死竜
▽
「……なんで帝国兵がこんな所いるのかしらね?」
身構えて問うフォルシア。死霊術士の男は彼女を一瞥、しかしすぐに壁に埋まった黒騎士の方へ向き直る。
――それだけあたしは取るに足らないってことか……!
死霊術士。死体に魔術処理を加え、魔力による操作を得意とする技能者だ。
戦争時などに動く死体、死骸兵を大量動員したと記録されている。
竜といえば、人を凌ぐ知性と知能を持つ種族。人を襲う事はあっても人に従う事などまず無い。下級種とされる地竜も同じだ。 しかし、死骸兵化された竜ならば言うことを聞いていたのにも説明がつく。
「やれやれ、地竜とはいえ、百歳級の竜、それもほぼ無傷の死体が手に入るなんざそうそうないんでなぁ。――やりすぎちまったか? 壊れ過ぎたら(・・・・・・)マズいかねぇ?」
――壊れ過ぎたら?
死霊術士の言葉に違和感。そもそもなぜ今更国境を越えてこの城塞都市に来ている?
「お前、帝国兵だろ!? 共和国領でこんなことして……第一、死霊術は国家協定で禁止されているだろうが!」
死霊術士の技術は帝国が発祥だ。逆にいえば、死霊術士はほぼ帝国兵となる。
そして多大な犠牲と、死体を原料とする特性上、戦線を無限に拡大する死霊術は禁忌とされていた。
「あらやーだねぇ、最近のお嬢さんは物知りでいけないや、まあその鎧とっつかまえて、そのあとはお前を口封じだ。――逃げたっていいんだよぉ? 死骸竜の性能試しにちょうどいいからさぁ、アッヒャッヒャッヒャ!」
布に巻かれてわからないが、きっとあの男の顔は醜く歪むように嗤っているだろう。
フォルシアは何度か男と同じ眼を見たことがある。人殺しと破壊を楽しんでいる人間の眼だ。
――やばい!
危機感、だがそれは自分にではなく。
「ジャド! 生きてたら早く逃げてっ! さっきの兵士も、こいつも城を狙ってたんじゃない! お前だ! お前の鎧を狙ってたんだ!」
必死に壁の穴へ叫ぶ。聞こえているかいないかなど気にしてはいられない。
「やだねぇえ、お嬢ちゃん、察しが良すぎだよぅ。――死竜に回収急がせないとねぇ」
独特の間延びした口調で死竜を操る男。竜は前傾姿勢に体勢を変更、鈍重な足音を響かせながらジャドへ大顎が迫る。
――まずい!
あの死霊術士の目的はジャド、というか鎧の回収だ。
《聖鍛冶》の鎧といえば、伝承の途絶えた古代魔術技術の産物。帝国に限らず、軍なら魔術開発を目的として解析するために喉から手が出るほど欲しいだろう。
「ジャド! 早く起きろ!」
フォルシアの声に応えるように、壁穴でジャドが動く。
「――ぬうぅ、なんだあの男は……ん?」
立ち上がった矢先、眼前に立ちふさがる巨大なシルエット、即ち死竜。ジャドを見下ろす濁った紅眼、口元に、光が粛々と集っていく。
「魔術無効化つったって、視近距離から竜の火力ぶちこまれりゃどうなんのかねぇぇっ! ――――焦熱魔術、発動!」
発生する閃光。竜の口腔から眩い超熱の奔流、数千度に圧縮された光の槍がジャドに突き刺さる。
「――――ジャドぉぉッ!!」
少女の叫びが、夜に木霊した。
▽/
金属の城壁さえ溶解する竜の息吹きの前に、黒騎士は右手を掲げた。
もしまだジャドに、熱を知ることのできる感覚があったならこの輝きを肌で知ることが出来ただろうか。
――――地竜、いや、これは死竜か。
戦場で鍛えられた、優秀な観察眼。即座に竜の正体を看破。
――なるほど、これは……
右手に力を込め、フェンリルの魔術を解放、魔術文字が空間に展開。
――……面白い!
焦熱の光、全てを溶かす竜の炎を右手で掴んだ(・・・・・・)。
▽
――なに、これ……?
目の前の光景が信じられず、言葉を失うフォルシア。
伸ばされた黒騎士の右腕は、本来は純粋なエネルギーである竜の焦熱魔術を掴み、抑えこんでいる。
「なんだ!? なんだよこれ!?」
死霊術士もまた驚愕していた。無効化魔術とは魔術を中和する機能だ。攻略には視近距離や高密度のエネルギー攻撃が有効となる。しかし、黒騎士の無効化はおよそ確認されたことがないレベルの代物。いや、むしろそれは、
「なに……?」
さらに目を見張るフォルシア。掴まれた焦熱の光は、赤い光へ変換されていく。
やがて、幾筋にも別れた赤の光が黒騎士の体へと吸い込まれていく。
そう、それはまるで捕食。竜の火息は腕という顎に喰いつかれ、赤の光へと咀嚼、黒鋼に飲み込まれいく獲物の肉となっていた。
「……どこで無効化などと勘違いしたかは知らぬが我が鎧、フェンリルは餓狼の鋼、飢えた悪食の鎧だ。
あらゆる魔術構成を破壊、魔力へと還元、その身で喰らい尽くす。そして」
吸収された赤の光、魔力は黒騎士の全身へ流入。装甲表面にはまるで人体の血管を想起させる赤く輝く魔力のラインが浮き上がった。
煌々(こうこう)と闇に魔神の姿が浮き上がる。
不意に、ジャドの姿勢が沈む。急激な踏み込みに地面が割れた。
跳ね上がる左腕、雷撃の速度の拳が竜の胴へ突き刺ささる。
「オオァァオオァオッ!!」
鈍い音と共に一撃で後ろへ吹き飛ばされる竜。叫びながら、一トン近くまであろう肉体が五メートル程後退する。
巻き起こる砂煙、拳打の姿勢のまま鋼の亡霊は死竜を睨む。
「そして、喰らった魔力は己を駆動させる力へと変える。
――無双の剛力、とくと味わえ」
命無き者達の宴が今、始まる。