伊予の物語「修築の柵(しゅうちくのしがらみ)」 その7~伊予、国守の計略を見抜く~
枇杷屋敷に到着すると定和さんに
「忠平さまが池に落ちて体を冷やしてしまったの。
医師をよんでいただけますか?
それと火桶や綿入り衾を用意してください。」
とお願いし、主殿に忠平さまを連れていき、狩衣と袴を脱がせた。
小袖はもちろんだけど自分で着替えてもらった。
寝所にする畳と褥を塗籠に準備し、忠平さまを寝かせて、綿入りの衾をかけて、火桶を程よい距離に置く。
妻戸は隙間ができるようにした方がいい?炭から毒の気体がでるし?と判断して、少し開けておいた。
厨で水瓶と碗、頭を冷やすための布と水を入れた桶、嘔吐したときのための甕を一応用意して持っていく。
熱が出るくらいで治まってくれればいいけど・・・・。
もし病状が酷くなって、一生治らない病にかかるとか、最悪の場合、悪化して儚くなってしまう、とかなら責任の取りようがないっ!!
私のせいでっ!
忠平さまの有望な前途が潰えてしまうなんて、想像するだけで胸が苦しくなるっ!
『早くよくなりますように』
と祈りながら、火桶の炭をおこしたり、額を布で冷やしたり、喉が乾いたら白湯を飲ませたり、医師が診察してくれて、処方通りの薬を定和さんが調達してきてくれたのを、煎じて飲ませたりした。
その度に忠平さまは兄さまそっくりな表情で照れたようにニヤけながら
「ありがと。
伊予が看病してくれてるからすぐに良くなるよ。」
と言いながらも、ぼぉっとした焦点の合わない目で、苦しそうな呼吸をしてる。
そんなことをしてると、すっかり夜も更け、丑の刻一つ(午前1時)になろうという時間になった。
私は忠平さまの寝所の近くの床に座り、文机の上に両腕を枕に突っ伏して転寝してた。
キイッ!!
塗籠の妻戸が開く音で目が覚め、そちらをみると、光りが差し込み、床に影が伸びている。
烏帽子と狩衣姿の男性が、開いた妻戸の、塗籠の入り口付近に立っている。
塗籠内の灯りはとっくに消えていた。
私は寝ぼけながらも、無言で立ち上がり、塗籠から出て主殿の母屋に行き、優雅な仕草で座りこむ、その人の目の前に座った。
母屋には灯台に灯りがともっていて顔がはっきり見えた。
寝起きなので?時平さまと絶交してたことをすっかり忘れてた。
会えたことが嬉しくてつい満面の笑みでニッコリして
「今日はね、あ、もう昨日か!
昨日はね、都の近郊のxx池の修復工事を視察する忠平さまに同行したの!」
時平さまが無言でウンと頷いた。
「だけどね、修復工事の上奏があったのに、実際は堤のどこも損壊してなくて、作業員もいなくて、変だなって。
で、池に落ちたんだけど、忠平さまが助けてくれて、そのせいで熱が出てしまったの。」
「・・・・・」
「その後、そこの郡司さまの奥様に助けていただいて、その郡司さんにも会えたんだけど、修復工事のことは何も知らないって。
修復工事を願い出る解を書いた覚えも見た覚えもないって!!
ということは山城国守が願い出たってことでしょ?」
時平さまは真剣な表情でコクリと頷いた。
私は顎に指を添え、ウ~~~ンと考え込み
「で、私の考えでは、山城国守が架空工事を願い出て、費用として作業員に支払ったという体にして、国府に貯蔵してある正税(*作者注1)というか不動穀を自分の懐に入れた横領事件だと思う!
修復工事の届け出があった、別のため池も調査してみれば証拠になると思う!」
ひとさし指を立てて『名案でしょっ!!』と得意になる。
時平さまがフッと小さく微笑み
「なぜ山城国守はそんなことをしたんだ?
出挙(*作者注2)を広く推し進め、利稲(利息の稲)を取り立てれば、容易だし合法だ。
国守の中には強引に種もみを貸し付け利稲を取り立てることで、下手すれば我々朝廷の議政官より裕福なものもいるだろう。」
私は両腕を組んでウ~~~~ンと考え、ハッ!とひらめき
「それよりも簡単なのは税収を少なく報告することじゃない?
正税帳(*作者注3)に、もし税収が減った理由を書く必要があるなら、
『農業灌漑用のため池の堤が決壊したため、田畑が干害を受け稲の収穫量が減少した』
として、税が実際よりも少なくおさめられたことにするの。
もっともらしい裏付けとして、
『ため池の修復が間に合わなかった』
と国守が民部省や太政官に言い訳したときに、
『ああそういえば、二月にため池修復工事を届け出てたな』
と思い出してもらえれば、収穫量と税収が減ったと信じてもらえて納得させられるという『計略』じゃないかな?
つまり国守は正税を二回横領できる!
スゴイよねっ!!
『ため池修復』という名目は一石二鳥よね!」
自分の口から出た言葉だけど、思わず『なるほどぉ~~~~!!!』と言いそうになった。
ホントに感心する!
上手く考えたよね~~~!
一度で二度おいしいのねっ!!
でも抜き打ちで人が派遣され、調べられれば嘘がすぐバレるけど??!!
今回みたいにねっ!!
納得できる説明を思いついたのが嬉しくて、すっかり興奮して顔に血がのぼり、頬が熱くなった。
冷えた手を自分の頬に押し当てて熱を冷ます。
ガサッ!
時平さまが立ち上がり、私のそばに近づいて座り込んだ。
フワッと白檀の香しい匂いが漂い、時平さまが目の前にいる気配に胸が高鳴り、懐かしい、愛おしい、体の芯が震えるような興奮が胸の奥から沸き起こった。
(その8へつづく)
(*作者注1:国衙(地方官庁)が徴収・管理した財源(稲穀))
(*作者注2:稲粟の種子を蓄えた者が、播種期にそれを農民へ貸与し、収穫期に利子を付けて返済させる行為)
(*作者注3:令制国における正税の収支決算書。当時の地方政治・財政を把握するためのもっとも基本的な資料であった。)




