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残骸の英雄  作者: 切子QBィ
6/7

第一幕《終》英雄の帰還

   ▽


「よし!」


 柔らかに刺す朝日の中で、フォルシアは勢いよく声を上げる。

 我ながら上手く縛れたと思う。会心の出来だ。

 足先で軽くける。ゴロリと簀巻きにされた死霊術士が力無く転がった。

 竜との激闘の後、勝ち目無しと退却しようとした所を瞬く間に黒騎士に捕まって気絶させられたのだ。ジャド曰わく、「戦えぬ者に殺す価値無し」ということで、あとで兵隊の詰め所にでも引き渡そうと思う。いくらか貰えるだろうし、さぞこの男も共和国兵からの楽しい楽しい(・・・・・・)会話(尋問)が待ち遠しいではないだろうか。



   ▽/


「ふう、久しぶりに本気で動いたのはなかなか楽しかったな」


 肉が焼ける臭いが鼻を突く。

 壁に貼り付けにされた地竜の死骸はジャドに火をつけられ、パチパチと燃えていた。

 「二度と利用されぬように」という彼なりの供養だ。

 燃える竜を横目に、すっかり剣が少なくなった城壁前でジャドは穴を見て途方にくれていた。


「……しかしこれどうやって塞ごうかな? 材木かなにか調達を――――う、」


 朝日に照らされ、穴の向こうが見える。胸を湧く苦しみから逃れるように、ジャドはそこから目をそらした。

 向こう側、壁の彼方を彼は見たくはなかった。それを見たなら、全てが無駄だったことを知ってしまうから。

 ジャリッと、鉄片を踏む音が響く。


「……おい、フォルシア?」

 少女は黒騎士の側を通り、城壁の穴へと近づいていく。


「おい、待て!」


 彼女の肩を手を伸ばす、己をふくめ誰もあの中へ踏み入れさせたくない。

 しかし、振り向いたフォルシアの瞳には、変わらぬ決意があった。


「ジャド、あたしはあの中へ行く。どうしても探している物があるんだ。だから――――ジャド、あんたも一緒に行こう」


 半ばまで伸ばされかけた、その太い指を少女の小さな手が握った。


「う、うむ、わ、私は……」


 黒騎士の膂力ならば簡単に振り払えるだろう少女の細い指を、それでも男は振り払えない。

 わかっていた。いつか目を逸らし続けた真実と、邂逅せねばならぬことは。

 わかっていた。それをしない限り、この亡霊の日々は終わらない事は。


「――行こう、ジャド」


 少女に導かれながら、男は自らが帰るべき場所へ足を踏み出した。



   ▽/



 城壁の中には、緑が茂っていた。

 内部端のほうにあった畑は延びきった植物に覆われている。周囲にある小屋の屋根は朽ち果て、壁には蔦が生い茂っていた。

そして中央部、城というよりは砦に近い構造の城塞は、数十年以上の時を超えまだ原型を保っている。

 だがその壁には隠し切れぬ時の痕が見えた。

 建物は人が住まねば劣化が速まる。

 初夏の日の光の中、ひび割れたレンガと割れたガラス窓。

 三階最上部には、城壁を飛び越えた数本の矢。所々には、小鳥が巣を作っていた。

 生者無き寂寥と死を超えて、生える緑と小さな生命が生きずいている。


 すでに、この城塞都市は人の物ではない事を黒騎士は知った。この場所は小さな命の居場所だ。


 気がつけば、中庭でその両の膝を地につけていた。自らを支え続けた力が抜けていくのを感じる。


「わかって、いた。わかっていたんだッッ……!!」


 十万の兵、苛烈なる運命(さだめ)、積み上げた殺人、命無き死竜、そして、数える事さえ止めた年月。

 そのどれにも屈さなかった騎士は、ただ目の前の光景に全てを打ち砕かれた。


 巨大なその両腕で苔むした石畳を叩いた。地を巨大な振動が突き抜ける。

 砕けへこむ石畳を意に介さず、幾度もその拳をぶつけた。強く、強く、幾度も。


「わかっていた、城の水と兵糧はどれほど節約しても二十日分しか保たなかったことはッ!」


 黒騎士が、リビングメイルとなって軍勢と戦い続けた日数、実に五十五日間。眠りも食糧も必要としない不死の体だからこそ戦い抜けた。

