俺は不正解の道が分かる。
「どうしようかなぁ……」
高校から帰ってきた俺は、制服も脱がずに冷蔵庫を開けたまま、駅前にある有名なお店で買って貰った、ちょっとお高いプリンを食べようかと迷っていた。残っているプリンは俺が見つめている1個だけで、俺が食べてしまえば当然、妹の分は無いという事になる。
別に妹に遠慮することなんてない。だってこのプリンは昨日、俺が食べなかった分だから。だけど──
「やっぱり、やめておくか」
俺が冷蔵庫をソッと閉めると、玄関の方から賑やかな足音が聞こえてくる。きっと妹が急いでダイニングに向かってきているのだろう──少し様子を見ていると、ガラッと勢いよくダイニングのドアが開き、予想通り妹が部屋に入ってくる。
俺は妹に向かって「お帰り」と声を掛ける。妹は返事をする事なく、俺……というより冷蔵庫の方に向かって歩いて来た。
この後の妹の行動に予想がついた俺は、台所から離れてダイニングテーブルの方へと移動する。妹はまず……冷蔵庫を開けて、プリンを見つけると、ニヤリと微笑んだ。うむ、完璧なまでに予想通りだ。
「おい、そのプリンは俺のだぞ」
「は? なに言っちゃってるの。食べないで残っているんだから、いまは誰のものでもないでしょ! ということで……これは私が頂きます」
妹はそう言って、躊躇うことなくプリンを手に取ると、冷蔵庫を閉める。そして、台所の引き出しからスプーンを探し始めた。
「しゃーねえな。食べるのは良いけど、ちゃんと手洗いうがいしろよ」
「分かってるよ。あんたは私の母ちゃんか」
なんだかんだ言いつつも、妹は素直に洗面所に向かい……おそらく手洗いうがいを済ませて、俺の方へと歩いてくる。俺はその間、ダイニングの椅子に座り、携帯ゲームを始めていた。
「プリン~、プリン~」
妹が上機嫌だと分かるぐらい可愛らしく歌い出すので、俺はチラッと視線を向ける。妹は斜め向かいに座って、プリンの蓋を開けていた。妹は俺の視線に気付いたのか、こちらに視線を向けるや否や、可愛い顔を歪めて嫌そうな顔を俺に見せてくる。
「なにジロジロ見てるの? あげないよ」
「分かってるよ」
俺もこのプリンが好きだけど、冷蔵庫を閉めた所で自分は食べられない不正解の道だと分かっていた。だけど、中学生だというのに、小さい子供の様に美味しそうにプリンを頬張っている妹の姿をみて和みたくて、俺はこの道を選んでいたのだった。
★★★★★
──次の日。授業が終わり、昼休みに入ると俺は自分の席で御弁当を広げる。すると佐々木さんがこちらに向かって歩いてくるのが目に入った。俺は手を止め、様子を見る。
「渡辺君、ちょっと良いかな?」と、佐々木さんは俺の席に前で立ち止まると、ニコッと笑顔を浮かべて、そう言った。相変わらず、可愛い笑顔だ。
「大丈夫だよ」
「ちょっと頼みたい事があるんだけどぉ……」
「頼みたい事? なに?」
「渡辺君ってさぁ……今井君と中学の時、同じクラスだったんだよね?」
「そうだよ」
「じゃあさ……携帯の番号とかって知ってる?」
「……知ってはいないけど…………知りたいの?」
「……うん」
「分かった。じゃあ聞いておくよ」
俺がそう返事をすると、佐々木さんは胸の前で両手をポンっと合わせ、不安そうな表情から一転して凄く嬉しそうな表情を浮かべた。
「本当! ありがとう!」
「うん」
用件はそれだけだった様で、佐々木さんは返事を聞くと直ぐに俺から離れていった。
黙ってそれを見送っていると、後ろから「渡辺、それで良いのかよ」と、男友達の林の声が聞こえてきた。俺は後ろを振り向き「それで良いって何が?」
「さっき佐々木さんと話していた話さ」
「聞こえたのか?」
「聞こえた、だから聞いてるんだよ。お前、佐々木さんの事が好きなんだろ?」
「シーっ! もうちょっと小さい声で話せよ」
「分かった、分かった」
林は悪びれる様子もなく返事をして、俺の前の席に移動すると、椅子に座る。
「お前の言う通り、確かにそうだけど、別に良いんだよ」
「ほう、随分と自信があるんだな」
「そういう事じゃなくて、なんて言うか……上手く説明出来そうに無いから別の話にしないか?」
「分かった。無理に答えを聞こうって訳じゃないから、それで良いよ」
「サンキュー」
★★★★★
