伊予の物語「修築の柵(しゅうちくのしがらみ)」 その8~伊予、しがらみを修復する~
時平さまが私の額にソッと手のひらを当て、心配そうに
「少し熱がありそうだな。
浄見も池に落ちたなら、風をひいててもおかしくない。
雑色に命じて寝所を用意させよう。
四郎の看病は終わりにして、浄見もゆっくり眠るほうがいい。」
そう言いながら立ち上がろうとした、兄さまの胸に飛び込みギュッ!と抱きついた。
優しい声で
「もう許してくれたのか?
浄見は甘いな。」
拗ねたような、咎めるような、茶化すような口調。
私の頭から背中をゆっくり撫でながら
「なぜ山城国守が税を横領したか、理由がわかるか?」
胸に顔をうずめたままウウンと首を横に振る。
「維時王という廉子の弟はね、山城国守の息女を北の方にしたんだ。
だが賭博癖がおさまらず、質の悪いヤツらから借金し返済が滞って、父君の式部卿宮から取り立てるぞと脅されてたんだ。
だから廉子を介して銭を融通したんだが、借金の返済に回さず別の賭博につぎ込んだ上に全てを泡にしてしまった。
維時王は父宮に恥をさらすよりは妻の実家に醜態をさらした方がマシだと考え、舅である山城国守に借金を申し出た。
山城国守は皇族を娘婿にできたことがよほどの自慢だったらしく、何としても婿どのの役に立とうと、犯罪に手を染めてまで銭を捻出して融通した。
まったく・・・・馬鹿げた話だ。」
呆れたようにため息をついた。
本来の目的?が気になった私は、兄さまの背中に回した腕をギュッ!と締め付け
「ね、問題を解決した私を尊敬した?
臺与よりも役に立った?」
抱きつきながら上目遣いで兄さまの顔をジッと見つめる。
兄さまは私の頬を手で包み、親指で唇の感触を確かめるようになぞりながら
「尊敬?
六歳の頃の浄見ですら侮ったことはない。
浄見が尊敬できない女子なら、最初から好きになったりしない。」
ふ~~~~ん。
一応信じてあげるとして・・・・
そうだっ!ちゃんと伝えなきゃ!
「だったら、もう私を計略に利用しないでっ!
企みがあるなら事前にちゃんと伝えてっ!
そうでないとホントに他の人の妻になるからねっ!!」
兄さまが口の端を歪めて自嘲的に笑い
「例えば誰の妻に?
・・・・四郎とか?」
ハッ!
と思い出し慌てて兄さまから手を離して、
「そうだっ!
忠平さまっ!
大丈夫かしらっ?!
熱が上がってないか確かめなきゃっ!
私をかばって、身代わりになって池に落ちたのっ!
何かあったら大変っ!!」
言いながら塗籠の方へ歩き出そうとすると、兄さまに手首を掴まれグイッ!と引き戻された。
胸に抱きしめられ、頭の後ろを抱えこまれて、
「放っておけ!
四郎なんてどうでもいい」
呟きながら唇が近づく。
熱い湿った息が唇をくすぐる感触に、体の奥がジリッと熱く潤んだ。
ガタンッ!
塗籠の妻戸が開き、忠平さまが妻戸にもたれかかりながら
「愛しい妻の・・・命の恩人に向かって・・・何て言い草だ・・・・」
呟いて、苦しそうに呼吸しながら、立っていられないのか前かがみになり、膝に手をついて体を支えた。
「大丈夫っ?!
ちゃんと寝てなきゃっ!」
心配のあまりすぐに忠平さまにかけよって、体を支えながら塗籠内の寝床へ連れていった。
褥に横たわり
「伊予、私のことは気にしなくていいから、もう帰ってゆっくり休んでくれ。
兄上が来てくれてよかった・・・・・ありがとう・・・・もう、大丈夫・・・・・」
声が小さくなり、気を失ったように目をつぶるので、ハラハラしながら
「いいえっ!朝までここにいるからっ!安心してね!」
眠ったように見える忠平さまに囁くように呼びかけた。
塗籠の入り口から兄さまの声がして
「皇族の面子というしがらみ、弟というしがらみ、妻の弟というしがらみ、娘婿というしがらみ、命の恩人というしがらみ。
この世にある数多のしがらみのうちのひとつですら、それから自由になることはできないのかもしれないな」
入り口の壁にもたれかかり、私の方を見て、兄さまがため息をつくようにポツリと呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
土木工事の方法について全くと言っていいほど書が残っていないのは、儒学や詩を重んじて実学を軽視した、中国朝廷の風潮のせいですかね~~~?




