07 鉄の鳥籠
シアーズがロン島を出発して間もなくのことだ。ローランド卿率いるイギリス海軍が、スペイン側の許可を得ないまま、海賊討伐を掲げて島に上陸した。
この噂は瞬く間に世界中の海賊の間に広まった。どうやらリクリスが襲われたらしい。イギリスが本気でスペインに戦争をふっかけようとしている。そのうち世界中の海を手に入れるつもりだ。次はフランスの島のどこかを狙うらしい。掴まってみろ、裁判なんかなくったって絞首刑だ……。噂は尾ひれをつけていった。そしてそれは、フランスにいたシアーズの耳にも入った。
「嘘だろ!なんでスペイン領に本国の海軍が出て来るんだよ!」
シアーズは明らかに動揺していた。なぜこんなにも動揺するのか、今となってはよく分かる。シルヴィアを残していった方が危険だった。まさか本国の海軍が、人間に紛れている女を海の魔物だと信じるとは思えなかった。だが甘かった。艦隊を率いているのはローランド卿だ。どんな理由にかこつけてでもシアーズを吊し上げることができれば、何だってしてくるのは分かっていた。シルヴィアが魔物であろうとなかろうと、魔物だったことにするくらい簡単だ。
後悔しかない。しかし、このまま見過ごすこともできなかった。シアーズはすぐに船をロン島へと戻した。
リクリスに着いてすぐ、シアーズはあの宿屋へと向かった。街は幸いにも海上からの砲撃を受けることは無かったようだが、人々はいまだ怯えていた。店がいくつか破壊され、薬物を取り扱う者が騒ぎに紛れて殺されたらしい。火事になったところもあるようで、焼けた家の残骸があちこちで見られた。石畳の道には、蹴散らされてだめになった商品や板の破片、ごみなどが散乱している。金目の物はすでに誰かの手によって回収されていた。
シアーズは島に着くまでに、スペイン海軍を見かけた。幸いにも海賊を片っ端から捕まえようというつもりはないようだった。わざわざ追いかけてくることはなかった。だとしたら、警戒しているのは他国の海軍か。島を襲ったイギリス海軍を警戒しているのだろうか。イギリス海軍、それもこんな無茶をするやつなど、一人しか知らない。
宿屋に着いた。その周辺の建物には銃弾の跡があった。窓も割れている。焼け焦げた痕跡もある。どうやら人はいるらしく、少し安心してドアを開け、主人を呼んだ。
奥から、頭と腕に包帯を巻いた主人が出て来た。所々に痣がある。シアーズは主人の胸を掴んで言った。
「おい、シルヴィアは!どこにいる、出せ!」
主人は重く長い溜め息をつき、申し訳なさそうに口を開いた。
「アート、怒らないでくれ。どうしようもなかったんだ。あの娘は、海軍に連れて行かれた」
シアーズの手の力が緩んだ。顔が青くなった。
「誰にやられた……?」
力の無い言葉が途切れ途切れに絞り出された。宿の主人が再び溜め息をつく。
「海軍の奴ら、最初っからこの宿を狙って来たんだ。多分、あの娘が来てから少しして、奴らがこの島を調べ始めたんだろう。ふた月あれば、調べるのには十分だろうからな。海軍が来た時、俺は客が来たんだと思って出たんだ。そうしたら、いきなり銃床で殴られて気絶しちまった。だから、その先は知らねえんだ。見た奴の話によると、シルヴィアが裏口から逃げて、海軍の奴らが銃を持って追って行ったらしい。どうもお前の手から保護する、なんて感じではなかったらしいぞ。あんな娘が海軍に狙われる理由が俺には分からねえよ。でも、この島にいるだけで海賊と深い関係があることに違いはない。何か、俺達の知らない理由があったって不思議じゃあない。皆そう言ってるよ。すまなかった。全員死ななかっただけで儲けもんさ」
シアーズは吐き気をこらえた。心臓が口から出てきそうだ。八つ当たりに、この男を殴ってしまいたい。しかし、荒らぶる気持ちを抑えて聞いた。
「どんな奴が来たんだ?」
「さあねえ、士官は見てないからなあ。そうだ、隣の酒場の旦那に聞けよ。あいつは見たらしいぞ」
シアーズは主人を突き飛ばすように放した。そして礼も言わずに、急いで酒場へ向かった。