──それから数ヶ月が過ぎる。その間、俺は佐々木さんの頼みを聞いていて、いつの間にか流れに身を任せ恋愛相談まで乗っていた。それでも何故か、佐々木さんを好きって気持ちは変わらなかった。
そんなある日の朝。俺は心のどこかで何かが起きるんじゃないかと期待しているのか、今日はいつもより早くに起きてしまい、中途半端な時間でやる事も無いので、学校に向かって一人で歩いていた。
すると角を曲がったところで、今井君を追いかけている佐々木さんの姿が目に入った。今日はバレンタインデー……この後の展開は容易に想像できた。でも俺は、目を逸らさずに黙って立ち止まり、見守る事にする。
二人は立ち止まって向かい合い、何やら楽しそうに会話を始める。佐々木さんは何やら落ち着かない様子で髪を撫で始めた……が、何かを決心したようでダウンジャケットのポケットに手を突っ込むと、赤い包装紙で包まれた箱を取り出して、今井君の方に差し出した。
恋愛相談にまで乗っているのだから、あれが本命チョコレートだと直ぐに分かる。佐々木さんが今井君を好きなのは重々、知っているはずなのに、ショックを隠せず立ち尽くしてしまう……そこへ、誰かが俺の肩にポンっと手を置く。
「だから言っただろ」
「林……」
「でも、まぁ……これで諦めがつくんじゃないか?」
「…………そうだな」
林にあれこれ言われなくとも、佐々木さんを好きになった時から、この道が間違いだと分かっていた。そう……俺には分かっていたんだ。
何故なら俺は、子供の頃から不正解の道を選択しようとすると、ゲームや漫画の様にピカン! っと、豆電球の吹き出しが出るかのように分かる様になっているからだ。
きっかけは、しょうもない所から始まった。小学校高学年の時、御年玉をすべてカプセルトイに費やして親に怒られたから、二度とそうならない様に、分かるようにして欲しいと、初詣の時にお願いしたんだ。そうしたら次の日から、神様がその願いを叶えてくれていた……。
「渡辺。あいつら行ったから行こうぜ」
「あ、うん」
だから勘とか予想ではなく、佐々木さんとは結ばれないと分かっていた。それでもこの道を選んだのは何故なのか? 林に説明出来なかった通り、自分でも良く分からないけど……もしかしたらという気持ちと、それでも貫き通したい意地のようなものがあったのかもしれない。
★★★★★
家に帰ってダイニングに入ると、何故か妹が「お帰り」と出迎えてくれた。
「ただいま。珍しいな、いつもは早々と自分の部屋に閉じこもるのに、今日はどうしたんだ?」
「べっつにぃ……それよりさ、テーブルの上のプリン。食べて良いよ」
「プリン?」
確かにダイニングテーブルの上に、前に食べられなかったプリンが置かれている。
「……でも、なんで? あ、もしかして今日がバレンタインデーだからか?」
「──うるさいなぁ……そんなのどうでも良いから、あげるって言ってるんだから、ありがとうって言って、黙って食べれば良いのよ!」
「はいはい。そんな怒らなくても良いのに……ありがとう」
「食べる前に、ちゃんと手洗いうがいしなさいよ」
「分かってるよ。あんたは俺の母ちゃんか」
「マネするな!」
「はいはい」と、俺は返事をしながら洗面所へと向かって歩き出す。すると妹が「お兄ちゃん」と呼び止めてくる。俺は足を止めて後ろを振り返った。
「どうした?」
「…………優しい所とか……お兄ちゃんの魅力は、いっぱいあるんだから気にする事ないと思うよ!」
突然、何を言い出すのかとビックリしていると、妹は恥ずかしかったようで、それだけ伝えてスタスタとダイニングから出て行った。
「あいつ……まさか俺が振られたことを知っているのか?」
一体、どうやって知ったのかは分からないけど……あいつは俺と違って女友達が沢山いる。きっとその子のお姉ちゃんから、佐々木さんの事を聞いたとか、その辺かもしれない。
それにしても……こんな形で恩返しが来るとは思わなかった。妹が買ってくれたプリンは、ほんのり苦いのだけど、妹の気持ちのお蔭でいつもより美味しく頂けることが出来た。
★★★★★
ある日の放課後。一人で学校の廊下を歩いていると、俺がこの世で一番嫌いな山崎が、正面から歩いてくるのが見えた。用事を思い出したかのように、引き返すのも出来るけど……俺は真っすぐ歩き続ける。
「おう、渡辺」
