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06 リクリスの宿屋

「え……今、何て……!?」

 驚きのあまり、シルヴィアの声は震えている。シアーズは目を逸らした。彼女の瞳があまりに綺麗で、吸い込まれそうだった。

「だから、その……人間は喰うなよって言ったんだ。俺達と生活してる間、お前、人間の食いもん食っても大丈夫そうだったし、ここで騒ぎ起こしたら居場所を追われるし……。いや、俺が実際、無理矢理連れて来たんだが……今更だろ。その……」

 シルヴィアの目が恐怖の色をはらんだ。見ているシアーズにも伝わるくらい、動揺している。

「やっぱり気付いて……」

「最初っから知ってたよ」

 シアーズは背を向けて、当たり前のごとく言った。だが、彼女は彼の前に回り込み、目を逸らさずに早口で尋ねた。

「知ってたのに、どうしてこんな……」

 少し間があり、シアーズは彼女に向き直った。まっすぐ目を見つめる。

「じゃあ俺だって聞くけど、どうしてお前は船に乗ってて何もしなかったんだ。喰おうと思えば、いつだって乗組員を襲えただろう。俺だって喰えたはずだ。手錠だって外してたし。最初は恨んだだろう。餌に飼われる羽目になったんだからな」

 言いつつ彼は、再びそっぽを向いた。目が合わせられない。

 二人の間に沈黙が流れる。何も言わないシルヴィアに対して、シアーズは心配になった。おそるおそる彼女をうかがう。そして、焦ったように言った。

「ばか、お前なんで泣くんだよ!」

 シルヴィアは何も言わずに泣いていた。子どものようだった。

 どうしていいか分からない。シアーズはうろたえた。今まで長い時間を過ごしてきた中で、女っ気などあろうはずもない。海で生きる荒くれた男たちは、言葉一つで涙を流すほどでは生きていけない。目の前にいるのが本当に人々から恐れられる魔物である自信もなくなってきた。

 困惑しながらもシアーズは、そっと肩を抱き寄せた。温かい。そう思った。

 シアーズは辺りを見回した。どんな言葉をかければ喜ぶのかも分からない。今まで、女なんて陳腐な言葉をかければ簡単に落ちる者でしかなかったから。

「あーもう、時間さえあればいつでも会いに来てやるよ。この島のやつらは全員が良い奴とは限らないけど、俺の知り合いもいる」

 その時、主人が奥から帰ってきた。音も立てずに彼らの後ろへ近づく。

「アーティ。女の子は泣かしちゃだめだぞぉ?」

 シアーズが驚き、肩が上がった。急に心拍数が跳ね上がる。

 気配に気づかなかった。足音にも――。シアーズは顔を真っ赤にして振り返って叫んだ。

「てめえ何聞いてやがる!しかもさっきから気になってたんだが、壁のあのポスター!なんだよ!」

 指差した方には、イギリス海軍特別指名手配中の『超極悪海賊アート・シアーズ』の懸賞金に関するポスターが貼られていた。相当な額の懸賞金だ。これも、自業自得といえばそうなのだが。

「え?いやがらせ」

 主人は悪戯っぽく、ふふっと笑った。シアーズは顔を赤くしたまま、ちくしょう、変な真似すんなよ、と言いながら足音も荒く出て行った。

 扉が閉まると、静けさが戻ってきた。泣いたあとを必死に隠そうとしているシルヴィアを見る。主人は優しい溜め息をついて言った。

「君も物好きだねえ、あんなのと」


「ロン島あたりだな……」

 海の上で、ローランド卿は海図を睨みながら呟いた。

 スペイン領海のはずれの方にある辺境の島。海賊の島。以前から探っておこうと思っていた。時間がなくてなかなか出来なかったが、いい機会だ。それに昨日、すれ違った漁船の乗員に話を聞いたところ、ファントム・レディ号と思しき船がロン島の方から来るのを見たという。

 一つ困ったことは、スペイン側の許可がとれないということだ。何しろ本国への連絡手段は限られているし、本国へ連絡してスペイン側に領海侵入の許可を取ろうとしても、いったいどれほどの時間がかかるが分からない。その間にも、標的には逃げられてしまう。

 彼は部下たちを見て、ひとしきり考えた。だが、諦めたようにコンパスをいじりだした。

 今更何だ。女王は今回の命令を、命を捨ててもやり遂げよと仰った。ならば、命令に従うのみ。

 ローランド卿は、艦隊に編入してあった武装商船単艦で島へ行くことにした。まず、部下に変装させ、ロン島の、シアーズを知っている人物に探りを入れた。いくらでも情報は手に入る。なにしろシアーズは有名人だ。

 程なくして、島の南端の一番栄えている港街、リクリスにある安宿に最近、シアーズが若い女を預けて行ったという情報を掴んだ。時間をかけて調べさせると、確かにいるという。

「奴が盗んだ女を売らないとは……さては、その女に恋でもしたか。とにかく手放したくないらしいな。よし、そいつを捕まえるぞ」

 ローランド卿が笑った。しかし、その目は笑っていなかった。

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