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残骸の英雄  作者: 切子QBィ
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幕間1、酒場にて

「えぇと、よく聞けや? まずこの共和国、オルノン共和国の東隣、元公国から別れた自治領主ノルディムド=メイルデン公が即位した貴族主義のメイルデン王国がある」


 程よく麦酒(エール)が回った赤ら顔で、初老の巡回商人が喋る。まとう服装は紺を基調とした旅人の服。着古した様子が、旅慣れた印象を強く植え付けた。

 商談が上手くまとまった事による上機嫌と、麦酒の与えた湿り気が舌の滑りを加速させる。この地方の名物、肴に頼んだ干し鶏の煮込みも拍車をかけた。

 商人の周りには雑多な喧騒と熱気、酒場の粗末な座席には、似たような身の上の巡回商人達や傭兵が様々な料理や酒、そして情報を酌み交わしている。酒場のテーブルや壁はヒビやシミ、そして明らかに刃傷沙汰なキズが彩るいわゆる『色々な年期を感じさせる』代物だ。

 混沌と争乱、熱気と乱痴気騒ぎがボルカを踊る街道沿いの酒場。しかし商人はこの空気が昔から好きだった。……正直こういう場所以外で酒を飲む場所はまともに行ったことは無いのだが。


「その北方に列強、ガイルデン帝国、通称『赤の国』があり、共和国から海を挟んだ南方の向こう側には商業国家、ノックス海洋連邦国、通称『金の国』が構える。……この金の国は商人やるなら知ってなきゃモグリだからな?」


 返答は、無い。眼前のテーブルには十代半ばの少女がシチューをすすっていた。

 輝く夕日のような赤毛の長髪。意志の強さを感じさせる金剛石の黒目。愛らしい鼻梁と整った輪郭。

 着る服こそ灰色のズボンにシャツ、茶のコートなど、巡回商人らしい粗末なものだが、それらしく着飾れば良家の子女と言い張れるかもしれない器量だ。


「ン、ンガ、ムグ……」


 ただし、シチューの合間に豪快に骨付きの豚肉のロースト、香草風味をかじったりしていなければの話だが。


「……フォルシア、ご老人がせっかく語ってくれるのだ、行儀良く聞け。それから、行儀良く食べろ」


 少女の真横から渋い男の声がたしなめる。横の座席には黒山のような大男が腰掛けていた。

 立てばニメートルを超える身長、逞しい四肢。しかし全身は巨大なコートにくるまれ、その顔はフードの奥で闇に染まる。指先までも包帯で巻かれていた。一切の肌の露出がない異装だ。

 男のテーブルには小さな杯、蒸留酒(スコッチ)が置いてある。奇妙なことに、先ほどから男は杯の中身を指につけたり、フード奥の顔へ杯を傾けたはいいが、すぐに手元に置いて飲むのを止めてしまった。

 溜め息をつきながら杯を眺めているが、下戸ならばなぜ酒など頼んだのか?


「巡回商人は体が資本、ちゃんと食わなきゃ保たないのよ。悪いけど、このおじさんのいうことはあたしだって知っているよ。あんたがあたしの言うことが信じられないっていうからわざわざ他人様に語ってもらって……あ、悪いねおじさん、続けて続けて」


 聞けばこの大男は山の中で長い間暮らしていたためとんと世俗に疎いらしい。そのため少女に一つ世情を教授してくれと先程頼まれたのだ。

 ずいぶんと勝手な調子で話を進める少女にめげず、初老の商人は話を続行。このぐらいでめげては巡回商人は出来ない。


「わしゃまだ五十代いっとらんぞ! ……えぇ、それからさらに南方には異人種共の国、ソルリュウム国があるな。通称『黒の国』あるいは蛮族を統べる『魔王の国』のほうが有名かな? まあ得体のしれん異人種の国には相応しい蔑称……」


 言葉が止まる。話などまるで聞いていなかった少女が険しい視線で商人を射ていた。


――……な、なんじゃい?


 少々気圧されながら、少女の後ろの壁に立てかけられた、ある異物に気づく。

 布に包まれた長い棒状の物体。長さは少女の身長よりやや長い、幅は10センチ程度。


――……銃?


 金に余裕がある巡回商人や傭兵ならば、《青麦の乱》の際に大量に出回った先込め銃を持っている場合もある。しかし実際はもっと短いものだし、「先込め」という機構上使い勝手が悪いため個人ではあまり普及していない。

 なにより少女の身では銃は持て余すだろう。となると大男のほうの得物なのだろうが、酒場に入ってきた時点で持っていたのは少女だった。


――よぉわからん二人組じゃのう……


 少女は快活だが、やや言葉が乱暴だ。まあこういう仕事だから自然と鍛えられて粗雑になるかもしれない。

 一方、大男の口調は無駄に仰々しかったりするが、なかなかフランクかつ礼儀正しい。山の中にいたとは思えないほど教養と知性を感じさせる話し方をする男だ。変な見た目だが、気がつけばすぐに話慣れてしまった。


「ま、まぁ、周りの国はそれぐらいかな……

あー、あと最近強盗団が出てくるらしくてな。まあ狙われてるのは街道から離れた酒場や宿場だからこの辺りなら……」


 瞬間、空気がはぜる。背後で衝撃を感じた。硝煙が鼻を刺す。

 とっさに振り向いた先には店入り口で陣取る皮鎧に覆面の男達、約十数名。先頭の一人の天井に伸ばされた右手には、天井を穿った「魔法の杖」、先込め銃が握られていた。


「お前◇☆▼△※ッッ――――!!」


 怒鳴り過ぎて聞き取れない絶叫。しかし意味は解る。いやになるほど解る。


「ねーねー、おじさん」


 なぜか無邪気な声で、少女がにこやかに語りかける。


「強盗団って、あれ?」


「……あれが強盗団じゃないなら、《青麦の乱》はただのケンカ祭りだ」


 とりあえず、儲け分が全て飛ぶのは覚悟した。あとは命が残るか。この少女が襲われる可能性も決して低くはない。その時は自分はどうすればいいのか。

 無性に、普段からよく怒鳴る妻に会いたくなってきた。


「……いよっし! 読み通り! 街道外れの店が無くなったら絶対この店くると思ってたんだ!」


 しかし少女は変わらず快活な声を上げる。ひょっとしたら状況を理解していないのか?


「ジャド! 出番だよ、やっちゃって! 賞金首だよ、賞金首!」


 呼びかけに男が立ち上がる。太い指がコートにかかった。


「――――やぁれやれ、私としては久しぶりに喧騒を楽しみたかったのだが、な」


 脱ぎ捨てられるコート。巨大な布が舞う。表れるは黒鋼。


「――参るか」


 言葉と同時に、黒風が()ぜる。


  ◇◇◇



 一時間後、駆けつけた軍警察隊は、目撃証言に多発する「黒い嵐」という表現に皆一様に首を捻ったという。


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