山崎はニヤニヤしながら俺に話しかけてくる。粘着質なこいつの事だ。無視しても絡んでくるだろう。そう思った俺は嫌だったけど立ち止まった。
「なに?」
「金貸してくれよ」
「……金なら前に貸しただろ? それを返してから言ってくれよ」
「そんな冷たいこと言うなよ。ジュース買おうと思ったけど、財布を家に忘れちまってよ。貸してくれよ」
そんなの知らないし、我慢しろよッ! そう思いつつも、俺は黙ってズボンに手を突っ込み、財布を取り出す。そしてジュース代を山崎に差し出した。
「はい」
「サンキュー」
山崎はお金を受け取ると、気持ち悪い顔でニヤつきながら去っていった。本当は今すぐにでもあいつの背中に飛び蹴りをくらわしたいぐらい腹が立っている。だけど、高校生になってまで問題は起こしたくないと思い、必死に堪えていた。
それに中学の時、山崎との喧嘩で負けている。それもあって、情けない話だけど出来るだけ山崎との揉め事は避ける様になっていた。
山崎と喧嘩をする事は、不正解の道になる事は分かっていた。でも、あの時のあいつの態度は絶対に許せなかったから後悔はしていない。
「どうせ高校を卒業すればあいつとは関わらなくなるんだ。我慢……我慢……」
★★★★★
数年が過ぎ、無事に高校を卒業した俺は大学に進み、今は就職活動をしていた。今日も面接があり、この会社が本命なので、凄く緊張していた。
その会社に到着すると、俺は深呼吸をしてから中へ入る。受付に目をやると、信じられない……いや信じたくない光景が目に入って来た。
「山崎……」
俺のこの世で一番嫌いな山崎がスーツ姿で受付にいる女性と話をしていたのだ。クソッ! なんて事だ……せっかく大学で解放されたと思ったのに、関わりたくないと思う奴ほど、関わってしまう事になる。運命というのは残酷だ。
「おぉ、渡辺じゃないか」
山崎は俺を見つけると、高校の頃に俺にした仕打ちを忘れているかのように躊躇いもなく近づいてくる。
「お前も面接か?」
「……あぁ」
「そうか、そうか。心細かったけど、お前が居るなら安心だな」
どういう意味で安心って言ってんだ!? くそ、腹が立つ!! でも今はこいつに構っている場合じゃない。
そう思った俺は「悪い。受付してくる」と言って、山崎を避ける様に受付へと向かった。その後も出来るだけ山崎を避けつつ、面接がある時間まで待合室で大人しく待っていた──。
「次。山崎さん、どうぞ」
「はい!」
山崎の面接の時間になり、山崎は待合室から出て行く。次は俺の番……凄く複雑な気分だ。
この会社には入りたい。だけど奴がいる。この会社には色々な部署があるから、同じにならないかもしれないけど、同じになる事だってあり得る。現にこうして、同じになってしまったのだから……。
──面接が終わった様で山崎が上着を取りに待合室に入ってくる。結果はどうだったのか……? あいつと視線が合うのは嫌だけど、表情をみて見る。
……さっきまであんなに自信に溢れた顔をしていたのに、見る影もない。それどころか、俺と視線が合うことなく、あいつは下を向いたまま、無言で待合室から出て行った。つまりダメだったと予想する。
ホッと胸を撫で下ろした……が、考えてみたら、それだけ面接が難しかったのかもしれない。心配だぁ。
「次。渡辺さん、どうぞ」
「はい」
俺は返事をして席を立つと、面接が行われる部屋の前へと移動した。まずは深呼吸をしてから、軽くノックを三回する。
「どうぞ」
「失礼します」
大丈夫……この会社の前に何社か面接したし、練習だってしてきた。自分を信じろ! そう思いながら、ドアを開いて中に入った。
──面接は……緊張している割には、良い感じで返答が出来ているので、このままいけば大丈夫だと思う。だけど1つ驚いているのが、まだ一次面接なのに社長が同席していた事だ。
山崎があんな感じだったのは、その為だろうか? それにしては、この社長。凄くフレンドリーに質問してくるんだけど……。
「渡辺君。履歴書に間違いはないかい?」
「? はい、間違いないです」
「そうか、そうか。分かった、君のような優しい青年を我が社は歓迎するよ」
「? ありがとうございます」
優しいって? 社長と会うのは今日が初めてなんだけど……俺、どこかでこの社長を助けた事あったかな?
