次回茶話会準備とカステア伯爵夫人ローラの過去
20年前の北部地方ロズベリー領にてその事件は起こった。
当時のロズベリー伯爵クリストファーとその夫人サラが、屋敷の書斎で頭部に銃弾を受けて死亡していた。
だが犯人はいなかった。
2人は心中と地元警察は判断した──疑う必要も無かった。
目撃者がいたのだ。その人物が全てを教えてくれた。
"お母様に銃を向けられて、お父様は 愛してる と言った"
"お母様も 愛してる と言って……それからお父様を撃った"
"最後にお母様は自分の頭を撃って倒れた。……糸の切れた人形みたいに"
証言したのは伯爵夫妻の当時10歳の娘ローラ・ルナ・ドルデ・アスター。
現在のローラ・メイトランド──カステア伯爵夫人だ。
自殺や心中は神の意に反する"忌まわしい死"とされている。
地元警察は、伯爵家の意向に従って心中事件を伏せ銃の暴発事故として終わらせた。
そうして、伯爵の弟が爵位を継ぎ、新しい伯爵夫妻がローラを自分達の娘として育てた。
マリアは前回茶話会の招待客リストの名前を見ながら、幼馴染みのことを考えた。
マリアが全てを知っているのは、ローラ本人からまだ子供の頃に聞いたからだ。
ロズベリー領内に母方の祖母の寡婦の家があり、小さな頃遊びに行っていた。ロズベリー伯爵本邸に近かったので、2人は知り合いすぐに仲良くなった。
(あれは、多分事件後2度目に会ったとき……)
マリアは丘の上の大きなクスノキの下で、ローラが泣きながら話してくれたことを思い出していた。
ローラの叔父と叔母は優しくて聡明な人達だった。伯爵夫妻が仲むつまじいと評判だったことを知っていた。
当時のローラには専属の看護士をつけて精神的なケアをしたし、2人はローラに、
"夫人は心の病を患って生きていくのが苦しくなってしまったんだ。伯爵はそれを助けたくて、でも出来なくて、一緒に逝くことにしたんだよ"
と教えていた。
深い悲しみと衝撃の中でも、ローラは彼らにちゃんと支えられていた。
それなのに────
『お父様は、よそに愛してる女の人がいたんだって。お母様以外の女性。
その人に子供が出来たんだけど…………堕ろさせたの。殺したのよ。それを知ったお母様が……お父様を……殺したの』
ローラの言葉に、私はしばらく何も言えなかった。まだ子供で、意味もあまり理解できないでいた。
『うそ』
とだけ言葉が出た。
ローラは首をふる。長い黒い髪が涙で、顔についた。
『うそじゃない。メイドも料理人も乳母もみんな言ってる。"もし男児なら後継者かもしれなかったけれど、父親が誰かわからないたぐいの女だから、そうさせるしかなかったんだろう"って。"奥様は本当に旦那様を愛していたから、狂ってしまわれたんだ。おかわいそうに"って』
ローラの耳に残酷な話を入れたのは、使用人達の陰口だった。彼女は信じていた両親の姿を変えられて、打ちのめされていた。
『マリア、私大人になっても絶対に男の人を愛さない。私は人殺しの父親の子供で……人殺しの母親の子供だもの。誰かを愛してしまったら……きっとおかしくなるくらい愛して、殺してしまう…………!』
ローラの絶望の深さに、私はどうしていいか分からなかった。ただただ自分の細い腕で彼女を抱きしめた。
かける言葉はみつからなくて、あの日の澄んだ青い空さえも残酷に見えた────
祖母が亡くなり寡婦の家は人手に渡ることになり、私はロズベリー領にいかなくなった。
けれどもローラのことがいつも頭にあり、たまに手紙を出していた。────返事は無かった。
それでも私は手紙を書き続けた。
私は、手紙を書き続けたんだ…………
「まさかまたカステア伯爵夫人を招待する気ではないでしょうね?」
前回茶話会の招待客リストをあまり見つめていたからか、居間に入ってきた義祖母にそう言われてしまった。
