信頼の崩壊 前編(side セドリック)
その日の影からの報告に俺は目を疑った。それは極秘調査書だった。本来調査書は王とその最も近い側近…筆頭側近だけが見ることができると決められており。そして例外としてその仕事を引き継ぐ予定の王太子とその最も近い側近、の4人しか見ることはできない。ただ、調査書にはいくつか種類がある。それは普通の調査書、極秘調査書、最極秘調査書の3つだ。最極秘調査書は王のみ、極秘調査書は王と王太子のみ見ることができる。
極秘調査書 王歴1333年 11/2
対象:革命軍
・アジトは下町の貧民街
・目的は王位の略奪と政治の変革。以前の聖女が亡くなってから10年がたったことによる不況や高い治療費によるもの
・王城にスパイの可能性あり
・スパイの容疑者は『エルディア・ベドゥニアシュカ』『ヴェルイシ・ベドゥニアシュカ』の伯爵家の親子
※容疑者両名はそれぞれ殿下と王の筆頭側近なのでセドリック殿下並びに王に直接渡すこと
エルディアが、スパイ?
「ありえない…だって…」
誰かがこっちに向かってくる音がして俺はすぐに調査書を隠す。
「殿下?いらっしゃいますか?」
「…エルディアか」
「入りますよ~」
入ってくるエルディアに動揺がばれないように息を整える。
エルディアは俺の心情なんて全く知らないからかぞっとするほどいつも通りだ。軽口をたたきながら極秘なもの以外の調査書をまとめたものの報告を聞く。本当に、いつも通りだ。
そのまま何も起こることなくその日は過ぎていった。
調査書 王歴1333年 11/2-12/2
対象:革命軍とベドゥニアシュカ伯爵家の関係
エルディア
・1週間のうち、休暇日である日曜日の17:00-17:03の間の時間に必ず王城から西に3㎞離れたザーニャシイ通りを通る。
→誰かが横を通り過ぎるが、毎回何かを渡す素振りあり。
・毎日19:00に日記をつけているが、土曜日の夜さりげなく小さい紙に何か書いているようだ。
→土曜の夜から日曜の夕方まで少なくともその小さい紙は常に身に着けているため中身を見ることは不可能。⇔17:00以降その紙を取り出す素振りがないため、毎週少しずつ紙をポケットにためているのでなければ、誰かにこっそりと渡しているのだろう。
ヴェルイシ
・1週間ずっとつけているが何かしている素振りはない。
・何度かエルディアをしかりつけている。内容はエルディアの人格を否定するようなことが多く、特にエルディアの失敗を叱っているわけではない。以下に記すのは11/11の記録。これはスパイの動機を示す可能性が高い。(ヴェルイシはヴ、エルディアはエと表記)
ヴ「なぜ、お前は生きている?何のために生きようとする?お前の最も大事なものはなんだ?」
エ「俺は、主が大事だ。でも、家族も大事だ」
ヴ「なら、生きる必要はない。さっさと死んだほうが両者ともに助かる。貴様の大事なものが助かるためには貴様の存在は必要ない。いらないんだよ。半端物は必要ない」
エ「そんなのわかってる!!でも、俺は、俺は!父さんは思わないの!?家族が大事じゃないの!?」
ヴ「めったなことを言うな。私は王と、彼女のためならなんでもする。それが筆頭側近というものだ。私の行動王と彼女のためになる。そう信じている」
エ「いいや、違うね。そんなの父さんがそう思っているだけだ。俺も俺の信じたいものを信じる。父さんと同じようにね。」
追伸 ヴェルイシの妻でありエルディアの母の姿がどこにも見えない。もともとの彼らの調査書では同居しているはずだが、家に1か月間で一回も帰ってきていない。ヴェルイシの言う、彼女、とは妻のことか?それとも?
