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05 針路を変えて

 翌朝、シアーズは針路をスペイン領の島に変更した。ロン島という。スペイン領といっても辺境の地だ。海賊の島と化している。小さな島で、人口も少ない。海賊が船を修理したり物資を補給するために作られた街だ。宿屋もあるが、酒場の方が多い。各地から海賊が立ち寄るせいで、情報が非常に多く手に入る。

 まっとうな商船なら、よほどのことがない限り決して近づこうとはしない。街に住んでいる者は女も子供も海賊ばかりだ。昼間から飲んだくれている者はごろごろいるし、人が死ぬことなんて当たり前すぎて、感覚が麻痺しているような狂った場所だ。だが、辺境すぎて海軍は滅多に介入してこない。いわば、海賊にとっての安全地帯だ。

 このまま順調に行けば、今日の夕暮れまでには着けるだろう。

 昼過ぎに、シアーズはシルヴィアを船長室に呼んだ。近頃はシルヴィアは手錠を外され、船の中なら監視付きではあるがある程度自由な行動を許可されていた。港に停泊するときは、シアーズは彼女を片時も離そうとしなかった。シルヴィアも彼の命令には従い、人間らしく振舞っていた。海の魔物であるセイレーンの本性をもってすればたやすい力仕事も、か弱いふりをしてみせる。完璧な演技だった。誰もが彼女が魔物であるという疑念を忘れかけていた。

 船長室に来たシルヴィアは、何事かと尋ねた。

「もうすぐ、本国から離れた……いや、イギリス領じゃねえな。スペインの島に着く。そこには海賊がたくさん集まるし、親しい奴もいるからな。お前はそこに残れ。面倒見てもらえるだろう。本国の海軍は手が出せないだろうしな」

「い、いやですっ!」

 まさか拒否されるとは思わなかったので、シアーズは一瞬面食らった。

「わがまま言うな!最初に言っただろう、俺に絶対服従だと」

「でも……」

 最初と比べて明らかに変わった彼女の態度。翻弄されるのが自分でも分かる。馬鹿みたいだとは承知しているが。シアーズは静かに溜め息をついた。

「俺だってしたくてしてるわけじゃないんだ。分かってくれ。俺達と居るとやはり危険だ。海軍に狙われた時、守りきれない」

 特にあの海軍大将に狙われるとなると、足枷にしかならない。海賊が海の魔物を飼っているとなれば、容赦しないだろう。部下の士気にも関わる。言いかえれば、それは命にかかわることだ。

 シルヴィアは目を伏せて、こくんと頷いた。心底納得はしていない表情だ。その様子を見て、またため息をつきたくなる。彼は顔を背けた。


 日が沈む頃、予定どおりに船はロン島の港に着いた。シアーズはシルヴィアを連れて、リクリスという街の安宿へ行き、主人を呼んだ。主人はシアーズが海賊になった頃からよく知っている。この世界で数少ない信頼できる人物だ。

 部下は物資の補給に行かせてある。一晩この港に停泊し、準備が整い次第出発する。行先は決めていない。どこかイギリスの海軍の手が出せないところで、しばらくやり過ごすつもりだ。

「おお、アーティ、久しぶりだなあ。相変わらず悪ガキしてるのか?イギリスからの懸賞金額が増えたって聞いたぞ。今日は泊りか?」

 出迎えた主人は白髪の老人だった。お腹が出ていて、気さくそうな男だ。彼の腕には骨のいれずみがあった。海賊だという印だ。

「アーティっていうな。もうガキじゃない」

 恥ずかしそうにしながら、つっけんどんにシアーズが言う。

「今日は違う用事で来た。こいつ、預かってほしいんだ」

 シアーズがシルヴィアの背中を押し、主人の前に立たせる。彼女は緊張しているようだ。見ず知らずの人間の前に立つ機会など、魔物であれば滅多にない。不安そうにちらちらとシアーズを見ている。

「アーティ……お前、また女の子かっさらってきたのか?珍しいねえ、売らないなんて。お前、大抵ここには物売りに来たろう。なんで売らないんだ?高くつきそうじゃないか」

 品定めするかのような目で、主人がシルヴィアを見た。先ほどとはうって変わって海賊の目をしている。思わず彼女はシアーズの陰に隠れた。

「なんでって……なんでもいいだろ。ていうかそんなこと言うな!怯えてるじゃねえか!いいか!俺の居ない間になんかしてみろ。ただじゃ済まねえからな!」

 主人はにやにやしながら答えた。

「はいはい、分かりましたよ。じゃあ早速、うちで働いてもらおうかね。そんな細い腕でも、ここじゃあ働かない奴に食わせる飯はないんだ。人手はあって困るもんじゃないし。ちょうど一人、新しく人を雇おうかと思ってたんでね」

 主人が宿の厨房へ消えると、シアーズは遠慮がちにシルヴィアを引き寄せた。そして、耳元で囁く。

「あのな、ここの人間は喰うんじゃねえぞ」

 シルヴィアは驚いて目を見開いた。振り返ると、少し恥ずかしそうにしているシアーズと目が合った。

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