 だが城に居る者たち達は不死ではない。


「城壁の前でいくら呼びかけようと、応える声は無かった…… 私は、中を確認することが出来なかった」


 仲間たちと命を懸けて守ったものが、指の間から水が零れるように消えていく。その事実からただ逃げ続けた。


「戦えば、戦い続ければそれを見なくて済む。私は戦うことを逃げ道にした……逃げるために、城壁に居続けた」


 それでも、この世界に永久が無いことを男は知っている。おだやかな日々が永久に続いてほしいという、その願いが砕け散った日から。

 今日が逃げ続けることから、終わる日だ。


「……ジャド」


 声に首を上げる。視線の先には、手に光る物を掴んだフォルシアがいた。

 城の中への探索から戻ってきたのだ。


「落ち着いて。全員飢えと渇きで死んだなら、遺体が野晒しになっているはず。でもここにはそれは無い」


 言われて辺りを見渡たす。簡素な急拵えの墓はあったが、確かに本来なら人骨でも散らばっていそうなのにそれが見当たらない。


「ほら、あれを見て」


 少女の指差す先には古井戸、たしか掘ったはいいがすぐに枯れてしまった穴だ。井戸の周囲には、大量の土砂が積まれていた。


「この辺は地盤がしっかりしてるけど、地下水脈が結構大きいのが走ってるんだ。

それで本当にギリギリの時に気づいたんだ。枯れた水脈を村側へ魔術士の掘削魔術で掘って脱出路を作れるんじゃないかって」


「……な?」


 言葉が出ない。なぜこの少女は黒騎士でさえ知らないそれを知っているのか。

 驚く黒騎士を前に、少女は話を続ける。


「一か八かだったけど、人の手や魔術で必死に掘って、周りを固めて水脈を拡張しながら地下道を造ったんだ。それで帝国の包囲網から外れた場所に脱出したんだ。

――――ジャド、あんたや仲間の人達が命を懸けて守った人達は無事なんだよ! 生き延びることができたんだよ!」


 力強く叫ぶフォルシア。黒騎士は、まだ彼女の言葉が上手く理解出来ない。


「生きて……いる?そんな、そんなこと…… ―――それはっ!?」


 彼女の手にある輝きに気づく。小さな片足のドラゴンをかたどったペンダントだ。忘れもしない、命を懸けて愛すると誓った女へ贈った代物。

 とっさに手を伸ばす。


「か、返してくれ! それは妻の物だ! 頼む、私に返してくれ!」


 必死に叫ぶ。だが少女は僅かに笑い、ペンダントを掴む手を胸に抱きしめ、ジャドから遠ざけた。


「だめ、ジャド。これは半分はあんたにも権利は有るんだろうけど、もう半分はあたしにだって有るんだよ?」


「ふざけるな、フォルシア。一体何を言って……」


「……旧姓はリルア・カーズメイカー。金髪碧眼に、出身はウォルボン東部」


「……なぜ、リルアの名を? リルアを知っているのか?」


「このペンダントを贈った際のジャド・ジャックの言葉は『戦地にて君の近くに居られずとも、形として有る愛を君に残す』だっけ?」


 妻へのプロポーズの言葉さえフォルシアはそらんじる。


「わからないかな、まあしょうがないよね。

あんま似てないみたいだし、髪と瞳の色も、名前も受け継げなかったけどさ、――――あたしの曾祖母はリルア・カーズメイカー、あんたの妻だよ」


 日の光が、フォルシアを照らした。黒騎士の中で彼女の細いシルエットが、リルアの姿と重なっていく。


「あたしはひいばあちゃんには会えなかったけど、ひいばあちゃんは生前凄く後悔してたんだって。『大切な人と、大切な物をあの場所に置き去りにしてしまった』そう言って悔やんでた。――――だから、あたしはいつか大きくなったら、その大切な物を取りに行こうって決めてたんだ」


「―――お、おおお……ッ」


 強く、黒騎士は手を握りしめる。


「生きて……生きていてくれた……ッ! リルア、リルアが……!」


 もはや涙を流すことさえ出来ない体で、ジャドは泣いた。全てと仲間達を犠牲しながら、それでもなお守れなかった、その過去を振り払うことが出来た。そして、愛する人が生を全う出来たことがただ、心の底から嬉しかった。