ベッドの中で枕に顔をうずめる。容疑者と言っているが、ほぼ確だなと思ってしまった。会話なんてそのままじゃないか。
エルディアの家族は母が革命軍におそらく人質に取られていて、エルディアは革命軍に情報を流している。ヴェルイシはエルディアを咎めるような発言をしていることからこちら側なのだろう。
「信じていたのに」
そんな言葉は誰にも届かずに闇の中に溶けていく。ずっと一緒だった。何をするにしても一緒だった。いたずらするときも、怒られるときも、笑うときも、泣くときも、怖い時も、悔しい時も、悲しい時も、うれしい時も、ずっとずっとずっと前から。
すうっと息を吸って、はく。大丈夫だ。明日、エルディアを捕まえる。今まで本当に自分が信じられる存在は二人だけだった。エルディアと、セレーナ。それがセレーナだけになるだけ。そもそも最初はエルディアだけだった。なら大丈夫だ。また一人になるだけ。
「寂しい」
それは王太子としては許されない弱音だ。でも、今日だけ、今日だけだ。いつもならこういうときはエルディアを呼ぶ。でも、これからは許されないのだろう。ぽつりぽつりと発した弱音はすべてセレーナの髪のような宵闇に飲み込まれる。ああ、セレーナ。どうしてなんだろうね。君のことは俺が守るよ。絶対に裏切らない。だからどうか、君だけは裏切らないでほしい。お願いだから。
次の日の夕方、俺はセレーナと日課のお茶会をしていた。他の誰も近づけさせないようにさせて、二人で話をする。この時間内にエルディアを捕まえる予定だと父上には言われた。おそらく今頃王城の裏は俺たちの知らないところで騒がしいのだろう。ここだけは安全だと父上に言われたので、事が済むまで俺たちは待機だ。まだ5歳の俺らが首を突っ込みことではないのだろう。セレーナには何も言うなとも言われた。すべて終わったら王城全体にもこの話を広めるらしいが、すでにその罪がばれていることをエルディアが知ってしまえば逃げられる可能性があるため、騎士と影だけに伝えられているらしい。
セレーナにはこのことをばれないようにしないと。余計な心配はさせたくない。
「そういえば、君と僕が初めて会った時、君に話したことを覚えているかい?」
とりあえず何か話題をと思って振った話題だが、不自然でないだろうか?
「ええ、もちろんです殿下…この国を支え、守り、育てる、その覚悟があるか、ですわよね?」
どうやら大丈夫だったようだ。
「その答えを聞きたい。君がここに来た時、まだいろいろごたごたしていて聞けなかったからね。改めて聞かせてもらってもいいかな?」
すると少し考えたセレーナは決心したようにこちらを見る。まるでルビーのような目に思わず視線が吸い寄せられる。
「…ええ、そうですわね。いい機会ですから、ここで宣言をさせていただきますわ。わたくし、セレーナ・イチアナは、この国を愛し、守り、支え、育てることに全力を尽くすことを誓います。そして、もしもこの国にとって最善の方が現れたら、わたくしはこの席をいつでも明け渡します」
は?え、それは、つまり、
「それは…婚約を解消をするということ?」
「そうですわ」
衝撃だった。俺は君を守ると昨日誓ったばかりだというのに、柄にもなく動揺してしまう。取り作れるわけがない。君まで、俺から離れようとするのか?
「君はっ…君は…俺との婚約がそんなに嫌だったのか?」
「いいえ、そうではございません」
「だったら!…だったら、お願いだからそんな風に言わないでくれ。頼むよ。君は俺の婚約者だ。俺には…もう君しか…」
そうだよ、君しかいないんだよ。だからそんなこと言わないでくれ。お願いだよ。
「殿下?」
その言葉にはっとしてセレーナを見る。つい語気が荒くなってしまった。
「…すまない。王妃としての覚悟を聞いたのは僕のほうだったのに。王妃としての覚悟は、別にそういう意味ではないんだ。この国にとって最善を考えることは確かに王妃の役目だが、君はすでに十分な資格を有している。さらに国にとっていいことを求めて、その過程で君を傷つけてしまうのなら、僕はそれを選ぶことはないだろう。なぜなら、君もまた僕が守るべき国民の一人だからだ。たしかに王や王妃は法律上国民ではない。だからといって君が王妃になった後も、君を傷つける気はないけどね。…じゃあ、この件はこれでおしまいにしよう!お菓子を食べよう。今日はシフォンケーキだよ!最近は風邪が流行っているらしいからちゃんと食べて元気に過ごさなきゃね」
最後は早口になってしまったとっさにお菓子を差し出して話題をそらす。あまりにも無理やりだったか?それからは風邪の話に移ったのでよしとする。今日はどうやら3人中2人が風邪で休みらしい。護衛もメイドも一人のみというのはいささか以上に不安だが、実際今日は風邪が多い。
…今日じゃない日にエルディアを捕まえたほうがよかったか?
後悔しても遅い。そして無事エルディアを捕まえたと報告が来たので今日は解散することになった。イエレアに念のため速足で部屋まで向かうようにと言い含め、俺は父上のもとに今日の結果を聞きに行った。
これで終わったのか。そうすこし寂しくも悲しくもありつつ安心している自分がいる一方、本当にこれで終わりなのかという不安が渦巻く。それを首を振って振り払う。もう終わったことだ。
そう思ったことを、後悔するのはそのすぐ後のことだった。




