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伊予の物語「修築の柵(しゅうちくのしがらみ)」 その6~伊予、命拾いする~

それを聞いて竹丸が火熨斗(ひのし)をあててた手を止めて、忠平さまの狩衣の近くに置いてあった刀子(とうす)を持ち上げ、忠平さまと目を合わせると、忠平さまは首を横にふり


「大丈夫。そのままでいい。」


落ち着いた声で竹丸に命じ、胡坐(あぐら)をかいた(もも)に両手を乗せ、背筋を伸ばして、足音がする方向の御簾を見つめた。


バッッッ!!


勢いよく御簾が跳ね上がり、ガッチリとした体格の顔中髭だらけの、水干・括り袴・萎烏帽子の男性がドシドシと足音を立てて母屋に入ってきた。


腰には刀を差している。


濃い髭がびっしり顔中を覆う、郡司と思われる男性が、私と竹丸と忠平さまを順番に見て、忠平さまに目を止め


「お前が間男か?」


後ろに流した長髪に小袖と単衣(ひとえ)という、客とは思えないくつろいだ姿で、ピンと背筋を伸ばして座り、郡司をジッと見つめる忠平さまは、野太(のぶと)(とが)めるような郡司の質問に微動だにせず


「私はxx池の修復工事を視察するため、右大臣さま直々に遣わされた者だ。」


郡司は太い眉毛と口角を下げ、あざ笑うようなおどけた表情で


「まだ二十歳前の若君が?

どこの役人だ?

民部省(みんぶしょう)勘解由使(かげゆし)?それとも太政官(だじょうかん)?」


忠平さまは睨み付けながら、口の端だけで笑い


「地方官の割には朝廷の手続きに明るいようだな。

残念だがお前に名乗るほどの名はない。

だが仁和寺あたりの(かしこ)きお方の密命を受けている、とだけ言っておこう。」


(ひげ)の郡司はゴワゴワの眉を寄せ、表情を曇らせ警戒した口ぶりで


「はて、何のお話でしょう?

xx池の修復工事とは?

私はそのような()を書いた覚えも届けを出した覚えもございません。

勅旨田(ちょくしでん)(*作者注1)を悪用したことももちろんございませんし、(かしこ)きあたりに目を付けられるようなことをした心当たりは一切ございません。」


ブツブツと上目遣いで忠平さまの様子をうかがいながら呟く。


忠平さまはフムッと(うな)


「・・・・・では山城国守(やましろくにのかみ)の一存か。

郡司どの、留守にお邪魔してご心配をかけ、まことに失礼いたした。

奥方には、池に落ちてずぶ濡れになり、困っていたところを助けていただいたのです。

間男などあらぬ疑いをかけられては、奥方にもご迷惑になります。

証拠と言っては何ですが、濡れた衣を乾かしているそこの二人は私の従者です。」


チラッと私と竹丸に視線を走らせた。


髭の郡司も私たちを見て、承知したようにうなずき


「これは、まことに誤解だったようですな。

失礼しました。

では、どうぞ気兼ねなく、心ゆくまでご逗留(とうりゅう)ください。」


まだ警戒心の()けない目つきで、ジロジロと私たちを見回しながら、髭の口元をモゴモゴと動かして呟いた。


忠平さまはもう一度グッ!と背を伸ばして姿勢を正し


「いいえ!

衣が乾き次第、出発するつもりです。

屋敷の一室や火熨斗(ひのし)まで貸していただき、まことに感謝しております。

これ以上ご迷惑をかけたくありませんので、できるだけすみやかに出発いたします。」


座ったまま、腰から上半身全体を傾けて深々とお辞儀した。


 それからの私と竹丸の行動はあわただしかった。


濡れていた衣は、ほぼ乾いたのでそこで火熨斗(ひのし)をかけるのをやめ、すぐに元の衣に着替え(まげ)を手早く結った。


御簾越しに外の様子をうかがうと、曇り空だけどまだ明るさは残っているので日暮れ前。


雨音はずいぶん前から聞こえないので、雨もやんでるはず。


出立のときには、奥様が中門廊まで見送りに来てくれて、扇で顔を隠しながらも目はキラキラ輝かせて忠平さまに


「おもてなしもできませんで失礼いたしました。

せめてお名前を聞かせていただけますか?」


と小首をかしげて、可愛らしい様子。


忠平さまは平然としたまま


(さきの)関白・藤原基経(ふじわらのもとつね)の四男・藤原忠平(ふじわらただひら)と申します。」


飄々(ひょうひょう)と言い放った。


奥様はあっ!と驚いて目を大きく見開いた。


私たちは門の外の木につないでいたそれぞれの馬に乗り、帰路についた。


行きは私にあわせてくれたので、馬を走らせる速さは常歩(なみあし)で一刻(2時間)以上かかったけど、帰りは速足(はやあし)で移動することが多く半刻(1時間)ぐらいで朱雀門まで帰ることができた。


そこで解散することになっていたので、馬の手綱を竹丸に渡し、私が朱雀門から大内裏の中へ入ろうとすると、忠平さまが


「伊予、体を冷やしただろうから・・・・

体調に・・・気を付けて・・・・・・

しっかり・・・温か・・・くして・・寝るんだぞ・・・・・

くれぐれ・・も・・・・・」


途切れ途切れに話す顔色が蒼白で目の焦点があってなくて、ひと言ひと言が苦しそう。


ぼぉっとしてて、馬の背で上半身がフラフラしてる。


「大丈夫なのっ??!!

忠平さまこそっ!

熱でもあるんじゃないのっ??!!」


心配になって叫ぶと、自分で額に手を当て


「う~~~ん。どうかな?少し熱いが、一晩寝れば熱は下がるだろう。

じゃっ!」


と馬を操って立ち去ろうとした。


「待ってっ!」


と呼び止め、竹丸に


「大舎人寮で、雷鳴壺へ伝言を頼んでくれる?

伊予は今夜は里帰りしますって!」


竹丸がチッ!と舌打ちしつつ


「四郎様のお世話をするんですか?

ほっといても北の方がいるから大丈夫なのに?!

それに姫じゃなくても四郎様を世話したがる女子(おなご)なんてごまんといますよっ!」


「でもっ!!

私のせいで池に落ちたのにっ!

重病になったりしたら、それこそ北の方に申し訳ないし、せめて今夜だけでも看病したいのっ!!」


竹丸が渋々承知して、私は忠平さまの馬の口をとって、枇杷屋敷の方向へ歩き始めた。


馬上で忠平さまがぼぉっとした表情のままニヤニヤして


「そっか~~~~。

伊予が直々に看病してくれるって~~~~?!

いや~~~~熱でも出してみるもんだな~~~~。」


ひとりごとを呟く。

(その7へつづく)

(*作者注1:天皇の勅旨により開発された田地であり、皇室経済の財源に充てられた)

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