、人間だと思えるか。


「あ、目を覚ましましか」

「ああ、和也君。うん、今…」

「よかったですね。祐輔さん」

「うん、うん、本当にありがとう。和也君」

「と…!」

「ん?なんだい?武」

「ば…、ば…、化け物…、化け物…!」

「武、化け物じゃないよ、和也君だよ―――。息子が失礼なことを言ってすまないねぇ、和也君」

「いえ、お気になさらず。よく間違われるので」

「そう?それにしても、相変わらず和也君は美しいねぇ。まあ、これじゃあ、武が驚くのも無理ないかねぇ」


(か…!か…!か…!)


祐輔が和也と呼ぶ物体に、武の息が止まった。それはそうだろう。

黒なのに光を反射し、薄く緑色を帯びた銀色に見える髪は、細く、羽の様に軽やか。

もうこれ以上ないというほどに、完璧な曲線を描いた輪郭の顔の彫りは深すぎず、浅過ぎず。

細い鼻梁を中心に、長く濃いまつ毛が縁取りされた目は、独特な横に長い形をしていて、中の瞳もまた、薄く緑色を帯びて、きらきらと輝いていた。

ブライダルピンクの薔薇に似た色の口元に至っては、神々しいまでに形が良い。

極めつけが肌だ。濃厚な生クリームみたいな、とろりとした色と艶――――――。

この肌のせいで、やたらめったら色っぽく見える。

これをどうして人間と言えよう。いや、まず男なのか?これ?


洞窟で、あの光が暴れる中、鏡が割れると同時に、お面も割れて、この姿が現れた。

てっきり、武は光と同じ化け物だとばかり思っていたのだ。


「ん?武が驚いているという事は君達、“影”をかけてたのかい?」

「はい。俺はともかくとして、和也さんはまずいだろうという事で」

「は?なんで俺がまずいよ?まずいのはおまえの方だべ。今、人喰ってきましたみてぇな(つら)がよ」


―――――いや、どう考えても和也さんです。


「まあ、とにかく例祭に支障がないようにと…」


涼介と呼ばれた化け物が言うのに、ああ、そうか。そうだねぇ。そういわれるとそうだねぇ…と祐輔がうなずくのを見て、


(ほ…ほんとに…?)


顔は別人だが、確かに声があのブサイクコンビだ。なんだ、なにがどうすれば……。これがああなって、こうなる。


(あ…!)


そんなことより、もっと大事なことがあるのを思い出し、武は勢いよく布団から上半身を起こした。


「いた…!」


すると胸に針を刺した様な痛みが走り、背中を丸めてしまった。


「武、まだ無理をしちゃだめだ」


祐輔が青い顔で息子の背に手をやり、体を支える。


「治療してもらったけど、やっぱりすぐには治らないそうだ」

「父さん、僕…」

「分かってる。分かってるから…」

「あれは…」

「大丈夫だ。ちゃんと封じた」


武の不安げな声に、横から血のしたたった様な唇がそうこたえた。


「涼介さん、ほんとに…?あれを…」


それにも血のしたたった唇がなにかを言いかけた時、また、ふすまが開いた。



「目が覚めたか」


そう言って、また違う人間が入ってきた。いや、人間じゃない。チンチラだ。


「村長」


(村長?!)


チンチラに向かって3人が頭を下げるのを見て、また頭がクラクラしてきた。

さて…と、部屋に入ってきた村長は武の枕元に座り、


「3人揃ったところで、もう一度話を聞こうかの」






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