伊予の物語「修築の柵(しゅうちくのしがらみ)」 その4~伊予、ため池を甘く見る~
焦って慌てて立ち上がろうとすると、踏ん張った足がさらにズルッ!と滑り
嘘っっ!!
と足を踏ん張るたびに斜面を滑り、徐々に池の中にずり落ちていく。
胸のあたりまで池の中に浸かってしまった状態でパニックになり、体をひっくり返してうつ伏せになり、手を伸ばして斜面を掴もうとするけど、滑らかな斜面は指が引っかかる場所が無い。
足で踏ん張ろうとしても、力を入れたとたん勢いよくズルッ!と滑り、さらに池の中にはまり込む!
はぁっ??!!
焦りはピークになり、斜面を登ろうとして引っかいても引っかいても土が爪に入るだけ!
斜面を少し上がれたと思って、上半身の胸ぐらいから上を水面から出し、立ち上がろうとすると、また水中で足がズルッ!と滑り、一向に水の上に上がれないっ!!
なぜっ??!!
どーーーーしてっっ??!!
どう考えてもなだらかな斜面をのぼって池から抜け出せない意味がわからないっ!!
もがけばもがくほど、はまり込んで水干の首の部分までぐっしょり濡れ、水が染み込んだ衣は重くまとわりつき、余計に動きにくくなる。
いい角度になだらかで、足も指も引っかかる部分が無いほどツルツルだから??!!
簡単に這い上がれると思ってたのに、水から上がることができなくて呆然としてると、上から
「伊予っ!手を出して!ほらっ!」
私がしてたみたいに斜面にしゃがみ込みながら、水面に近づいた忠平さまが手を伸ばしてくれた。
高級そうな狩衣の袖が池の水に浸かってる。
『これで大丈夫っ!』
ホッとしてガシッ!と手を握るとグイッ!と引っ張りながら、自分の体を持ち上げた拍子に、忠平さまの上半身が前のめりになったのが見えた。
「あっ!」
と叫んだと思ったら、私が水面から上がれたのと引き換えに、忠平さまが前のめりになって池の中に落ち込んだ。
「えっ??!!」
驚いたけど、もう一度私が落ちるわけにはいかないっ!!ので膝と両手をついて、四つ這いになって斜面を慎重にのぼり、土手の平らな部分までたどりついた。
上にたどり着いて、池の中を見ると、忠平さまがさっきの私みたいに、水から上がろうと立ち上がっては
『足がズルッ!→這いつくばる』
を繰り返してる。
結局、胸より上を水面から出すことができず、横に移動して別の場所から這い上がろうとするけど、池のどの部分も似たような傾斜になってるので上手くいかず、私に
「伊予、竹丸に馬で助けを呼びにいくよう頼んでくれっ!!
縄で引っ張り上げてくれると助かるっ!」
叫んだ。
その時
ポツンッ!
頬に冷たいしずくの感触があった。
あたりを見回すとさっきより何だか暗い。
見上げると空一面が黒い雲に覆われ、風が吹き、濡れた衣が肌にくっついたせいでゾクゾクと寒気が背中から這い上がった。
ポツッ・・・・・ポツッ・・・・ッッザッーーーーー!
雪まじりの雨が激しく降り始め、バラバラバラッ!と石礫が地面に叩きつけられるような音がする。
冷たく重い雨粒が頭からつま先まで全身を打ち、手足だけじゃなく顔までずぶ濡れになった。
雨のせいで目の前がぼやけ、池の中にいる忠平さまの様子が見えない。
どうしようっ!!
このままじゃ忠平さまが溺れてしまうっ!!
助けてくれようとしたのにっ!!
恩を仇にして返してしまった!!
ワザとじゃなかったけどっっ!!
引っ張り落としてしまったっ!!
早くっ!!
早く助けなきゃっ!!
早く水から出ないと凍えてしまうっ!!
焦りと不安と緊張と寒さから全身がブルブル震え、自然と歯がカチカチと鳴る。
それでも動けず、ぼんやりと池の中を見つめて立ってると、頭の上に袖で傘を作った竹丸が近づいてきて
「姫っ!木の下で雨宿りしないとっ!!
この雨に濡れると凍えてしまいますっ!」
ハッ!
と我に返って
「ダメッ!忠平さまが池の中に落ちたのっ!
わ、私がっ!
私が引っ張って落としてしまったのっ!
早く助けないとっ!
竹丸、馬で助けを呼んできてっ!
縄を忘れずにっ!
ねっ?!早くっ!!」
竹丸がすぐに事態を察して、ウンとうなずき小走りで土手を降りていった。
私もジッとしていられなくて、雨で見えないけど池の中の忠平さまがいると思われる方向を見ながら、土手をウロウロしてると、忠平さまの声が聞こえ
「伊予っ!
早く木の下へ行けっ!行って雨宿りしろっ!
濡れるんじゃないっ!
風邪引くだけじゃすまなくなるかもっ!
お前が寝込むようなことになったら、せっかく助けた意味がなくなるだろっ!
鈍くさいんだから自覚して気を付けろっっ!!」
憎まれ口をたたくけど、心配すぎて自分だけ雨宿りなんてできるワケもなく、
「私がここにいないと、助けが来たとき場所が分からなくなるでしょっ!」
私も寒さで全身が震えて歯をカチカチ鳴らしながら叫び返した。
そうやって冷たい雨に打たれてずぶ濡れになりながら、ずいぶん長いこと待った気がしたけど、実際は四半刻(30分)ぐらいだったかもしれない。
「お~~~い!姫~~~~!四郎さま~~~~~!大丈夫ですかぁ~~~~!」
竹丸の間延びした、それでもいつもより緊張感のある声が聞こえた。
そのころには雨の勢いはだいぶ緩やかになってたけど、ずっと冷水に浸かって体が冷え続けてるだろう忠平さまが心配でたまらなくなり、小走りで土手を登ってきた竹丸と、その後ろに続く二人の雑色を見てホッとし
「ここよっ!ここから縄を下ろしてっ!
そうそうっ!」
土手の上で縄の両端を持って真ん中のたるんだ部分を、揺らしながら斜面の下の池の中に落とした。
水面近くの斜面で忠平さまが縄を背中に引っ掛け、土手の上まで続く縄を手で握ると
「よしっ!引っ張り上げてくれ!」
というのを合図に、土手の上から竹丸と二人の雑色が
「せーーーのっ!!よいっしょっっ!よいっしょっっ!・・・・」
と声をかけながら調子を合わせて引っ張り上げた。
ハラハラしながら見つめてると、引っ張る時機に合わせて、忠平さまは足を交互に前に出して斜面を蹴り、一歩ずつ登ってきた。
無事、上までのぼりきったその顔は真っ青を通り越して青黒くて、唇は紫色に変色し、よく見ると歯の根が合わないほどガクガク震えてる。
助かったことにホッとして思わずかけよって胸にギュッ!と抱きつき
「よかった~~~~っっ!!」
忠平さまはびっくりしたように目を見開き、私の肩にそっと手をおき、もう片方の手で頭をポンポンしてフッと息を吐き、
「大丈夫。これぐらい何ともないよ。」
低い硬い、少しかすれた声で呟いた。
(その5へつづく)




