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02 交差

 シアーズの海賊船、ファントム・レディ号が島を離れてしばらく経った頃だ。暗い船室で女が目を開けた。彼女が寝ているベッドの隅に男が腰かけている。彼は何とも言えない表情で女を見つめていた。

「……気がついたか」

 目をちらちらと動かしながら、男が呟く。女が肘をついて身体を起こし、辺りをゆっくりと眺める。まだぼうっとしているようだ。

「ここは……?」

 かすれた声で彼女が尋ねる。

「ファントム・レディ号の船長室だ。そして俺はこの船の船長、アート・シアーズだ。名前くらい聞いたことあるだろう」

「海賊船……」

 部屋の調度品を見ながら、女が呟いた。

「そうだ。航海の途中でお前を見つけた。お前、名前は?」

 彼女はシルヴィア・ベインと名乗った。どうせ偽名だ。シアーズはそう思った。彼女をずっと見ていたが、一度も目が合わない。どうやら黒い瞳をしている。

 シアーズはふとシルヴィアが怯えた表情をしているのに気付いた。

「なんだ、売られるとでも思ってるのか。お前は俺が見つけたんだからな、俺の物だ。だからこの船に居ていいし、売ったりしない」

 彼女は何も答えなかった。当然か、と心の中で笑う。捕まえて喰う予定だった人間に、逆に捕まっているのだ。軍人やまともな人間なら、ためらいなく彼女を殺しているだろう。

「お前、あの難破船に乗ってたのか?」

 こちらが彼女の正体に気付いていないふりをするため、シアーズは尋ねた。ぽかんとしていたシルヴィアがうなずく。

「そうか、えらい目に遭ったな。どこか行くつもりだったら近くの港に停泊する時に降ろしてやるぜ。特別だ、お前は美人だからな」

 そう言って彼はちらりと様子を見た。シルヴィアは何を考えているのか分からない表情だ。

「いえ……結構です。私は特に行くあてもなくて」

「ならどうしてあの船に乗ってたんだ」

 彼女は黙ってしまった。言いたくなけりゃいい、とシアーズは付け加えた。

 嘘が見え透いている。この船の乗組員を狙っているのだ。

「だったら、お前はこの船に気が済むまでいりゃあいい。俺が許可する。途中で行きたい場所が決まったら港で降りればいいし、ないならこの船にいろ。その代わり、この船の上では俺がルールだ。俺の言うことには絶対服従だ」

 シルヴィアは急に顔色を変えた。人間を喰おうと思ったのに、飼われてはたまらない。

「ちょっと待って下さい!強引です!私は……」

「うるさい!さっき言ったことが聞こえなかったのか!それともどっかの大貴族に飼われたいのか?それぐらいの器量がありゃあ、いくらでも値段はつけられるぜ。俺の儲けになってくれるってなら喜んでそうするぜ。俺を善人だと思うなよ」

 シアーズは怒鳴ると、乱暴にドアを閉めて出て行ってしまった。彼女は黒の波打つ髪をなでようとした。しかし、腕に手錠がつけられているのに気付いた。頑丈な鎖だ。

 まあいい、チャンスならいくらでもある。生意気な人間もあと少しの命だ。だが、本当に人間は傲慢で気に食わない。彼女は一人、心の中で呟いた。


 同じ頃のことだ。イギリス海軍では、かねてより海の魔物の討伐が計画されていた。商船や漁船の被害も増えつつある。国益を損ねるゆゆしき問題を解決するよう、女王が命令したのだ。討伐準備は整いつつあった。

 最高責任者にはウィリアム・ローランド海軍大将が抜擢された。大将という地位に就くには若すぎる年齢だ。黒い髪、黒い瞳、象牙のような色の肌。彼は東洋人だった。整った顔つきに、周囲の軍人に比べれば背丈も低く華奢といえる。面影は女性的だった。長い髪は首の後ろで一つに束ねている。群青色のコート、同じ群青色の帽子に白のズボンがよく映える。

 様々な噂と憶測が飛び交うが、東の海賊王の息子だという説が有力だ。義父はエドモンド・ローランド卿だ。ローランド家といえば由緒正しい高位貴族の家系で、長らく王家に仕えている重臣だ。そんな中、どう見ても養子の当主は噂にならないわけがない。人目のあるところに出れば、その出自を囁かれる。女性たちは彼の身分と容姿に群がろうとする。戦績もあり、実力はたしかなものだった。

 だが、人々はその出自によって彼を遠ざけていた。彼の目の前では媚びへつらい、陰では噂を好きに言う。彼の実力と身分と教養、そして女王に気に入られているがゆえに、直接何もしてこないだけだ。全てを知ったうえで、彼はあえてその地位にいた。

 ローランド卿は今回の計画にあたって、以前他の将校が取り逃がしたセイレーンを捕まえようと意気込んでいた。彼をよく理解する者は、若いがゆえに無茶をするなと優しくいさめた。

 そんな彼にはもう一つ目的があった。

「閣下、本当によろしいのですか」

 彼の従者が問う。ローランド卿は微笑んでみせた。

「毎回出航の度に言わせるな。海賊アート・シアーズを仕留める。私がしなければいけないんだ」

 従者が敬礼する。

 セイレーンが海賊船に乗り込んでから二日後のことだ。ローランド卿の愛船エンプレス号を先頭に、艦隊が港を出港した。

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