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残骸の英雄  作者: 切子QBィ
5/7

no lifes battle


   ▽



「ゆくぞ、覇者の種族よ!」


 叫びと共に前方へ走る。同時に突き立つ剣を二降り引き抜いた。

 戦士の墓標を携え、黒の鎧が疾駆。


「キュオオオオオオオオオオオッ!!」


 呼応するように死竜も咆哮。上半身を唸らせ、右爪を振るう。魔力吸収を考慮した物理攻撃だ。

 抉るような斬撃、しかしそれよりも早くジャドは動く。

 真横に走る爪を、速度を下げずに姿勢を落として回避。頭の真上に爪をかすらせながら、双剣を竜の胸元へ叩き込む。


 ギギィンッ!


 派手な音を立て火花と破片が舞う。硬度負けにより砕け散る剣先を意に介さず、短くなった刀身で更に疾風の如き斬撃。

 更に砕ける双剣、もはや柄のみになった剣を捨て、別に突き立つ剣を両手に握った。


「――だ、だめだジャド! 普通の剣じゃ竜には効かない!」


 剣術に詳しくないフォルシアから見ても、ジャドの剣技が一流なのはわかる。一瞬の攻防で竜の攻撃を避け、カウンターで四撃を叩き込む剣速はただ者の範疇ではない。

 しかし竜の鱗はそれ自体が超硬の素材。所詮は鉄と鋼の剣では対抗できない。

 斬れぬ道具でいくら斬撃を仕掛けようとそれは無駄だ。


「無駄! 無駄! 無駄! 竜を斬れるわけねぇだろバカが!」


 操作玉を握りしめ、死霊術士が哄笑。圧倒的優位を確信した表情。


 だが、黒騎士に返答はない。ただ無言で剣を振るい、剣を砕き、剣を捨てていく。

 尾の一撃を跳躍で回避、上段から切り落としを見舞う。

 爪の双撃を見切り、刺突二段突きを放つ。

 降り注ぐ大顎を流し、下段からの切り上げ。

 その巨躯からは計り知れぬ速度で、死竜のあらゆる攻撃を避け続けていく。

 砕けちる破片を盛大にバラまきながら、その動作には一瞬の停止も、


  否


――加速、している……?


 すでにフォルシアにはジャドの動きを正確に捉えることができなくなっていた。

 さらにジャドが加速する。単発に聞こえた剣の砕ける音が次第に繋がっていく。


 ギャリンギャリンギャリンギャリギャリッ


――こ、これって……


 やがて少女にも、ジャドの思惑がわかってきた。余りにも常人には真似も発想も出来ない、その思惑が。


――ぜ、全部、全部の剣撃が、全く同じ場所に当たっている(・・・・・・・・・・・・・)ッ!


 闇の中、死竜の胸元から光が漏れていた。恐らくは内部より流れる魔力の光が、鱗の亀裂から漏れ出しているのだ。


「な、なぜだ! なぜ亀裂が!?」


 驚愕の声を上げる死霊術士、想定外の自体に取り乱している。

 本来、乙女の柔肌さえ傷つけられぬ水も、雨垂れとなりて大岩に穴を穿つ。

 硬度が違う竜鱗と剣とて、黒騎士の膂力をもって幾度もぶつけていけば、超硬の鱗も疲弊していく。

 しかしそれを成すためには、攻撃をくぐり抜け全く同じ場所に剣撃を叩き込み続けるという超人の剣技が必要だ。即ち、ジャド・ジャック・フォン・フロントの数十年の戦場で磨き続けた精緻なる剣の術だからこそ出来る魔技。


「くそ! 修復術式リペアラー作動!」


 死霊術士の声と共に、竜の胸元に淡い青光、死骸という物体を直すための修復魔術が発動。しかし即座にフェンリルにより魔術構成を分解され、魔力となりジャドへ吸収されていく。


「気づくのが遅かったな!」

 ジャドの声と共に、巨躯の加速が強まる。その様は、すでに人の眼に捉えることは不可能。


 ギ ャ ギ ャ ギ ャ ギ ャ ギ ャ ギ ャ ギ ャ ギ ャ ギ ャ リ ン ッ !


 ついに一つとなる砕剣の音、風切り音と共に消えていく墓標の剣達。

 死竜はすでに反応出来ない。黒い嵐のように縦横無尽に動き回るジャドの動きに、ただ撃たれるままだ。

 幾多の死線を越え、数多の命を奪い、永劫の修羅を駆け抜けて振るわれる斬撃。これが、かつて国剣十一騎士に選ばれた、男の剣。


 砕け、宙へ散ってゆく膨大な剣の破片はまさに暗闇に降る雪。火花の輝きが、死のきらめきを彩る。


――すごく、綺麗……


 幻想的なその光景に、思わず少女は息を呑む。

 命無き者達の、全てを賭けた戦いはフォルシアの心を掴むほどにただ、美しかった。



   ▽/


 舞い散る剣片、久方ぶりに己が全身を最大駆動させる感覚に、ジャドは高揚する。

 血さえ流れぬこの体にも、まだたぎるなにかがあるのだ。


――死竜よ、感謝しよう。


 踏みしめる大地、反発を利用、跳ねる。後を追うように竜の爪が空ぶった。

 すかさず胸元へ双斬撃、破片が舞う。剣を離し、別の剣へ。

 回避、斬撃、投棄、抜刀、

 回避、斬撃、投棄、抜刀、

 ジャドは淀みなく、回転を上げてゆく。反比例して体感時間が減速、周囲が緩やかに流れ、竜の動きがゆっくりと見える。

 これがジャド・ジャックの戦場での二つ名、《暴風》の云われだ。休みことなく途切れない超高速連続斬撃の前に、倒れない者はいない。


 やがて、大きく開いた亀裂を前に黒騎士の動きは止んだ。


「――骸まで弄ばれるとは、誇り高き竜にはさぞ耐え難き恥辱であろう」


 ジャドが引き抜くは最後の剣、いや剣だった物。

 かつて戦場を駆け抜ける得物とした大剣だった鉄塊の長棒。竜に見せるように掲げた。


「これなるは、私が最も戦場で助けられ、多くを屠ってきた罪の剣。汝にこれを捧げる。――――故に、竜よ」


「くそ! 動け、動け骸!」


 死霊術士の絶叫、呼応する竜、しかしその反応は鈍い。

 両手を上げ、前進する死竜。だが黒騎士は動かず。ただ、剣を両手で構えた。

 下半身に力を込め、地を蹴る。爆発的に発生する力を、スムーズな威力移動で上半身へ伝えた。

 伝わった力は両肩から腕を伝わり、真っ直ぐに剣へ。


―――――ッッッ!!


 音速を易々と突破した剣先が、竜の胸板を突き刺す。

 ひび割れた鱗を突き抜け、肋骨の隙間をスルリと通り、更にその奥へ。


 魔力の根幹部、竜の心臓へ、幾千の修羅の夜を超えた剣先が届く。


 最大に達した負荷、同時に、ジャドは手を離した。

 竜の巨体はそのまま後ろへ吹き飛び、飛んでいく。

 やがて背後の城壁に激突。大質量に壁全体が大きく唸り、震えた。

 反動に打ちつけられる頭部と腕、だらりと力無く垂れ下がる。心臓を貫かれた死竜の体は壁へ串刺しとなっていた。


「故に――――今は眠れ、じきに私も行くだろう」


 気がつけば、夜は明けようとしていた。


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