「ところで渡辺君はこの後、何か用事はあるかね?」
「いや、無いです」
「そうか、そうか。じゃあ、少しだけ待合室で待っていてくれないか?」
「分かりました。そうします」
──それから他の面接官に少し質問をされ、面接は無事に終わった。俺は社長の言う通り、待合室で待つことにする。
「何を言われるんだろう……」
不安と期待が入り混じり、複雑な気分だ。そう思っていると、コンコンコンとノックの音が聞こえてくる。俺は直ぐに立ち上がり「はい!」と返事をした。
「いやぁ……待たせたね」と、社長は言って待合室に入ってくる。そして「どうぞ、座ってくれたまえ」と、俺が座っていた椅子に向かって手を差し出した。
「失礼いたします」
俺がそう言って椅子に座ると、社長は向かい合う様に正面の椅子に座る。
「これは面接ではなく、雑談だから楽にして良いよ」
「ありがとうございます」
「渡辺君は、“しずえ”という名前に心当たりはあるかね?」
「しずえ……さんですか? 確か中学の時に同じクラスだった女の子が静江さんでした」
俺がそう返事をすると、社長は嬉しそうにニコッと微笑む。社長の名字は小林……静江ちゃんの名前も小林……まさか!
社長は待合室の出入り口に顔を向けると、「おーい。入って良いぞ」と、誰かに声を掛けた。
少し間があってから、ゆっくり入って来たのは、テレビに出て来る綺麗な女優の様にスタイルが良くて美しい女性だった。
見違えるほど綺麗になっているものの、左目の下にホクロがあるし、垂れ目な所は面影があるから間違いない。その女性は中学の時に同じクラスだった小林 静江ちゃんだ。
「静江。良かったな、ちゃんと覚えてくれていたぞ」
「もう……お父さん。恥ずかしいから、やめてよね」
「アッハッハッハ」
静江ちゃんは少し照れくさそうな表情をしながら、俺の方にチラッと視線を向けると、軽くお辞儀をする。俺も合わせてお辞儀をした。
「渡辺君、お久しぶりです」
「お久しぶりです」
──聞きたい事はあるけれど……社長の居る事もあって、話を続けて良いものなのか分からず、会話が途切れる。
それを察してなのか、社長は静江ちゃんの方に顔を向けると「静江。久しぶりだから積もる話もあるだろ? 今日は早退して良いぞ」
「ありがとう、お父さん」
静江ちゃんはそう返事をすると、チラッと視線をこちらに向ける。でも直ぐに視線を逸らして、落ち着かない様子で頬を掻き始めた。社長はそんな娘の姿を見て、頑張れと言わんばかりにガッツポーズを見せる。
静江ちゃんはそれが見えた様で、クスッと微笑むと俺の方を向き「渡辺君、急な話で申し訳ないんだけど……このあと一緒に御茶しませんか?」
「うん、大丈夫ですよ」
「じゃあ、作業着から私服に着替えてくるから下の階で待っていてください」
「はい、分かりました」
静江ちゃんは社長に向かって小さくガッツポーズを見せると、嬉しそうに待合室を出て行く。社長も嬉しそうに笑顔を見せながら見送っていた。俺は仲が良いんだなって微笑ましい気持ちでそれを見ていた。
「さて……俺は仕事に戻るとするよ」と、社長は言って立ち上がる。
「あ。今日はありがとうございました!」
「こちらこそ。あぁ……そのなんだ。少しの時間だけでも、娘の事を頼んだよ」
「はい」
俺は席を立ち、社長を見送る。社長が待合室を出て、少し経った所で着てきた上着を手に取って、待合室を出た──言われた通り、下の階に行き、会社の出入り口付近で待っていると、静江ちゃんが駆け寄ってくる。
「ごめんなさい。お待たせしました」
「そんなに慌てなくて大丈夫だったのに」
「いえ……少しでも早くお話したかったので」
「! そ、そう……じゃあ行こうか?」
「はい! 駅の近くにある喫茶店で良いですか?」
「うん、大丈夫です」
★★★★★
──こうして俺達は徒歩で喫茶店に向かった。その間、会話は無かったけど、気まずいからというより、楽しみにしてくれている様な静江ちゃんの横顔をみたら、お互い何から話そうかと頭の中を整理する時間だったのだと感じた。
俺達は喫茶店に入って、向かい合う様に椅子に座ると、まずメニューを開き、何を頼もうか選び始める。
「……何を頼みましょうかね?」と俺が聞くと、静江ちゃんは言いたい事があるのか、メニューを見るのをやめて、俺の方に視線を向けてくる。