 ふわりとした布の当たる感覚、フォルシアが膝をついたジャドの頭を抱き締めていた。


「フォルシア……」


「ジャド、あんたが守った人の子孫はあたしの故郷に沢山いる。あんたが、あたし達の未来を守ったんだ」


 フォルシアにとってもジャドは英雄だった。だからこそ、ジャドの名を語る偽物は許せなかった。


「だからジャド、もう過去を見ないで。

殺し続けた戦場じゃなくて、救えなかった仲間じゃなくて、変えられない運命じゃなくて、

――――あたしを見て、あんたが救った未来を見てよ、ジャド」


 少女の言葉が、男の最後の枷を砕いていく。冷たい絶望に、激情が突き刺さる。ただ心のままに、心を解き放った。


「――――――ッ」


 騎士の慟哭が、朽ち果てた地に響く。

 時を経て、英雄は帰るべき場所へ今、帰還した。



   ▽


「さてと」


 荷物を纏め、少女は立ち上がる。これからまた旅が始まる以上、いつまでもぐずぐずとしていられない。

 胸にかけたペンダントを服の中へしまう。これは大切にしなければ。


「ていうかさぁ……」



 ややうんざりしながら、後ろへ振り向いた。


「おい、フォルシア、準備は整ったか? 早く行くぞ?」


 太い声が響く。


「なんであんたついてくるの? ていうか、しないの? 昇天とか?」


 黒の巨体を翻し、ジャドが立っていた。待ちかねたように手を振る。


「いやぁ、私もてっきり天に帰るもんかと思ったんだが、さっぱりそんな兆候なくてな」


 全てを知ってもなお、ジャドに一切の変化はなかった。


「……まだ未練があるとか?」


「試しに鎧の中の自分の死体葬ってみたんだが、それでも全く変化なくてなぁ、どうしたもんだか」


 ジャドの指差す先には真新しい盛り土が見える。


「ま、自分で自分を弔うとはなかなか貴重な体験だったが……

ま、あれだ。世の中色々変わってるだろうし、物見がてらにお前の保護者代わりに付き合ってやろうと言ってるではないか」


「……勝手についてくんなよ、ポンコツ騎士!」


「ふん、年上を敬わんなぁ。お前ほんとにリルアの曾孫か? なんか体型とかも全然似とらんぞ。背はあるが全然フラットじゃないか、リルアはもっと胸とかボリュームが……が!」


 フォルシアの投げた石が黒騎士の兜に打ち当たる。相変わらずいいフォームだ。


「余っ計なお世話だアホッ! 大体あたしにはお前の血も入ってんだぞ!」


「ああ、私の血も入ってるとはそりゃ道理で……はあ!? 血!? はあああっ!?」


 叫ぶジャド。完全に初耳。


「……え、え? リルアは他の男と再婚して、それで……」


 呆れた目でジャドを見つめる少女。ため息が漏れる。


「はあ、なにいってんのよ? 地下道逃げる時にはもうお腹にいたんだってさ。……まさか覚えが無いとか言わないよね?」


「え、ええ、いやまあ確かにあるけど……あれか? ひょっとしてあの時か!?」


「詳しく語らんでいい! ったく、このポンコツ騎士……

ま、そういうわけでよろしくね、ひ・い・じ・い・ち・ゃ・ん?」


「……な、納得いかねぇぇえ!」


 叫ぶ黒騎士、少女は笑ってそれを見ていた。


「とりあえずは、あたしもう一つとるものがあるからね。やること無いのなら、それ手伝って貰おうかな」


「ん? なんだ、まだリルアの遺品でも有るのか?」


「いやぁ、そういうんじゃなくてさ」


 ポリポリと、どこか気恥ずかしそうに頬をかく。


「国、―――国盗り、やろうと思ってさ」


「――ああ、国盗……はあああああぁぁああっ!!?」


 黒騎士の絶叫が、今度は木々を揺らした。



第一幕《終》


ここまで読んでもらってありがとうございます。

とりあえず第二幕はもう少ししてから開始しようと思います。

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