「次はやめます。あまりローラにばかり話させても良くないことですし、本人も辛いかもしれません」
ローラは前回の茶話会が3回目だったが、話した内容は前回までとほぼ同じだった。
「それがいいでしょうね」
ヴィエラは同意して 窓辺の椅子に腰をおろす。
「でもまた呼びます、必ず」
今度のマリアの発言には、ヴィエラはうなずいただけだった。そうして眼鏡を取り出してかけ 刺繍を始めた。
そこに ノックの音がして
「失礼します」
と男性の落ち着いた声がした。
「入ってちょうだい」
マリアはすぐに許可する。
初老の執事のハンセンが 静かに入ってくる。高級なカーペットが音を吸うせいもあってか、猫のように静かだ。
ハンセンはマリアの前で立ち止まり、背中をピンと立て
「次の茶話会の見張り番が手配できました。私自身も会って確認して参りました。────問題ないかと」
と報告した。
茶話会の時は使用人を全て2階から下がらせている。
しかし それだけでは 彼らは足音を忍ばせて聞き耳を立てているかもしれないから、階上と階下に外部からの人間も雇っている。────これは 一度開催するごとに全て入れ替える。
そして個別に面談と契約をし、本人以外の見張り番の動きについても見るように指示している。
さらに、次の人物を推薦しその人間が仕事をきっちりこなせば 紹介料が支払われることにもなっている。
この仕組みなら紹介する人物も、また自分が紹介した人間に忠告するだろう──"この仕事は変な真似はせずにしっかりこなせ"と。
セントルローズの茶話会は とにかく徹底した秘密主義で行われなければならない。
屋敷の体制がしっかりしていれば、万が一ここでの話が外部に漏れていても 犯人特定は簡単にできる。
唯一許されるのは、茶話会で話した本人が自ら 他でも話すこと。それだけは なんの問題もない。
「ありがとう。ハンセン」
マリアが言うと ハンセンは誇らしげに微笑んだ。白い髭が わずかに揺れる。
彼はお辞儀をすると、クルリとターンのように身体を回し 居間を出て行った。
「───一次は誰を呼ぶのかしら?」
全く無関心そうだったヴィエラは、刺繍の手を動かしたまま聞いてきた。
マリアは他の書類の下から 少し薄茶の用紙を一枚取り出した。────まだ走り書きだ。
「こちらになります。もう 決めてはおいたんです」
言いながら義祖母の元へ行き、見易いところに掲げた。
ヴィエラは刺繍の手を止めて、眼鏡の縁を持ちながら用紙を見て────それを両手でもぎ取るようにとった。
「あなたは……この3人を同じ部屋に入れる気なの!?」
客人候補の名前を凝視し直しながら、ヴィエラは言った。
「はい。いろいろ考えましたが、その3名にしてみようかと……」
マリアは少し 前で組んだ手をもじもじとさせた。実は少しどうなるか自信がない。頼みの綱の親友も呼べない。
「紅茶が冷めるどころか、ティーカップが割れるんじゃないでしょうね、まさか」
ヴィエラの心配に マリアは慌てて言った。
「まさか!!そこは 私がキャッチ致します!きっと!!」
孫の嫁の発言に老婆は、顔をしかめて指摘する。
「紅茶がまだ熱いかもしれないでしょ!…………ぁあ、せめて1番安いティーセットを使ってちょうだい、マリア」
マリアは、顔の前に人差し指を一本立てると軽快に振った。
「お義祖母様、セントルローズ公爵邸に安いティーセットなど ございません!!」
マリアの微笑みに、ヴィエラは がっくりとして頭を抱えた……
お読みいただきまして誠にありがとうございました。
何が起こるか恐ろしい(?)第二回茶話会は、今のところは1か月程先の発表にしたい気持ちでおります。
決まりました際には、活動報告でお知らせ致します。
引き続きどうぞよろしくお願い致します。
2026年1月28日 シロクマシロウ子