「あの……さ。敬語、やめにしませんか?」
「あ、あぁ……そうだね、そうしようか」
「うん! さて、何にしようか……あ、お金の事は気にしなくて良いから、今日は私が奢ってあげる!」
「え、良いのか?」
「うん! なんてったって、私はもう社会人ですから」
「ありがとう」
「いえいえ。飲み物だけだと勿体ないから、デザートも頼んじゃう?」
「うん、そうしよう」
──こうして俺達は、日常会話を交えながら自分達が飲みたい物とデザートを選び、注文をする。静江ちゃんはメニューを閉じて、元の場所に戻すと「こうやって話してると、昔に戻ったみたいだね」
「そうだね」
静江ちゃんが言う昔というのはきっと、中学の時の事だ。俺達は幼稚園の頃からの付き合いで、中学の時まで幼馴染のような存在だった。
だけど高校になってからクラスが離れた事もあって、まるで他校に行ってしまったかのように会う事は無くなっていた。だから、静江ちゃんがこんなにも綺麗になっていただなんて知らなかったのだ。
「──渡辺君」
「なに?」
「……中学の時のこと、ありがとね」
濁していっているけど、俺はそれが何のことなのか直ぐに分かった。中学の時、静江ちゃんはポッチャリとした体型で、胸も他の女子より大きかった。その事もあり、山崎の野郎が静江ちゃんの事を馬鹿にするようになったのだ。
俺はそれがどうしても勘弁ならなくて、不正解の道だと分かっていても山崎の胸ぐらを掴んで怒鳴り散らした。それが原因で喧嘩をしたという訳だ。
「別に……俺はあいつが気に喰わなかったからやっただけだし……」
「ふふ……それでも、ありがとう。嬉しかったよ」
「そ、そう……それなら良かった」
俺が照れている所で、店員さんが飲み物とデザートを持ってくる。俺達は一旦、会話を中断して、飲み物に手を付け始めた──。
「ふー……」と、静江ちゃんは溜息をつき、紅茶の入ったカップをテーブルに置くと、何故か俺を見つめる。
「どうしたの?」
「深呼吸して心の準備を整えたの」
「心の準備?」
「私さ。あの時からずっと……渡辺君のことが好きだったんだよ」
「え……」
ちょっと待って、俺の心の準備がまだ出来ていない。静江ちゃんが俺の事が好き? しかも中学の時からずっと? え? どういう事?
「そっかぁ……ちゃんと説明してないから驚いちゃうよね? ごめん、ごめん。私って小さい頃から臆病で、体型にも自信なかったから、ずっと渡辺君への気持ちを隠してた」
静江ちゃんはそう言って、一呼吸おきたかったのか、カップを手に取って紅茶を一口飲むと、またテーブルに戻す。
「だからそんな自分を変えたくて、あの時からコッソリ、痩せる努力を始めたの。痩せたら絶対、告白するぞ! って、決めてね。高校を卒業するまでには今の体型になれる様にって頑張ったんだけど、なかなか痩せられなくて、間に合わなかった」
「……もしかして、高校の時になかなか会えなかったのは──」
「うん、自分が満足いくまで渡辺君には会わないと誓っていたから」
「そうだったんだね」
「意地張って誓いを守ってたから、卒業した後は凄く後悔した……せめて連絡先だけでも交換しておけば良かったってね。でもこうして巡り合えたんだから、運命……なのかな?」
「! ふふ、そうかもね」
静江ちゃんは自分で運命と言っておいて恥ずかしくなったようで、落ち着かない様子で自分の髪を撫で始める。
「あ……」
「どうしたの?」
「今度こそ、連絡先を教えて欲しいな」
「あ、うん。良いよ」
──俺達は互いに携帯を取り出し、電話番号とメールアドレスを交換する。そして顔を合わせながら、微笑みあった。
「ありがとう!」
「こちらこそ」
「あ、あのさ……今日の告白は突然だったし、返事は後日で良いから……」
「うん、分かったよ。ちゃんと返事する」
「じゃ、じゃあ……せっかくの美味しいデザートなんだから、この話はひとまず置いといて、もっと楽しい話をしようか!?」
「うん」
こんな流れになるなんて、本気で驚いた……人生なんて本当に分からないものだ。きっと神様が教えてくれていた正解の道ばかりを辿っていたら、この道には辿り着けなかっただろう。
そう考えると……正解か、不正解かなんて、誰かが決める事じゃなく、自分で決める事なのかもしれない。だったらこれからも、自分が考える正解を貫き通して生きて行こうと思う。




